第42話 祖国の実情
わたしたちはその後、会室に移動した。
ドアの外側に、出来たばかりのフック式掲示板を『入室不可』にして、三人並んでソファーへと座った。
「湊様。先程のご無礼、申し訳ございませんでした。湊様には何の非もございませんのに、お心を傷つけてしまいまして」
申し訳ないと俯き、苦虫を噛み潰すような表情を見せるマコちゃん。
「何言ってるの。わたし、全然傷ついてないから。わたしは大丈夫だけどマコちゃんが心配だよ。
今のわたしには事情がわからないから、ちからにもなってあげられない。
わたしに、わたしたちにマコちゃんの国の話を訊かせて欲しい」
そしてわたしはマコちゃんの手をギュッと握る。
沙織もそれに習い、逆の手を握った。
心なしか体温を失っていた掌が、わたしたちの繋がりにより熱伝導を始めたような気がした。
そしてマコちゃんの表情は徐々に穏やかになり、過去を話し始めた。
これはマコちゃんがおじいちゃんから訊いた話。
大好きだったおじいちゃんが、何度も話してくれた、出生からのこと。
マコちゃんの祖国での名前は『ソフィア・バーゼンハイム』。
お祖父さんがディスティア王国という国の王様で、マコちゃんはその血族。
つまりマコちゃんは、お姫様だった。
第一子であるお父さんは、必然的に皇太子となる。
お父さんは数奇な出会いにより、日本人であるお母さんと恋に落ちた。
結婚を誓い合う二人。
だけどお母さんが日本の人だったから、一緒になろうとしたときに周囲から猛反対された。
『東洋人に王妃は務まらない』『あなたがいると国が混乱する』と理不尽な理由をつけられ、強引に国外退去させられた。
マコちゃんを身ごもっていたことも知らずに。
帰国後、お母さんは日本で唯一の肉親だったおじいちゃんに身を寄せた。
全てを打ち明けたお母さんを、おじいちゃんは優しく受け入れて。
だけどディスティアで相当な仕打ちを受けていたのか、お母さんは過度のストレスにより、睡眠障害や欝を起こしていた。
病院に行けば身体も精神も弱っていて、出産には耐えられないから諦めなさいと迫られ。
でも、お腹の子は必ず産むと、その希望だけは確かに持っていたとのことだ。
そして出産の日。
マコちゃんは生まれた。
お母さんの命の火と引き換えに。
死因は脳内出血。
救いだといえるのかはわからないが、マコちゃんが生まれた直後は意識があった。
顔を見ながら「これから一緒に幸せになろうね」と言って意識を失い還らぬ人に。
マコちゃんが誕生してから、今度はおじいちゃんの闘いが始まった。
自分も長く生きられないから、マコちゃんを強く育てなくてはいけないと心に決める。
そんな中、ニュースでディスティア王国が映った。
ニュースでは皇太子であるお父さんと、日本人のお母さんのことを赤裸々に流した。
実名こそニュースでは流さなかったが、出産した病院が表に出され、女の子であるとまで語られた。
きっと迎えに来るに違いない。
血族であるものを放っておきはしないだろう。
そこでおじいちゃんは考えた。
マコちゃんを連れて行かれないためには、どうしたものかと。
考えても考えても良案が出ない。
存在や性別まで知られてしまっているのだから、回避しようがない。
せめて性別を偽り、男の子として育てよう。そして何とか居場所を変え逃げ延びよう。
そう考え数年やり過ごした。
男の子としてといっても、合気道くらいしか教えることができなかった。
当然、容姿は変えらない。短髪にし男っぽい格好をさせるくらい。
そしてマコちゃんが七歳の時、ついに見つかってしまう。
おじいちゃんは言った。「よく七年もの間逃げることができたもんだ」と。
引渡し要求をされたおじいちゃんは一ヶ月の猶予を貰い、自分も一緒に行くことを決意する。
その一ヶ月の猶予の中で、最後にお別れを言いたかったのが、親友だったわたしのおじいちゃんなんだとか。
わたしのおじいちゃんが、マコちゃんのことを頑なに教えてくれなかったのは、こういう事情があったからなんだ。
わたしのおじいちゃんにもどうすることもできなくて、きっと無念だったよね。
おじいちゃんがマコちゃんを見たとき、目に涙を浮かべていたのにも納得がいくよ。
祖国に帰って一年後に、マコちゃんのおじいちゃんが亡くなった。
おじいちゃんの存在は非公認の人物ということもあり待遇も悪かったから、マコちゃんとしてはすごく申し訳なかったって。
そしてマコちゃんの人形としての生活が始まった。
お父さんは優しかったけど、実権はお祖父さんであるバーゼンハイム王が握っていたので、殆ど会わせて貰えなかった。
ディスティア王国は小国で、企業との関わりが密であり、財政の供給源でもある。
マコちゃんはそのパイプ役として、王族の血筋を持った駒として、徹底的に教育された。
将来、企業に嫁ぐことで王国の未来を繋ぐために。
そんな中で、わたしとの約束がマコちゃんにとって唯一の心の支えだった。
どんな形でも自分が頑張ることでわたしに相応しくなれると信じて、一生懸命頑張ったんだって。
お世話係としてメイドのアメリアさんと、付き人のルーク君がついた。
アメリアさんは、日本で三年間の在住経験があったから、抜擢された。
マコちゃんは日本の言葉だけは忘れたくないと、メイド業をやっていたアメリアさんに頼み込み、今の口調になったみたい。
さっきルーク君と会話していたようにも話せるのだけど、アメリアさんの女性らしさ、偉大さに憧れて『湊様に相応しいのはこういう女性』と、目標に決めたんだって。
そしてわたしのところに帰って来る少し前、事件は起こった。
突然、バーゼンハイム王が「企業の御曹司と婚約しろ」と言い出した。
マコちゃんは必死に抵抗した。
だけど王の意向は変わらず、用意だけが着々と進められた。
追い詰められたマコちゃんは、王宮の屋根に上がり「想う人の許へ行けないのならば、ここから身を投じます」と叫んだ。
怒ったバーゼンハイム王は、「もうお前の顔など見たくはない。存在しない者を受け入れようとしたのが間違いだったのだ。即刻この国から出て行け」と、言葉の絶縁状を突きつけてきた。
自分で強引に引き戻したくせに、勝手な人だ。
お父さんも王の駒だったから何も言えず、結局、出国する際に手助けをしてくれたのはアメリアさんだけだった。
それまで自分のサポートをしてくれていたルーク君たちも、助けに入ろうとしてくれてはいたが、王に睨まれ萎縮してしまった。
無念そうな顔を浮かべ、声に出せずに口を真一文字に摘むんでいたのだとか。
急な出国だったので、少量の着替えと僅かな現金を持って、飛行機に乗った。
アメリアさんがパスポートの用意、学校への編入の手続き、ホテルの手配などをやってくれた。
空港では「入国致しましたら、まず貴方様が想いをお寄せになる方の元へ向かってくださいませ。貴方様なら大丈夫でございます。きっとお幸せになれますので、お信じになった道をお進みになられるのですよ」と言ってくれた。
アメリアさんってどれだけいい人なのよ。
そして、この学校に、わたしの元に来てくれた。
マコちゃんの人生から見たら、わたしは恵まれていた、本当に恵まれていたよぉ。
気が付けば、わたしと沙織の瞳から涙が滝のように流れ、掌が汗が滲むほど握り締めていた。
『あまり知られたくなかった』と顔に出すマコちゃんに、『教えてくれてありがとう』と必死に顔でアピールするわたしたち。
「教えてくれてありがとう。
マコちゃんは必ずわたしが幸せにしてみせるから。
もう何も心配いらないよ」
思わず口から出た、わたしの気持ち。
「それはプロポーズの、ご婚約のお言葉でございますか?」
「あ、いや、それは、一生大切にするよという意味で……」
「それではやはり!」
うわ、言葉を重ねるたびに、自分で自分の首を絞めている。
そこへ沙織が、更にわたしの首を絞めてきた。
「わたしにはないの? わたしは捨てられちゃうの?」
「あー、うん、わかったわかった。必ず二人とも幸せにしてみせる。
でも、ルーク君とのことが先よ。
わたしも事情がわかったのだしルーク君と正面から話ができる。帰国しちゃう前にわたしが誠意をもって説得してみせるから、わたしに任せて」
わたしは話の道筋を元に戻し、決意表明をしたのだった。
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