第37話 同じ穴の狢

ピンポーン!


 インターホンが鳴る。

 尊に夕食を届けるため、相馬家の玄関の前で待つわたし。


 みんなは洗い物や後片付けをするということで、一人で届けにきていた。



「湊、どうかしたのか? ちょっと待っててくれ」



 カメラ付きインターホンのお陰か、わたしと認識した尊は、こちらの返事も待たずにインターホンを切った。

 もう食べちゃったかな? と頭に過ぎらせながら、その場に佇むわたし。

 鏡はないけど髪を整えながら、身だしなみを気にしてみる。

 ガチャと鍵が音をたて、外開きにドアが開く。

 尊は部屋着に着替えていて、寛いだ感じを見せていた。



「お母さんに訊いたんだけど、今日一人なんだってね。うちで沢山ご飯作ったから、お裾分け持ってきたわよ。

 それとも、もう食べちゃった?」


「いや、まだ食べてはいない。まあ、食べていたとしても、お前のとこの料理なら食べられるんだけどな」


「どんだけ食い辛抱なのよ」



 わたしたちは笑い合う。

 これが尊とのいつもの感じ。

 ただの他愛ない冗談と他愛ない返し。



「はい、これ。もちろん作ったのはわたしじゃないけど、今日はお母さんとマコちゃんと沙織の合作よ。世に出ることの無い貴重な品なのだから、心して食べなさい」


「ああ、ありがとう。渚さんたちにもお礼を言っておいてくれ。だが、その三人で一緒に作るなんて何かあったのか?」


「うん。今日はうちにカオル君が遊びにきているんだ。カオル君、今日バスケの練習試合だったから、お疲れ様会ってところなの」


「野西先輩だったな。そうか、それは賑やかだろうな」



 尊はどこか、寂しげな眼差しをしていたようにも見えた。

 こっちは大人数で、尊は一人だもんね。

 でも、女子会なんだから、うちに呼ぶわけにもいかないし。


 そう逡巡していると、後ろから声が発せられた。



「君が、尊君か」



 その声の主はカオル君だった。



「あれ? 後片付けとかしてたんじゃなかったんですか?」


「お母さんが顔見てらっしゃいと言ってくれてな」


「そうなんですか」



 そしてわたしは、各々を紹介した。

 まあ、どちらにも事前情報は与えていたから、すんなり顔合わせは済んだ。

 だけどまだ、尊にはカオル君の事情までは話していない。

 さすがにベラベラと言いふらすようなことはしない。


 カオル君は尊の顔をじっと見つめると、不敵な笑みを浮かべながら言い放った。

 それはまるで、男の子がけん制をする雰囲気にも見えた。



「ふ~ん。尊君、男前だね。僕が少し嫉妬を覚えてしまうくらいだ。背も高いし、これは強敵だな」


「カオル君。強敵って何の?」


「それはミナ……、同じ穴の狢ってやつさ」


「狢ねえ。……ってことは尊はビーエル?」



 思わず口に出た単語。

 そのわたしの言葉に反応した尊は、驚くほど目を丸くして、もうまん丸にしてわたしの目を凝視している。

 これはやっぱり的を射てるってことなのか。



「な、なに言ってるんだ湊、お前正気か? 感化されてるのか? どうしてそうなるんだよ」



 あれ、ムキになってる。

 これはどっちなの?

 本当に違う?

 照れ隠し?



「だって、沙織も同じ匂いがするって言っていたし、カオル君と同じ穴のってことは……」


「だからどうしてそれで、って野西先輩もわかるでしょ?」


「あー、僕としてはその方が都合がいいんだが」



 真剣に問いかけた尊に対し、カオル君は首を明後日の方向へ向けながら、僕は知らない、とでもいうような態度でやり過ごしていた。



「わたしは大丈夫だよ。慣れているし」


「ったく。だから、俺が好きなのは」


「好きなのは?」


「…………」



 沈黙が流れる。

 尊は何かに気づいたという顔をして、喉まで込み上げてきた想いを、生唾と一緒に飲み込んだかのような仕草を見せた。



「もういい。腹減ってるから、折角届けてもらった晩飯、早く食べたいしな。

 湊、この続きはいつか必ず打ち明ける。ここがそのタイミングではないことはわかっているからな。

 それと、野西先輩。俺も望むところですよ」



 尊のいつになく真剣な眼差しに圧倒され、「うん、わかった」と返すだけ。

 デリケートなことなのだから、そうよね。

 カオル君は「ああ、負けないぞ」と、わたしの知るところじゃないやり取りをしていた。


 尊が踵を返し、玄関のドアに手をかけた時、



「湊、沙織のやつ最近友達とも慣れてきたみたいだし、幸せそうで良かったな」


「うん、おかげさまでね」



 と、一言交わし中に入っていった。

 沙織のことはわたしたちにとってずっと前からの懸案事項で悩んできたことだから、尊も心配していたものね。


 玄関のドアが閉まると、カオル君とわたしも踵を返した。



「ミナ、なかなか尊君もいいやつじゃないか」


「そうですよ、尊はいいやつです。だから信頼も心配もしています」


「そう直球だと、妬けてしまうな」


「今のどこに妬けるところが?」



 などと話しながら、自宅へと戻るのだった。

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