第28話 お姉ちゃん登場【後編】
全てを説明したら、「大体わかったわ」と言ったあと、何かを思案するかのように腕組みをして床の方を見つめていた。
その様子を確認したわたしは、マコちゃんへと体ごと向き直し、お姉ちゃんの紹介を始める。
「あのね、この人はわたしのお姉ちゃんで名前は灯っていうの。
まだマコちゃんは知らないと思うけど、結構有名人さんなのよ。
化粧品店とか駅とかにポスター貼ってあるし。あっ、そうだ。ちょっと待ってて」
わたしは本棚から雑誌を取り、中をパラパラと開いた。
待つマコちゃんからは「お姉様……」と呟きが漏れていた。
「ほら、これお姉ちゃんなの。凄いでしょ」
わたしは自慢げに顔を綻ばせ、お姉ちゃんのページを見せつけた。
御誂え向きに雑誌の中程には特集ページがあったので「これこれ」と。
「何故ゆえに現下までお隠しになられていたのですか?」という問いに「本人を前にビックリさせたかったからだよ」と返す。
ドヤ顔でページを捲っていると、不意にお姉ちゃんが立ち上がりマコちゃんの前で仁王立ちした。
マコちゃんの足元から値踏みをするように、全身を見渡す。
「わたしが湊ちゃんのお姉ちゃん絢瀬 灯よ。あなたが湊ちゃんと約束をした子だったとわねぇ。
ふ〜ん。確かに湊ちゃんが固執したほどの美貌を持っているわ。
気品も申し分ない。あとは……ちょっと質問するわね」
どんな質問をされるのか、とマコちゃんの顔が強張る。
わたしはお姉ちゃんを信じているので、滅多なことはないと察し、その状況を見守った。
「あなたは湊ちゃんにここで住まわせて貰うことになったようだけど、今の気持ちは?」
「とても幸せでございます。この恩義は湊様はもとよりご家族の皆様方にも後々お返しする所存でございます」
「どうやって?」
「今はまだ若輩の身でございますので、自身を磨き円熟した暁には必ずやと」
「そう。それじゃ、もし、湊ちゃんがあなたに出て行きなさいって言ったらどうするの?」
「ちょっ、お姉ちゃん?」
その質問はわたしにとって有り得ないので、思わず声に出てしまった。
お姉ちゃんはわたしに『大丈夫よ』と優しい一瞥をし、マコちゃんを見据える。
「もし、その時が訪れてしまうならば、わたくしは潔く去ります。
湊様がそうお決めになるということは、思い悩まれた上でのことと推察します。お困りにならぬよう行動するのも、わたくしの敬愛の内でございますので」
わたしはマコちゃんの手を握り、そんなこと絶対ないからと頭をブンブンと振って心で訴える。
「……じゃあ、これは最後の質問ね。あなたは湊ちゃんのために死ねるの?」
「お姉ちゃん? それはダメ。その質問ダメ」
いやいや、違うでしょ。
死ぬ死なないって、戦国時代の武士じゃないんだから。
更に、マコちゃんが「そうしたら死なせて頂きます」なんてなったら大変なことに。
マコちゃんだけに、絶対ないとは言い切れないし。
「湊ちゃん。わたしが質問しているのだから、黙って訊いていて欲しいな。
別にわたしは彼女に死になさいなんて言わないから安心して」
口調は優しいけど、毅然とした態度にわたしは勢いを失う。
この凛としてかつ威厳のある様も、お姉ちゃんの素敵なところだ。
「わ、わたくしは湊様の為にと云えど、自ら命を断つことはございません。
わたくしが絶命することにより、お心優しい湊様がご悲観に暮れるのは明白。ですが、心中ならば喜んでお供いたします」
「ちょっと、マコちゃん。例えわたしが一緒に死のうって言ったって死んじゃダメだから」
何を言っているんだわたしは。
咄嗟に口にした言葉にお姉ちゃんとマコちゃんは、顔を見合わせクスクスと笑いあった。
わたしは意味不明な失言に頬が熱くなる。
「まあ、合格ね。ちょっと思い込みの激しいところがあるようだけど、これまでの生い立ちが影響しているのかしら。
あと、マコの言うとおりまだまだ若輩のようだから、これからわたしが湊ちゃんに相応しくなれるように矯正してあげるわ」
「マコって。会ったばかりなのに」
「あら、湊ちゃんもマコちゃんて呼んでいるんだから、姉であるわたしがマコって呼んでも可笑しくないでしょ。それと、わたしのことは灯お姉様って呼ぶのよ」
「承知しました。灯お姉様」
なぜか嬉しそうなマコちゃんだったので、わたしはそれ以上口を挟めない。
矯正ってのは少し気になったけど、わたしに教えてくれたように女性らしさへの追求なのかもしれない。
「そうしたら、マコ。あなたモデルの仕事をしなさい。わたしがマネージメントするから心配は無用よ。あなた程の逸材を世に出さないのは勿体無い話だわ」
「おっ、お待ちください。そう唐突に仰られましても、先日学校の同好会会長を仰せつかったばかりなのでございます。新設される会長という役職が不在がちになるというのも、申し訳が立ちませんですし」
あー、それ。この間カオル君と会った時に言っていた『湊百合の会』ね。
たいして不在でも影響なさそうだけど、やっぱりいざ会を立ち上げるのだから責任を感じるわよね。
「それと、折角の湊様と居られる時間が削られてしまうのは、些か心許ございません」
こっちの方が真意かな。
わたしもマコちゃんと一緒にいる時間が削られるのは、寂しいけれど。
「そこは我慢しなさい。あなた、やっぱりこの家にタダで世話になるのは後ろめたいって感じ出てるわよ。食い扶持はともかく洋服なんかは自分で買わなくちゃね。
それほど心配しなくても、アルバイト程度に抑えるからやってみなさい」
言っていることはわかるよ。
だけど、なんかマコちゃんを持っていかれるっていうか、遠くにいっちゃうっていうか、喪失感が否めない。
それと、わたしだけお小遣いを貰っていて働かないなんて、とても不公平な感じがする。
「お姉ちゃん。そしたらわたしもアルバイトしてみようかな」
「湊ちゃんはダメ。湊ちゃんが世の男どもに晒されるなんて考えられないわ。
業界に入っちゃったら、直ぐに全国区になることは間違いないからね。それでなくても、今までスカウトが持ってきた情報をもみ消すの苦労してるんだから。
湊ちゃんには、わたしの帰る場所としてここにいて欲しいの。だからお願い。ね!」
ここまで言われたら訊くしかないし、絶対譲らないのはわかっているし。
どう頑張ってもお姉ちゃんには口でも勝てない。
別に喧嘩とかじゃなく説得力がね。
わたしたちのやり取りの間、マコちゃんは逡巡した様子を見せていた。
そして意を決した、というように口にした。
「わたくし、引き受けさせて頂きます。灯お姉様がそれ程まで言ってくださる以上、お断りしては失礼ですし、わたくしもアルバイト先をお尋ねせねばと考えておりましたことは確かですので。
察するに灯お姉様も、湊様と共有する時間を割かれているということであれば、わたくしばかり甘えているワケにはいられません」
「決まりね。そしたら明日から特訓するから覚悟しておいてね。モデルの道は容姿だけじゃ通用しないから、頑張るわよ」
「はい、灯お姉様」
どこかのスポ根ドラマ風に共鳴している二人を、わたしは取り残されていると感じずにはいられなかった。
折角お姉ちゃんが帰って来たと思ったら、春風が桜の花弁をさらっていくように、わたしの前から二人が消えてしまいそうな、そんな感覚を味わっていた。
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