第45話 プールにて【前編】

 いきなりでなんだけど、本日は晴天なり。

 あっ、違った。


 本日は、前にみんなが泊りに来た時に約束した、プールで遊ぶ日なのだ。

 プールとはいっても、レジャーランドみたいな施設で、本格的に泳ぐところではない。

 快晴、熱射、気温上昇、またとないプール日和。

 この日のためにみんなで水着も買ってきた。


 水着を買いに行ったときも、結構楽しかったんだよね。

 カオル君は女性用の水着売り場に入るのに「僕はいいや」なんて拒否反応を起こしていたから、デザインはこっちで決めるから試着だけ、とお願いしながら選んだんだ。

 わたしたちの水着はいつまで選んでいても、飽きない、迷う、目移りする。

 しかも楽しい。

 外のベンチで欠伸をしながら待つカオル君を余所に、盛り上がったわたしたち。

 あ、ごめん。今日はプールでの話だった。


 このプールはわたしたちが住んでいる街から、少し離れたところに所在する。

 だからみんなでバスに乗ってやってきた。

 こんな大きな施設、街中には作れないから仕方がない。

 バスの中でもトークを楽しめたのだから、良しとしよう。


 街から離れている割には、気温が高くヒートアイランドが否めない感じ。

 バスを降りてムワッとする暑さに、早くプールに入りたいと身体が疼くんだよね。

 和気藹々と場内に向かう三人と、相変わらず気乗りがしない素振りを見せる一人。

 その一人に目配せをすると「大丈夫だから、気にするな」という返答がくる。

 うーん、本当に大丈夫だったのかなぁ。


 建物は近づくにつれ巨大さを誇張していき、一大アミューズメント施設だと胸を張っていた。

 その自信もわかる。

 中には宿泊施設や、医療施設、百貨店、保育施設まであり、一つの街として機能を果たしているかのようだから。

 そんな大きな施設のへその部分にある受付を済ませ、中に入った。

 そして早速、更衣室で着替える。


 更衣室に入るときや室内のいるときのカオル君は、わたしたちの影に隠れ、まるで以前の沙織状態。

 沙織も未だオドオドと影に隠れるときはある。

 だけどここでのカオル君と比べると、まともに見えるくらい。

 着替える場所も、キョロキョロ見渡したかと思うと「トイレで着替えてくる」と言ってみたり、「みんな着替え終わったら呼んでくれ」と言ってみたり。

 まあ、仕方がないよね。

 わたしが無理に連れてきてしまっているのだから、文句を言う資格もない。

 これ以上、更衣室での出来事を解説するのも野暮ったいね。


 ここから、わたしたちのファッションショーの始まりです。


 わたしは、ブルーのパンドゥーワイヤービキニ。

 胸元とウエストのシフォンフリルが、とても可愛くて気に入っている。

 部屋で何度も装着して、姿見に映し出されたそれをうっとり見入ってしまったくらい。


 マコちゃんは、青と白のボーダー柄で、お腹に大きなリボンの付いたワンピース。

 スカート丈が膝上くらいでお嬢様風。とても可憐な感じだよ。

 等身大のガラスケースでもあれば、わたしの部屋に飾っておきたい。

 わたしだけのものにしたいと、見る人全てが思うはず。


 沙織は、花柄のレースが付いたフレアハイネックビキニ。

 上手く自分のコンプレックスである胸をヒラヒラが隠しつつ、レースが可愛さを演出している。

 しかも花柄が沙織にマッチしていて、とてもよく似合う。

 隠しつつも見え隠れするそのボリュームは、男の子でなくても襲い掛かりたくなりそう。

 いや、ダメだ。そんな煩悩が、不幸な女の子を作ってしまうんだ。


 そして最後のカオル君は、白いスポーツタイプのチューブトップにカーキ色のロングサーフパンツ。

 スタイリッシュでかっこいい組み合わせ。

 全然女の子っぽくないのだけれど、女の子が着ていても違和感がない。


 わたしたち三人であーだこーだ言った挙句、カオル君ならこんな感じかと選び抜いたのだ。

 男の子じゃないのに男の子っぽい仕草が、スリムな体型を強調する肌の露出と相俟って、魅惑的な姿態となり、わたしの心を揺さぶった。


 誰のためにショーをしているのかって?

 もちろん自分たちのために決まっているじゃない。

 こんなことができるのも女の子の特権でしょ。

 女の子は洋服や水着なんか友達同士で一緒に選べるけど、男の子同士ってそうはいかないよね。

 この楽しみを味わうと、やっぱり女の子で良かったなって思うんだ。


 でも、わたしたち四人が歩くと周囲の視線が突き刺さる。

 そりゃ、みんな可愛いし、かっこいいから想像はしていた。

 だけどちょっと見られ過ぎで、沙織やカオル君が特に可哀想。

 わたしでも少し嫌な気分になっているのに、二人はその比じゃないよね。

 だからわたしたちは、直ぐさまプールの中へと入った。もちろん軽い準備体操をして。


 ビーチボールを一個借りてきたから、四人でバレーボールをするようにポンポンとパスをした。単純だけど意外と楽しい。

 沙織やカオル君も水の中に入ったからか、元気を取り戻して楽しそうに遊ぶ。さっきまでの緊張感が解かれ、開放的になったわたしたちの空間。

 面白かったのがマコちゃんのところにボールが行ったとき、手をすり抜けて頭に当たってしまったこと。何回も当たるマコちゃんにみんなは笑ってしまう。

 球技あんまり得意じゃないんだな。そういえば、体育の授業でも結構ボールを空かしていたかも。

 でもマコちゃん、それを笑うわたしたちに怒るどころか一緒になって笑っている。

「難しいものでございますね」なんて言ってね。たぶんマコちゃんも、沙織やカオル君のことを心配そうな顔で見ていたから、和んでくれたことが嬉しいんだ。

 マコちゃんは大人だよ。


 気分が乗ってきたわたしたちは、ウォータースライダーや流れるプールなんかも楽しんだ。

 一様に笑顔が見られたから、それだけで来て良かったなって思えてくる。

 そんな思いは、わたしだけじゃないと信じたい。

 たまに邪魔なナンパなんかがあっても、上手く受け流すことができているし。



「わたし、お手洗いに行くけど行きたい人いる?」



 遊びも一息つけて、わたしはそう切り出した。


 トイレの方向を見てみると、大勢の人の間を通っていかなくては行けないことがわかる。

 だから無理をして行かなくてもいいから、一応訊いてみた。

 せっかく、人の視線を離れいい雰囲気なのだ。

 ここで場の空気も乱したくない。


 わたしの声に反応し、みんなトイレの方を見やる。

 そしてあまりにも高い人口密度に、息を呑むのが伝わってくる。

「僕は大丈夫かな」「わ、わたしも大丈夫」「わたくしも大丈夫なのですが、湊様お一人では心元ございませんし」なんて返答が返ってくる。



「マコちゃん。お手洗いくらい一人で行けるって。沙織とカオル君が心配だからここにいて」


「承知いたしました」


「ミナ、ごめん」


「湊ちゃんごめんなさい」



 シュンとなっている沙織とカオル君。

 そんなにシュンとならないでよ。



「なに謝ってるの。わたしにその辺の遠慮は無用よ」



 そうしてわたしは、スタスタとトイレに向かうのだった。


 トイレに近づけば近づくほど人が多くなるなんて、水遊びはトイレが近くなるからかしら。

 そんなどうでもいい因果関係を考えつつ、わたしはトイレの中に入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る