第30話 開会式【中編】
「湊ちゃーん、マコー、来たわよー!」
「お姉ちゃん!」
大きなサングラスを掛けて、紺色のパンツスーツを纏い、如何にも業界人という出で立ち。
騒ぎの主はお姉ちゃんだったんだ。
お姉ちゃんの後ろには、二十代半ばくらいの背の高い男性が同行していて、こちらも芸能人かと思わせるようなカッコイイ人だった。
「ここで誰も入ってこないように見張ってて」と指示しているあたり、マネージャーさんなのかな。
ドアを閉めると、おねえちゃんはまずわたしの元へやって来て、ビックリして立ち上がっていたわたしをギュッと抱きしめてくる。
「どうしたの? お姉ちゃん」
わたしが問うと、お姉ちゃんは体を離しわたしの両肩に手を乗せ、凛とした態度で返答してきた。
「お祝いしに来たに決まっているじゃない。わたしの母校で湊ちゃんが同好会を立ち上げたんだから当然よ。わたしはそんな薄情な姉じゃないわ」
いや、同好会を立ち上げたからって、お祝いに来なくても別に薄情じゃないし。
忙しいはずなのによく来れたなぁ。
お姉ちゃんのことだから、頑張って時間を作ってくれたのね。
「あっ、ありがとう。でもわたしだけじゃなくて、みんなで立ち上げた会だからね」
わたしの言葉に、お姉ちゃんはわたしの肩から手を離し、マコちゃん達三人の方を見渡した。
お姉ちゃんには事前に話をしてあるから、内容やメンバーも知っているはず。
「沙織、久しぶりね。聞いてたとおり、だいぶ雰囲気変わったじゃない。それで湊ちゃんにやっと告白できたらしいわね」
「おおお、お、お久し、ぶり、です。あか、りさん。みな、湊ちゃんに、す、す、好き、って言いまし、たです、はい」
沙織がお姉ちゃんと接するときは、いつもこう。
とは言っても、付き合いが長いから、段々普通に話せるようになるんだけどね。
続いてマコちゃんの方を向くお姉ちゃん。
「マコはしっかりやっているようね。学校での湊ちゃんのサポートも頼むわよ。まあ、わたしの目に狂いはないのだから大丈夫ね」
「はい、お任せください。灯お姉さまのご期待を裏切るような真似は致しませんので」
ああ、お姉ちゃんとマコちゃんは、すでに完全な主従関係が出来上がっている。
お姉ちゃんが帰って来てからここに至るまで、結構密接にやり取りをしていたみたいだから、こうなるのはわかっていた。
だけどなんか、マコちゃんを取られた気分だわ。
別にマコちゃんとわたしは主従じゃなく親友なんだけどさ。
でもってそのやり取りをみていた沙織が、珍しく発言してきた。
「あ、灯さん。わたしも湊ちゃんの、さ、サポートを頑張ります」
お姉ちゃんに対して、自分から発言するなんてほんと珍しい。
もしかして初めてじゃないかしら。
それはお姉ちゃんも思ったみたいで、沙織に視線を移しニコリと笑みを浮かべて「そう、沙織もよろしくね」と返していた。
沙織はとても嬉しそう。
そしてお姉ちゃんは、マコちゃんと沙織が喜び合っているのを一目した後、初対面であろうカオル君へ視線を走らせ、威厳を持って発した。
「あなたは?」
カオル君は直立に姿勢を正して、まるで新兵のように返事をする。
「僕は野西 香です。三年で湊さんたちの一学年上になりますが、湊さんたちには仲良くしていただいています」
そうだよね。
初対面で会ったら普通はこうなっちゃうのよ。
お姉ちゃんの風格には、誰もが圧倒されちゃう。
「カオリ? 湊ちゃんにはカオルって訊いていたのだけれど」
「はい、僕の名前の読み仮名は、戸籍上はカオリなんですが湊さんにはカオルと呼んで貰っています」
「ふ~ん。あなたがカオル君」
お姉ちゃんはカオル君の傍まで歩いていき、頭から足の先まで舐めるように見定めている。
時折、頬や胸、腰のあたりを触りながら何かを確認していた。
「あなたもいいもの持っているわね。中々、湊ちゃんに寄ってくる子は粒揃いだわ。香ちゃん、あなたモデルに興味なーい?」
「いや僕は部活と、この会活で頑張りたいと思っているので。あと、仕事とはいえ女の子の格好をするのはどうも苦手で。
綾瀬 灯さんにお誘いを受けるなんて光栄なんですが……」
「そうだよ。誰でも彼でもモデルに誘っちゃダメだよ」
お姉ちゃんたら、今日はお祝いに来たんじゃなかったの?
いきなりスカウトなんてしてるんだから。
らしいって言ったら、らしいのだけど。
「それは残念ね。でも、別に女性らしさをアピールするだけがモデルの仕事じゃないのよ。あなたに合った仕事もちゃんとあるんだから、気が変わったらいつでも言いなさい。
卒業してからも湊ちゃんと一緒にいたいのなら、うちの会社に入れば繋がりは持てるんだから悪い話ではないと思うし」
さすがプロというか、さすがお姉ちゃんというか、引き込む要点をちゃんと抑えている。
カオル君も懊悩している感じだし。
人の品定めは終わったとばかりに、今度は会室内を見渡している。
特に空いているスペースを見据えると、何かブツブツと呟いていた。
「どうしたの?」
「お祝いに来たって言ったじゃない。女の子のための会ってことだから、ドレッサーとか簡易着替え室とかを寄贈しようと思ってね。
室内を見てみないとサイズがわからないから、今日は持って来なかったのよ」
「そこまでしなくてもいいんじゃ……」
「何を言っているの。こういうことは最初が肝心なの。わたしもここの卒業生なんだから寄贈しても何も問題ないのよ」
「でも寄贈って、学校にするもので、同好会にするものじゃないでしょ」
「大丈夫よ。うちの会社は結構学校に寄付してるんだから何も言われないわ」
「そ、そう」
とりあえず言ってみたけど、考え無しに行動する人じゃないことはわかっているんだ。
たぶんそれとなく、自然な感じで置いてくれるのだろう。
「それじゃ、お言葉に甘えて」
「遠慮なく甘えなさい」
ふと前を見てみると、マコちゃんも沙織も寄贈話が嬉しかったのか目を輝かせて、沙織にいたっては小さく握りこぶしを『ヨシ!』という感じで握っていた。
沙織は最近、ファッションに目覚めたから、尚更嬉しいのかも。
カオル君はこの手の話には興味がないみたいで、さっきの懊悩を未だ続けていた。
突然、廊下のほうから「そこをどけ」という声が訊こえてきた。
この声は、尾崎先生だ。
きっと騒ぎを見に行った時に、お姉ちゃんと行き違いになったんだ。
どけということは、マネージャーさんと話をしているのかな?
「誰も入れるなと言われていますので」
「いいからとっととどけ。俺はこの学校の先生で、この会の顧問なんだから」
そう問答をしているや否や、ドアが開いた。
まだ後ろの方では野次馬がいて騒ついている。
尾崎先生が入ってドアが閉まると、その騒つきは遮断された。
「立ち入り禁止ってどういうことだ? 原因はお前か」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます