第27話 お姉ちゃん登場【前編】

 それは自宅での出来事。

 夕食が済んで明日の授業の予習を自室でしていると、ドアの外から覚えのある声が聞こえてきた。



「ただいまー」



 まるでゴスペル歌手が、マイクを使わずホールの隅にまで音を乗せるように、響き渡る声量。

 この声の主はわたしの憧れであり、尊敬する人。

 この世で大好きな人の上位に入る存在だ。


 ドタドタとこちらへ向かってくる音がする。

 わたしも予習を中断し、片付けをしてからドアに向かおうとすると、ドアが自動のごとく開いていった。



「湊ちゃん、湊ちゃん、湊ちゃん、湊ちゃん」



 わたしの名前を連呼しながら、勢いよく部屋へ侵入する声の主。

 それはわたしのお姉ちゃん『綾瀬 灯』だ。

 お姉ちゃんは部屋へ入るなりわたしに抱き付き、頬と頬を擦り合わせてくる。



「久しぶりの湊ちゃんの感触。会いたかったよー」


「おかえり、お姉ちゃん」


「ただいまー」



 うふふふふっ、と笑みを溢しながら、わたしの頬から離れようとしないお姉ちゃん。

 そして一瞬止まったかと思いきや、そのままわたしはベッドへ押し倒される。

 倒れたと同時に覆いかぶさるように両手を立て、顔をマジマジ見るなり、今度は逆側の頬でわたしの頬にスリスリしてきた。



「お姉ちゃん。そんなことしたら服がシワになるよ?」


「服なんてどうでもいいのよ。この日をどんなに待ちわびたことか。もう、何度も飛行機に飛び乗ろうと思ったのを我慢して耐えて来たんだから」



 わたしは『仕様がないなぁ』なんて思いながら、お姉ちゃんの感触を楽しんでいた。

 香気が漂い、スベスベの肌の感触に華を添えている。



「お姉ちゃん?」


「なあに?」


「もうそろそろ離れない? ちょっと重くなってきたし」


「えー、そう? でもいくらお姉ちゃんだからって、重いなんて失礼よー」


「いや、そういう意味じゃなくて」


「冗談よ。名残惜しいけど仕方ないわね。まあ、まだ暫くはこっちにいられそうだし、いつでもこうしてハグできるしね。よし」



 そう言ってお姉ちゃんは立ち上がる。

 そしてわたしに手を差し伸べ、優しく引っ張って起こしてくれた。


 改めて向かい合ってみると、お姉ちゃんは相変わらず綺麗だなぁと感嘆してしまう。

 大きな瞳は目尻が少しつり上がっていて、一見ワイルドに見えるけど、奥には妖艶さを覗かせている。

 鼻は高く、外人にも引けを取らないほどカッコイイ。

 唇は少し厚めで真っ赤な口紅が艶やかで潤みを含み、まるで口紅のCMみたいに存在感を発揮している。

 鮮やかな黒髪は、触りたくなるほど美しく輝いていた。


 お姉ちゃんは、モデルだ。

 と言っても、今はいろんな仕事をしている。

 最近でいうと海外で映画の仕事が入ったということで、今年の二月から海外に飛んでいた。

 でも主はここでのモデル業なので、化粧品店や駅などではお姉ちゃんのポスターがでかでかと貼られている。

 今や世間ではかなりの知名度を持っていて、モデル雑誌のみならず各雑誌の表紙を飾ることもしばしば。

 その歴史は古く小学校に通っていた時から仕事もしていたので、二十四歳というこの歳で、既にベテランの域だ。

 わたしのお姉ちゃんはどこに出しても自慢できる、スーパーお姉ちゃんなのだ。



「湊様、そのお方は?」



 わたしがお姉ちゃんに見とれていると、ドアの方からマコちゃんの声がした。わたしが視線を移すのと同時に、お姉ちゃんもドアの方へ振り返る。



「あっ、マコちゃんこの人は」



 わたしが説明しようと口を開いたとき、お姉ちゃんから『こっちが先よ』という勢いで、質問が飛んできた。



「あら、湊ちゃん、この娘はだーれ?」



 お姉ちゃんの強い語音に圧倒され、マコちゃんには『あとで説明するから』という意味を込めた目配せをして、お姉ちゃんの方から先に取り掛かった。



「えっと、この子は『瀬野 真琴』ちゃんと言って、お姉ちゃんにも話をしていたわたしの約束の人。

 そう、びっくりするかもしれないけど、小さい頃に約束をしていたあのマコちゃんなの」



 わたしはこれまでの事情を一から順に紐解いて訊かせた。

 途中、長くなりそうだからと、お姉ちゃんはわたしたちをベッドへ座らせ、自分は学習机に添えられた椅子に座った。

 わたしの一言一言に真剣な眼差しで訊き入っていた。

 時折、「ふ〜ん」「そんなことが」と関心とも取れる呟きを漏らしながら。

 お姉ちゃんには、約束の日から「マコちゃんにずっと好きでいて貰えるような、素敵な女性になりたい」と公言してきたから、マコちゃんが女の子だと知って少しは驚くかと思っていたけれど、そこは呆気なくスルーされた。


 意味深な「やっぱりわたしの妹ね」という言葉を呟いただけ。

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