第41話 留学生

 夏の訪れを肌に感じ始めたころ、二年生としての生活もすっかり板につき、学校でのわたしたち四人の関係も常態化しつつあった。

 カオル君は部活で忙しいものの、連絡を密に取り合いながら、必ず一日に一度は四人で集まった。


 そんな日常の中での、ある朝のこと。

 尾崎先生の一言から始まった。


「おはよう。いきなりだが、今日からこのクラスに短期留学生を入れることになった。

 俺は本意ではないんだが、裏でいろいろとやり繰りされたみたいで、まあ仕方がない。

 おい、入って来い」


 短期留学生?

 本当にいきなりだね。

 先生のこの言い方からして、男の子だな。

 マコちゃんの時もそうだったけど、廊下で待たせないで一緒に入ってきたらいいのに。

 わたしがそんな思案を浮かべていると、短期留学生が教室に入ってきた。


 留学生というだけあって、外国の男の子。

 群青色の髪に翡翠色の瞳、彫が深めだけれど濃くはなく、どこか上流階級の匂いがする。

 背丈は尊くらいかな?

 なぜかこの学校の忘れられたブレザーを着ていて、その下は恐らく武道に長けている感じだ。

 これはわたしの直感。


 不満顔の尾崎先生と男子生徒をよそに、女子生徒から「わぁ」とか「素敵」なんて言葉が、節々に訊こえてくる。

 それは仕方がないんだ。

 だって、わたしも気になっちゃうくらいかっこいい人なのだから。


 そしてまだ、短期留学生が尾崎先生の元へ向かっている途中に、後ろからガラッと音がしたのが聞こえた。



「ルーク……」



 その声にわたしは振り返ると、マコちゃんが放心状態というように立ち尽くしていた。

 知り合いなのかな?

 でもこの驚きようは、ただの知り合いではなさそう。

 それに気付いた短期留学生も、自らが挨拶をする前に、マコちゃんへの返事ともとれる言葉を返してくる。



「お久しぶりです。ソフィア様」


「おっ、どうした? 瀬野。知り合いだったのか? まだ紹介が終わってないから、まあ座れ」



 マコちゃんの行動に、尾崎先生が目で抑えるようにと促している。

 わたしは短期留学生の言っていた『ソフィア』って単語が気になったのだけど、空気を読んで「座ろっ」と、マコちゃんの肩に手を添えて誘導した。

 いつもなら「申し訳ございません」と返ってくるところが、怯えたように肩を竦めていた。



「じゃあ、簡単に自己紹介しろ」


「皆さん、初めまして。ディスティア王国から短期留学生として来ましたルーク・エイゼルといいます。気軽にルークって呼んで下さい。本当に短い間なのですが、どうぞよろしくお願いします」



 本来なら自己紹介が終わったところで、大歓声が上がるのだと思う。

 この場合は女子限定で。

 でもマコちゃんとのやり取りを見ていた教室内は、戸惑いの色が満ちていた。

 尾崎先生は空いている一番後ろの窓側の席に、「席はあそこだ」とぶっきらぼうに案内し、ルーク君もそれに従った。


 何事もなかったかのように授業が動き出す。

 だけどさっきのマコちゃんの驚きようが、気になって仕方がない。

 ソフィア?

 ディスティア王国?

 聞きなれない単語。

 後ろを振り返ることもできず、マコちゃんの心中を察することも叶わない。


 休み時間、昼休みと時間が経過していくけど、マコちゃんは朝から俯き、話しかけても上の空状態で詳しくは訊けていない。

 仲の良いグループのみんなも、昼食時などには空気を察し、普段どおり、わたしたちに接してくれていた。

 ルーク君はルーク君で、クラスの女の子に校内案内をして貰っていたり、一緒に昼食を食べに行くなど、まるで朝の出来事がなかったかのように過ごしていた。


 そして放課後、漸く本題へと突入した。

 教室にいたみんなが部活や帰宅で退室していき、まばらになった室内。

 尊も用があると先に帰った。まあそれはどうでもいい。

 先に行動を起こしたのはマコちゃんだ。

 未だ座席に座っているルーク君の正面に立ち、それまで俯いていた不安げな姿を微塵も出さずに、堂々とした態度で口火を切った。



「ルーク、何をしにここへ来たの? もうわたしは関係ないはずよ。何で留学までしてこんな所に」



 威圧を持って発言していたマコちゃんは、ルーク君を睨みつけている。

 意味ありげな内容とは別に、マコちゃん、そういう話し方もできるんだ、と場違いな感動を憶えていた。

 そんな中、ルーク君は立ち上がり貴族的な一礼をすると、マコちゃんの問いに返答した。



「ソフィア様、いや、ここでは瀬野真琴さんでしたか。

 僕がここに来た理由は決まっています。貴方を連れ戻しにきたんですよ。

 貴方の想い入れがあまりにも強いので、説得の時間を有すると考えて、留学という選択になりました。僕にも公務があるので休暇の都合上、十日間だけしか滞在することができません」


「それは御祖父様がご命令されたことなの? 御祖父様はあの時、縁を切ると言っていたはずだわ」


「いえ、バーゼンハイム王のご命令ではありません。アメリアさんを含め、僕達側近がソフィア様の身を案じて単独行動をしているまでです」


「アメリアさんがわたしを、連れ戻そうとするはずがないのだけれど。だったら、わたしは大丈夫だからもう帰って頂戴」


「そうはいきません。あなたはこんなところにいるべき人ではないのです。

 王はああ言われましたが、今ならまだ間に合います。どうか貴方の幸せのために、一緒に帰国してください」


「幸せって……」



 マコちゃんは言葉を詰まらせると怒りから一転、戸惑いの表情を浮かべた。

 詳しい事情はわからない。

 でもマコちゃんが困っている姿は見ていられない。


 わたしはマコちゃんの横に立ち、口添えを始めた。



「ルーク君。事情もよく判ってないから差し出がましいとは思うのだけど、いきなりでマコちゃんもビックリしているみたいだし、もう少し冷静に話し合ってみようよ」


「湊様……」



 わたしが口添えしたことにより、マコちゃんは一瞬、安堵の表情を見せた。

 だけどすぐに不安げな仕草を出していた。



「君が綾瀬湊さんか。君が」



 マコちゃんがわたしの名前を呼んだことにより、ルーク君は得心したようにわたしを凝視してきた。

 そして今にも不満をぶつけたいという態度で、わたしにつっかかってくる。



「君の、君のせいでソフィア様は自らの幸せを壊したんだ。王家と肩を並べる大企業の御曹司との婚約を、君が破棄したようなものだ。

 よく口が出せたな。

 まったく、こんなどこにでもいそうな、しかも女の子のどこにそんな魅力があるというのか」



 不遜な物言いに、わたしも思うところはあった。

 だけどルーク君はマコちゃんの知り合い。

 そのことがわたしの動きを止める。


 するとわたしの心とは裏腹に、マコちゃんが行動にでた。


『バシッ』


 躊躇なく放たれた、マコちゃんの平手打ち。



「許さない。湊様を侮辱することは絶対に。

 もうあなたとは話すことなんてないわ。

 あなたとなんかもう、口も訊きたくない」



 そう言ってマコちゃんはわたしの手を取ると、「湊様、沙織さん、参りましょう」と、いつもの口調に戻り、わたしたちを引っ張って教室を後にした。

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