第29話 開会式【前編】

「放課後、開会式をするから、会室に集合な」


 尾崎先生からそう命じられ、わたしとマコちゃんと沙織は、会室の前までやってきた。

 近々、同好会活動を開始すると尾崎先生に訊いていたので、唐突という感じはなかった。

 でも未知の会だけに、開会式って何をするんだろう? と疑問を抱きながら来たんだ。


 会室は校舎の端の方にあり、使われていない用務員室だったところを改装したの。

 数年前に用務員業務が完全委託化され、用務員さんが常駐することがなくなった。

 だから、用務員室は空き部屋となっていたんだ。

 比較的まだ新しい施設だったので、設備などを廃棄するのは勿体無いと、暫くそのままになっていたみたい。

 駐在してもいいようにと、ある程度生活できるスペースになっていたはず。

 どう改装したのだろう。



「お邪魔しま〜す」



 わたしは軽くノックをしてから、恐る恐る会室のドアを開けた。

 するとそこには、向かい合わせに置かれた三人掛けのソファーに、ドンと対面して座っている尾崎先生とカオル君の姿があった。



「遅かったな、待ってたぞ」



 待ちくたびれたと片手を上げる尾崎先生。

 会室内を見渡すと、ここが用務員室であったとは見紛うほどの改装がされていた。


 中央には豪奢なテーブルが置かれ、それを挟むように二人が座っている大きなソファーがある。

 奥に見えるのは校長室さながらの、重厚で存在感を発揮している机と椅子。

 机の上には、会長と書かれた木彫りのプレートが据えられている。

 横にはなぜか、ベッドが一台あった。

 まあ、ベッドがあることは、元々が用務員室なので不思議なことではないのかもしれない。

 簡易キッチンや冷蔵庫などもあったけど、きっとこれは用務員室の時からあったものだろう。

 これだけ揃っていれば、ここで生活もできそうな気がする。


 尾崎先生とカオル君が挟んだテーブルの上には、たくさんのお菓子と飲み物が置かれ、これから宴会でも始めようという勢いだ。

 中にビールが混ざっているのは気のせいかしら。

『まさか開会式って、食べて飲んで雑談するだけじゃないでしょうね』と、そんなことを考えながら、尾崎先生たちの方へ歩みを進めた。



「まあ座れ」



 上機嫌でわたしを自分の横へ指示する尾崎先生。

 必然的にマコちゃんと沙織は、向かいのカオル君がいるソファーへ腰かけた。



「それじゃあ、会の門出を祝して乾杯といこうじゃないか」



「ほれ」と飲み物を配っている尾崎先生は軽快。

 最後に自分の飲み物を取ると、それがビールでないことにわたしは安堵の息を漏らす。



「みんなに行き渡ったな。それじゃ乾杯だ。カンパーイ!」



 威勢のいい尾崎先生の掛け声に、みんながつられて飲み物を持ち上げた。

 半ば強制的な乾杯にみんなは控えめに上げる。

 先生の飲み物だけが、高々と自由の女神のように掲げられていた。


 わたしの正面には、困惑顔を見せるマコちゃんと沙織、控えめな乾杯ではあったけど平然としているカオル君が見える。

 マコちゃんと沙織は、巻き込まれた感が拭いきれない。

 でもカオル君が涼しげな顔でいるのは、尾崎先生と気が合っているからかも。

 会室に入る前にも、二人で会話をしていたみたいだしね。

 尾崎先生とカオル君は、なんとなく意思の疎通が図れているみたいだ。



「先生とカオル君は、何か波長が合っているように見えるんですけど、気のせいですかね?」



 わたしが質問すると二人は見合わせ、アイコンタクトをしたかのように目で会話をしたあと、先生から答えがでた。



「瀬野から新会員の報告を受けた後に、俺が呼び出したんだ。

 やはり、顧問としては人となりを確認せんと安易に入れるわけにもいかんからな。しかもそれが学園のヒーローであれば興味が沸かないわけがない。

 で、話してみたら、これが俺と同じような境遇だというじゃないか。そりゃ、意気投合もするってもんだな」



 間髪入れず、カオル君も合いの手を入れる。



「そう、本質は違えど尾崎先生は僕の未来像みたいなものだからね。カミングアウトを決めた僕にとっては公私ともに先生というわけさ。

 しかもお互いミナのことが好きなのだから、尚のこと共感度合いも高いんだ」



 それは良かったですね。

 気持ちは二人とも男の子だと思うと、男の絆みたいのものにも感じるのは気のせいかな。

 もっとも先生に至っては同性愛者と公言しているだけで、トランスジェンダーかはわからないのだれけど。


「ははは、そうなんですか」と作り笑いで返しておく。

 自分から話を降ったものの、これ以上膨らませると墓穴を掘ることになると考え、方向転換することにした。



「マコちゃん。この会の活動っていうかみんなの役割って、何か考えているの?」


「まだ具体的なイメージを確立しているわけではございません。ですがわたくしと致しましては、湊様へのご相談などを皆で思考すれば、学校の女生徒がより安寧の日々をお過ごし頂くことができるのではないかと意図するところでございます。

 例を上げるならば、時に湊様は放課後生徒たちに難問の読解をなされておられます。それは湊様には及ばずながら、わたくしにも助力が可能な範疇だと見受けられます。

 また、運動能力にも秀でていらっしゃる湊様の元には、多様なスポーツ技術のご相談をお受けになられております。そちらは香さんも同じく卓越されていらっしゃいますので、湊様がご対応難しき時に香さんのご対応も可能かと存じます」


「なるほどね、それなら僕でもできそうだな。僕には運動神経しかないから、そう断定して貰った方がありがたい」



 感心したようにカオル君は相槌を打っている。

 わたしとしても友達から頼まれれば、極力ちからになろうと行動していたけど、習い事など用事があるときは無理だったこともあった。

 だからみんなで協力できるのなら、きっとより多くの人のちからになってあげられる。

 何よりみんなで当たれば、早く解決するしね。



「マコちゃん、そこまで考えてくれているんだね」



 わたしはマコちゃんの気持ちに対して、ありがとうの笑みを作る。



「あのぅ、わたしの役どころが見当たらないんだけど」



 そう言ったのは沙織だ。

 恐る恐る右手を挙げながら、不安げに寂しそうにボソリと呟く。

 それに対しマコちゃんは。



「今説明させて頂いたのはあくまで例ですので、沙織さんにも役どころは必ず存在致します。

 例えば沙織さんの得意なお料理のご教示でございます。

 ただ、現在の沙織さんではわたくしたち以外と接するのは困難を極めますので、まずご相談の受け役として控えめなご性格を改善なされば宜しいかと」



 料理の先生は良い案だ。

 沙織の料理は本当に美味しいんだもん。

 お昼のお弁当のとき、いつも質問が飛んでくるくらいだしね。


 料理の話が出てきたときは沙織も光明が差したという顔をした。

 でも人慣れをしなくちゃいけないということは的を得ていて、それを訊いた沙織は少し不安げな顔を表に出していた。

 得心が行ったようにウンウンと頷くわたしとカオル君に、尾崎先生はとても満足げな顔をしている。

 まるで手柄は自分にあるんだ、といった優越な笑みを出していた。



「やっぱり会を起こして正解だったな。なんせ俺は綾瀬がこの学校に入ってきてからずっと何かできないか考えてきたのだから、念願叶って非常に満足している。これから楽しくなりそうだ」


「先生、前から訊きたいと思っていたんですけど」


「なんだ、綾瀬。なんでも訊いてくれ。俺の綾瀬に対する気持ちとかか?」


「別にわたしに対する気持ちなんて今更聞きたくはないですけど、先生はわたしのことを入学してからずっと気にかけてくれていたように感じていました。

 まるで入った時から既にわたしのことを知っていたかのように。

 わたしは学校に入るまで先生と面識がなかったと思うんですがなぜなんですか?」


「いや、それは俺が綾瀬のことを好きだからに決まっているじゃないか」


「それじゃ答えになっていません」



 わたしの疑問に、珍しくドギマギしている尾崎先生。

 はて、何か動揺する理由でもあるんだろうか。

 いつも堂々と男気を見せる先生が、急に落ち着かない様子になった。

 そんな態度を見せられると妙に気になってくる。

 わたしたちが答えを待っていると、先生は徐ろに外を見やり話を逸らしてきた。



「なんだか外が騒がしいな。今日は何かあったんだったか?」



 先生はネタを見つけたと言わんばかりに「よし、ちょっと見てこよう」と勢いよく立ち上がり、廊下へと出て行った。

 仕方がない。

 この件については、今度ゆっくり問い詰めてみよう。


 でも本当に外が騒ついている。

 ここの窓からは校庭を望めないので、騒めきの反響音しか届かない。


 まあいっか。

 折角、開会の日なのだからこの会に集中しよう。

 みんなを見てみると「ほんとに騒がしいな」「なんだろうね」などと話をしていたので、仕切り直しをする。



「ねえ、どうせなら会則とか会訓とか作ろうよ。さっきマコちゃんが言っていた内容を踏まえてさ。

 あと、会になったって事は学祭とかのイベントにも参加できるよね」



 わたしの提案に、みんなひまわりが咲いたような笑顔で乗り気を示していた。

 学祭の出し物はこれがいいだとか、合宿も有りだよねだとか話は膨らんでいく。


 話が乗ってきたと同時に、さっきまで外で起こっていた騒ぎが今度は廊下の方へと移動してきた。

 それはどんどんこちらに向かってきているような気がする。


 会活動話で盛り上がっていたのも束の間、近づいてくる騒ぎに何事かと顔を見合わせるわたしたち。

 騒ぎと共に途中から聞こえ出した足音に、誰かがこちらに向かっていることは確実だった。


 コツ、コツ、コツ、コツ!

 室内なのに、まるでハイヒールを履いているかのような音。

 足音がドアの前で止まり、ドアが勢いよく開かれた。

 そして現れたのは。

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