第40話 きっかけ【後編】
「わたしもカオル君に男の子を感じたら、迷わず言いますね。
どうしても固定観念が邪魔しちゃって口に出せないんですけど、たぶんその方が嬉しいですよね?」
「そりゃ、ミナが僕を男として見てくれるなら嬉しいけど、さっきも言ったとおり決して無理しないでくれよ」
「無理なんかしないですよ。さっきもドキッとしちゃったくらいですし」
「ほんと? どこで?」
カオル君はムクッと上半身を起こし、マジマジとこちらを見つめていた。
男の子のような野生的な眼差しで、わたしの言葉を待っている。
でもあれは男の子を感じたというより、わたしが雰囲気にときめいてしまっただけで、男の子を感じたとは言えないのかもしれない。
「あっ、それはすいませんが言いません。気を使わないでってことだから、言わなくてもいいですもんね」
「ちぇっ」と軽い舌打ちをして布団の中に戻り、わたしに訊こえるように「教えてくれたっていいじゃないか。ケチだな」と呟いている。
そして今度は、カオル君がわたしに問いかけてきた。
「ミナ、僕からも訊いていいかい?」
「いいですよ」
「ちょっと意地悪なこと言っちゃうかもしれないけど、ミナは本当に真琴ちゃんのこと男の子だって思っていたのかい?
確かにその時の見た目は男の子っぽく見えたのかもしれないし、言葉遣いなんかも男の子のものだったのかもしれない。だけど今の真琴ちゃんを見る限りでは、子供の頃も綺麗な子だったんじゃないかって思う。
それに呼び方もマコちゃんて、決して男の子に対してのものじゃないよな。会っていた期間も数日だって言うし」
「そ、それは、わたしはマコちゃんを、男の子だと思って、その、マコちゃん強かったし、かっこ良かったし、優しかったし……」
言葉に詰まった。
考えないようにしてきたことの、核心を突かれたような気がして、即座に返答できなかった。
思い起こせば、あの頃は本当に強く男らしくなりたかった。
でもやっぱり自分には無理だと諦め、マコちゃんという存在に憧れたんだ。
十年間信じて、マコちゃんに相応しい女性になってやろうと磨いてきたつもりだった。
けれどそれは結局マコちゃんをダシにして、自分を偽っていたのだろうか。
なぜかあの時の気持ちが霞掛かっていて、はっきりと思い出せない。
カオル君は他意なく不思議に思ったのだろう。
だけど素直に答えようとすればするほど、何かが邪魔をしている。
「だって、本当にかっこよくて、頼りになると、その、確かに綺麗だったけど、でも、ちから強くて」
本当にマコちゃんのこと男の子だと思っていたの?
マコちゃんという恋人へ、自分を捧げたいという気持ちに、嘘はなかったはずなのに。
でも、マコちゃんが現れたとき、十年間も待っていたのにそこまで落ち込まなかった。
なぜ?
いきなり高速回転で周り出すわたしの頭の中に、気持ちがついていかず、急激に目から言葉にできない想いが溢れ出てくる。
「う、う、だって、わたし、マコちゃんのこと、マコちゃんの、うう、誓ったし、ううう」
声にならない。
嗚咽が邪魔をしてうまく喋れない。
何を言いたいのか、自分でもわからない。
その答えも出ない。
その様子にマコちゃんは起き上がり、わたしの隣で寄り添って、そっと抱きしめてくれた。
「湊様はきっと、わたくしのことを男の子だと信じて頂いていたのだと存じます。
わたくしが男児の出で立ちで、振る舞いをしていたのも事実でございます。
もっとも、呼び方だけは、湊様に偽りない形で呼んで欲しかったものですから、マコちゃんと呼んで頂けるようお願い致しました。
ですから、湊様には何の過誤もございません。大丈夫、大丈夫でございます」
そっとわたしの頭を撫でてくれている。
泣き出した子猫を寝かしつけるように、そっと優しく。
わたしの頭の回転は失速し、考えるのをやめた。
だって今はこの優しさがあるのだから。
気がつけば、わたしのことを心配して、沙織もカオル君も、ベッドの傍まで寄ってきていた。
沙織はカオル君に「湊ちゃんを泣かしちゃダメです」と頬を膨らませ、カオル君は「ごめん、こうなるとは思わなかったから」と、肩を落としている。
マコちゃんの優しさで心を落ち着かせたわたしは、心配してくれたみんなに「取り乱しちゃってごめんね」と謝った。
「ミナ、ごめん。本当にごめん。何でもするから許してよ」
別にカオル君が悪いわけじゃないのだけど、申し訳なさそうに項垂れていた。
「カオル君のせいじゃないですから。ほんと気にしないでください」
「いや、泣かせてしまったのは事実なんだし、償いはさせてくれよ」
「償いって」
償いだなんて大袈裟な。
でもカオル君は、いたって真剣な表情をこちらに向けてくる。
「それじゃお願いがあります」
「何だ! 何でもいいぞ」
わたしは少しの戸惑いをもって、自分の思い浮かんだ希望を口にした。
「お休みでみんなの時間が合う日に、どこかに行きたいです。プールとか」
「プール? う〜ん、プールかぁ。ミナ、さっきの僕の話、訊いていた?」
「やっぱりダメですよね」
それはそうだよ。
何言ってるんだわたし。
少しガッカリした素振りを見せたわたしに、カオル君は逡巡し、意を決したように声を張った。
「よし、行こう。僕も男だ。ミナのためならできるんだってことを証明して見せる。でも、なんでプールなんだい?」
「わたし、プールって学校の授業以外で行ったことないんです。
でもみんなそうですよね。マコちゃんはたぶんだけど、沙織もカオル君だって行ったことないですよね。
わたし、プールでみんなと遊んでみたい。みんなが初めての場所で、みんなと記憶を、思い出を作りたい」
「それは名案でございます。わたくしもこのみんな様方と思い出を作りとうございます」
「わたしもみんなとだったらプール大丈夫なような気がする。折角だから可愛い水着着て。それも用意しなくちゃね」
「水着ね〜。僕は水着の着用は気が乗らないけど」
カオル君、プールに行くと言っておきながら、水着を着ないつもりだったの?
そこで沙織が説得にかかる。
「ちゃんと香さんにも合った水着ありますって。
それに自分のことさえ気にしなければ、こんな可愛い女子三人の水着姿が見れて、一緒に遊べるんですよ。
湊ちゃんの水着で遊んでいるところ、近くで見たくないんですか?」
「…………見たい」
「じゃ、決まりですね」
沙織も言うようになったなぁ。
自分のコンプレックス、少しは薄れたのかな?
もう沙織は姿も気持ちも別人だわ。
まあ、わたしには以前からこういう感じだったのだけど、ここまで他の人に心を開くなんて。
あっ、そうだ。
どうせ行くなら言ってみようかな。
「そしたら、尊も誘う?」
「「「それはダメ」だ」でございます」
一斉に却下され、尊も可哀想と思いながら、わたしの部屋は和やかな笑みに包まれた。
翌朝、わたしは日課で五時半に目覚める。
体内時計は完璧で、目が覚めて時計を見たら五時半ちょうど。
『今日は、なんか重たいな』なんて感じながら目覚めたら、カオル君の抱き枕状態になっていた。
いつの間に一緒に寝ていたんだ。
昨日は別の部屋にしようかと言っていたくせに。
「ミナ〜」と寝言を発するそれを振りほどき、上半身を起こしてベッドの下を見てみると、マコちゃんが目を覚ましていた。
マコちゃんもこの時間に起きるのが日課で、わたしは早朝ランニング、マコちゃんは朝食作りが日常。
小声で「「おはよう」ございます」と挨拶。
その向こうの沙織は、自前の抱き枕で熟睡中。
よし今日も頑張ろうと気合を入れ、一日を始めたのだった。
ランニングはいつも尊と一緒になり、挨拶以外は無言で一緒に走るのだけど、ま、どうでもいっか。
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