第48話 初相談
そして彩月さんは話始めた。
内容はこう。
彩月さんは、お父さん、お母さん、彩月さん、弟さんの四人暮らし。
彩月さんが高校に上がるまでは、平凡だったけれど不自由ない暮らしを送っていたみたい。
そして今年の三月、お父さんが勤めていた会社が倒産し、お父さんは離職をした。
ちょうど自分の高校入学と弟の中学入学が重なったため、貯めてきた貯金を切り崩し学校へと入れてくれた。
でも、家賃などの生活費、学費などが嵩みお父さんとお母さんは夜遅くまで働くことを余儀なくされた。
お父さんはなかなか定職に着くことができず、アルバイトを掛け持ちして、お母さんも元々していたパートの後にアルバイトを入れている。
彩月さんも学校をやめて働くと言ったみたいだけど、中学時代に遅くまで勉強して頑張って入った高校なのだから、やめてはダメとご両親に諭された。
それで今回の相談としては、少しでも家のことを手伝うために料理を教えて欲しいとのこと。
憧れていたこの学校に入るため、勉強ばかりしていたものだから満足に料理なんてできず、忙しいお母さんにも教えてとは頼めないとか。
それなら適任役がいるわ。
当初から想定していた人馴れの練習はまだしていないけど、今の沙織ならたぶん大丈夫。
マコちゃんも加勢してくれるだろうからね。
相談一回目はわたしの出番なしだな。
「それじゃ、記念すべき第一回目のサポーターは沙織だね。マコちゃんが補助についてくれれば沙織も大丈夫だと思うし」
「ああ、それがいいな。沙織の料理美味いし。レパートリーも豊富だって言ってたから、色々教えてやれるんじゃないか?」
わたしとカオル君は同調して沙織を指名。
それに追随して。
「はい、沙織さんが適任だと存じます。わたくしもお近くでお手並みをご拝見させて頂いております故」
不安とみんなからの期待を天秤に掛け、逡巡している沙織。
頑張れ〜沙織!
わたしたちの想いが通じたからか、沙織がやる気を出したとばかりに決意を口にした。
「わ、わたし、頑張ってみる」
「それでは、会則第四条に基づき全会員の同意がございましたので、今回のご相談を実施することに致します」
「了解です、会長。よ、よろしくね、さ、彩月さん」
「よろしくお願いします。西條先輩」
こうして第一回目の相談は、可決されたのでした。
「あの〜、もう一つご相談があるんですが」
「え? 何?」
一件落着と思いきや。
というか、まだ相談を受けたばかりだから、落着はしていないんだけどね。
「実は……」
彩月さんの話によると、三週間後がご両親の結婚記念日なんだって。
貯めたお小遣いで、コンサートか何かに招待したかったみたい。
でもチケットの斡旋は守備範囲外だし。
「因みにお父さんとお母さんの好きなジャンルってあるの?」
「そうですね、クラシックとかは好きです。昔はデートの時なんかよく行ったって訊いたことがあります。お母さんは今でもピアノのCD聞いていますし」
「それじゃ、ピアノのコンサートにすればいいんじゃない?」
「そう思った時もあったのですが、わたしがピアノの知識全然なので、どの人にしたらいいかわからなくて」
そうだよね。
知らない人には何もかもが同じに見えて、何を選んだらいいかわからないのは当然だ。
そしてわたしは、誰がいいかを知っている。
「うちのお母さんおすすめだよ。きっと気にいる。これは家族びいきじゃなくて本当におすすめなの」
「綾瀬先輩のお母さん、ピアニストなんですか? 素敵ですね! 是非、お願いします」
「うん、じゃあお母さんに訊いてみる。って勝手にわたし一人で話を進めちゃったよ。会員の同意を取らなくちゃ」
するとマコちゃんは言う。
「いえ、お母様に移譲されておりますので、湊様の会より既に逸脱されているかと存じますが。
ピアノと決定なされた時点で、その件に関してのご相談内容は全うされておりますし」
そうか、勝手に相談を受けて、終わらせた感じになっちゃったんだ。
今後気をつけよう。
「うん、わかった。じゃ、この件はわたし預かりで」
本当に全ての相談が終了した。
そして尾崎先生は、最後まで起きることはなかった。
最初の相談の料理指導は、彩月さんが努力家で筋もよく、スポンジのように吸収したんだって。
沙織とマコちゃんに挟まれ指導を受けていたのだから、贅沢な話だよね。
たぶん、挟まれたのが男の子だったら、料理なんて手につかなかったと思う。
それでも、お互いの時間の都合や、少しでも多く覚えたいという彩月さんの熱意もあって、一ヶ月くらい家庭科実習室を借りてやっていた。
実習室の手配や食材の調達なんかは、尾崎先生がやってくれたみたい。
その時出来上がった料理を職員室で販売して、食材以上に利益を上げていたとかいないとか。
大人の事情はよくわかりませんが、費用をかけずにやることが出来たのは有り難く、今後もお願いします。
そして、ピアノコンサートの件は、帰ってから直ぐ、お母さんに訪ねた。
「いいけど、どうせなら真琴ちゃんや沙織、香ちゃん、あと尊も連れてきたら」と快諾していた。
でも、急過ぎたんじゃないかって心配になって、「三週間後だよ? 本当に大丈夫?」と訊き返した。
そうしたら、「五十人くらいのプライベートコンサートにするわ。湊のデビュー戦だしね。昔からの知り合いのピアニストたちがやれやれってうるさかったから、丁度いいし。まあ、なんとかなるでしょ」とあっさり。
この前承諾したゲスト出演の話、ここに入れてくるか。
お母さんに任せたのだから文句は言えないのだけど。
でも、デビュー戦て、お母さんの中では一回じゃ終わらないのかい。
そんな訳で、沙織たちの料理教室とは別にピアノコンサートに向けて、わたしの練習も始まった。
お母さんの晴れ舞台でもあり、みんなが見ている所で場を濁さないようにしなければならない。
更に連弾となればお母さんと息を合わせて、お母さんの無茶振り的なアドリブをクリアしなければ。
わたしに三週間という短い時間でそこまでの調整ができるのかしら。
お母さんが「湊は練習どおりで問題ないわよ」とは言うけれど。
でもここは、他の習い事はセーブしてピアノに集中するしかないわね。
そんなこんなで、お母さんとの濃密な練習は続いたのだった。
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