第26話 第三の刺客【後編】
「湊様がご傷心になっておられるところを、見過ごすわけには参りません。失礼ながらわたくしたちもご同席させて頂きます」
訊き慣れた声にわたしは、付けていたテーブルを顔で蹴り、勢いよく声の方を向いた。
少量の涙は、周囲の空気と混ざり気化していく。
そしてそこには、カオル君をじっと見つめるマコちゃんと、マコちゃんの後ろで隠れるように動向を伺っている沙織がいた。
「あなたたち、何で?」
わたしは驚き言葉を発したが、それをかき消すようにカオル君が言った。
「君たちがミナの。そうか、ちょうど良かった。ぜひ同席して貰いたい」
以外だと言わんばかりの顔を、マコちゃんたちはしていた。
そして了解したと頷き、自分たちが飲んでいた飲み物を取りに行った。
それが後ろの席だったので、いつからそこにいたのだろうと疑問に思いながらも、その行動を見守った。
こうなったら二人がいた方がわたしとしても心強い、かもしれない。
片側三人掛けのベンチシートだから、わたし側にマコちゃんたちが座ることになった。
奥側にマコちゃんが座ろうとしているので、テーブルとわたしの隙間を「んしょ、んしょ」と言いながら通っていく。
掛け声は普通なんだと感心していると、サラリと銀色の髪がわたしの鼻を掠め、甘い香りに酔いしれてしまう。
わたしがその香りと共に意識を飛ばしている間に、三人が話の続きを始めた。
まあ沙織はマコちゃんの話に、相槌を入れるだけなのだけどね。
「初めまして、野西 香です。みんなはカオリって呼ぶからカオリで構わないから。ミナはカオルって呼ぶけど気にしないでくれ」
「お初にお目にかかります。わたくしは瀬野 真琴、そちら側にお座りになっていらっしゃるのが西條 沙織さんでございます。
香さんのことはわたくしも沙織さんも存じ上げております。今年編入して参りましたわたくしにも、お噂は拝聴させて頂いておりますので」
沙織はマコちゃんの言葉にウンウンと相槌を打っている。
わたしはというとミルクティーを口元に付け、傍観しているのだけれども。
「そうか、君たちも知ってくれているのか。話が早くて助かるよ。単刀直入に言うと僕は君たちと同じようにミナの恋人になったんだ。これから仲良くやっていこう」
さすがスポーツマン。
ビシっとシュートを決めるように直球を投げてきた。
これにはマコちゃんも沙織も、唖然となった状態。
だけどマコちゃんはすぐに切り返す。
「湊様がご同意されているのであれば、わたくしたちが異論を挟む余地はございませんが、先ほどの湊様は伏せてご傷心になられていたご様子。強引にということであるのならば、見流すわけには参りません。
もう少し詳しいご事情をお聞かせ願いたいのですが」
「ああ、そうだね」と言いながら、今までの経緯を説明するカオル君。
いつの間にかカミングアウトされている二歩目三歩目たち。
わたしは口寂しさのあまり、ミルクティーと友達になっていた。
しかしながらそろそろミルクティーとも、別れの時が迫ってきた。
寂しげにわたしを見つめる空のカップ。
また会いましょうとテーブルの上に置いた時、マコちゃんがカオル君に言った。
「ご事情は概ね理解させて頂きました。先ほどの湊様はご傷心ではなくご憂慮であったと。そして、香さんはわたしたちの朋輩に成られたと。
そう致しますと、この後の展望に香さんがお関わりになるということですので、早急にわたくしたちとの親密度を上げた方が宜しいかと存じます」
マコちゃん、勝手な解釈入っちゃてるよ。
まあ、カオル君の説明がカオル君寄りだったからしようがない。
でもさっきのわたしはご傷心だったのよ。
ここで温和な雰囲気になっているところに、水を差すのも忍びないから言わないけど。
ん? 展望って何? マコちゃんたちはどんな展望を持っているというのか。
「理解が早いな。こんなにすんなり受け入れて貰えるなんて思わなかったから驚いたよ。それじゃ、僕がミナを好きでいていいんだね」
「良いも悪いもそれを決するのはわたくしたちではなく湊様。わたくしたちは湊様の博愛によりお側に所在することを許された身ですので、全ては湊様の想われるがままに」
何かマコちゃんの言い回しが、大げさになってきている気がする。
その言い方じゃまるで、わたしがハーレムを作っているみたいじゃない。
「マコちゃん、別にわたしは一緒にいることを許しているわけじゃないよ。ただ親友だから、一緒にいたいからいるだけ。
別に許す許さないや上下関係もないから勘違いしないで」
「申し訳ございません」
別に怒った口調では無かったはずなのに、肩を竦めるマコちゃん。
「ははは、ミナらしいな。でも真琴ちゃんの気持ちもわかるな。
ミナから見れば普通の友達なんだろうけど、ミナのことを想っているこちらから見ればやっぱり悪い気がするんだよ。ミナはノンケだって断言しているんだからね。
だからってミナが気を使う必要はないし、気を使われても困るからそれ以上は言えないけどな。
そして真琴ちゃん。君はミナに迷惑を掛けているって思ってても態度で示さないことだね。
ミナは僕らの想いを十分にわかった上で一緒にいてくれるんだ。それを申し訳ないって態度で出しちゃったら、一緒にいることがいいことなのか迷わせちゃうことになるよ」
「はい、香さんの仰ることはご最もでございます。
以前、湊様にも自分を卑下するより堂々としていた方が良いと仰って頂きました。わたくしも湊様と永遠にご一緒させて頂きたいので、以後気をつける所存です」
「それと僕にも気は使わないでよね。僕は三年だけどミナの恋人としては後輩に当たるんだからさ」
カオル君の威風堂々たる発言は、この場の空気を掌握しているようだった。
三年生だからなのか、性格がそうだからなのかはわからない。
でもずいぶんと説得力がある。
いつのまにか雑談に耽っているわたしたち。
マコちゃんがうちに住んでいることや、沙織や尊が近所だってこと、尊は男の子の幼馴染だってこと、マコちゃんとの約束のことなど、カオル君が知らない情報を公開した。
カオル君は一つ話す度に「うらやまし〜」と漏らしていた。
飲み物が空になったので二杯目を注文した後、わたしは先程から気になっていたことをマコちゃんに訊いてみることにした。
「それはそうと、マコちゃん。さっきカオル君に展望がどうのって言ってたよね。何か計画でもしているの?」
「は、はい、実のところもう沙織さんとその実現に向かっておりまして、その、同好会を作ろうとの思いを馳せておりまして、その」
何だかシドロモドロに答えている。
怪しい。非常に怪しい。
何せわたしを抜きに進めているなんて、今まででは有り得ない。
わたしはマコちゃんにジト目を向けてみる。
マコちゃんは俯きモジモジと言いづらそうな感じだ。
そこで、わたしは振り返り沙織を凝視する。
沙織は人ごとのように傍観してたけど、わたしの直視が刺さりアワワな状態となった。
「沙織、白状なさい」
わたしは、カオル君に慣れてきていた沙織に、脅迫のような勢いで迫った。
すると沙織は後ろにいるマコちゃんを一瞥し、話し始めた。
「実はこの間、教室で真琴さんと二人だけの時に、尾崎先生が来てね。同好会を作らないかって持ちかけられたの。
何の同好会ですかって訊いたら、湊ちゃんがよく学校で友達の相談にのっているから、女の子限定の相談を受ける同好会をって。
そして、自分が顧問をやるし、部屋も用意するから心配するなって言ってた。
ただ湊ちゃんには同好会がカタチになるまで絶対言うなって。反対するに決まっているからって」
そりゃあ、顧問が尾崎先生ってだけでどんな同好会でも反対するけどさ。
よりにもよって趣旨がわたしの相談って。
それに女子生徒限定なんて、尾崎先生らしいわ。
「それで何で沙織とマコちゃんは承諾したの? いくら尾崎先生が言ったことだからって、わたしが困りそうなことをいいとは言わないと思うんだけど」
「それは、尾崎先生が学校にも湊ちゃんといられる個室があったら、いいと思わないかって言われたから。それを言われたらわたしも真琴さんも、即決でオーケーするじゃない」
そこは即決じゃなくてと思いつつ、尾崎先生のノリで人参ぶら下げられたら、断るのは無理よね。
それは沙織たちのせいじゃないわ。
「でも確か同好会って四人からだったよね。わたしと沙織とマコちゃんで三人、一人足りないじゃない」
「ですから香さんがご入会して下されば成立致しますので」
不意に後ろからの発言。
沙織の話が勢いに乗ったせいか、復活したとばかりに合いの手を入れるマコちゃん。
「でも僕はバスケやってるから、そこを辞めてというのはちょっと難しいかな。正直、僕個人だけの問題ならミナの為に辞めてもいいのだけど、やっぱり仲間も大切だからね」
「それはご安心くださいませ。部活動と会活動はご兼任なさっても問題ございません」
「そうか、それなら僕も入るよ。いや、入らせて欲しい」
わたしがいるところで、わたしを無視して話がどんどん進んでいく。
止めるのは今しかない。
「でもやっぱりわたしには荷が重いよ。わたしも尾崎先生と話してみる」
「それはもう遅いんだ湊ちゃん。
尾崎先生、善は急げってこの前、同好会の創設届を提出しちゃったの。会員は後で付け加えておくから教えてくれって言って。
一度提出された届出と同好会名は半年間取り下げることができないんだって。そろそろ承認が降りてる頃だろうし、既に会室の改修も尾崎先生が進めちゃっているし」
なんだ、結局事後報告なのか。
尾崎先生、わたしも混ぜてくれって冗談かと思っていたのだけれど、こんな強硬手段に出てくるとは。『尾崎先生にはなんだかんだいってお世話になっているし、たまに恩返しもしなくちゃね』と強引に自分を納得させた。
ん? 同好会名? どんな同好会名にしたのだろう。
「もう。今回は大目にみてあげるけど、今度からそういう大事なことはわたしにちゃんと相談してよね。それで同好会名はどんな名称にしたの?」
「それは真琴さんが付けたんだけど……」
なぜか苦笑いを作る沙織。
するとマコちゃんが、自信満々に胸を張って宣言しだした。
「そう、わたくしが付けさせて頂きました。その名も『ソウユリノカイ』でございます」
ソウ百合の会ってそのまんまじゃない。
わたしたちが所属してこの名前じゃ相談に来る人なんているの?
……そのまんま?
そのまんまってもしかして……
「そのソウッていうのもしかして、わたしの字を使っているわけじゃないよね?」
「もちろんそのとおりでございます。湊様がご相談をお受けになるのですから、湊様のお名前が冠にくるのは必然。
湊様を慕う遍く子羊たちのお悩みをご解決為さるお姿。何と大義がおありになることでしょう。湊百合の会、なんて気高き響きなのでしょう」
ガーン! それ色々なところに公表されるのよ。
わたしの学校生活終わった。
あはははは。
わたしは壊れ、マコちゃんは酔いしれていた。
カオル君と沙織は意気投合し、会での活動に思いを募られているようだったのだけれど、わたしにはショックの鐘の音だけが、無情に鳴り響いていたのだった。
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