第25話 第三の刺客【後編】

「わたしたちのことはこれからゆっくり話すとして、まず先にお友達のカミングアウトについて話しましょう。今日の主題はそのことなのだから」


「あ、うん、それね。それはミナのことだから薄々気づいていたかもしれないけど、その親友って言うのは僕自身のことなんだ」


「………………」



 な、なに〜。

 気づいてなかったっつーの。


 わたしはまた怪訝な表情に戻っていく。と言うよりもただジト目をしていただけ。

 カオル君の言っていること、どこまでが本当でどこまでが嘘なのかわからなくなってきた。

 まあ本人が言っているのだから、自分と親友が同一人物であるということは確かなのかも。



「そうしたらカオル君がそのトランスジェンダーで、カミングアウトするってこと?」


「そうなんだよ。僕がトランスジェンダーなのさ。メールでも話したとおり、まだ周りにも打ち明けていない。家族にもね。

 当然今まで生きてきた中で、話そうかなと思った時もあったんだよ。

 小学生の時、好きだった女の子に告白したら『それ違うよ。かおりちゃんは女の子なんだから男の子に好きだって言わなくちゃダメだよ』なんて言われたのがトラウマになって、それからどうしても踏み出せなくなっちゃってさ。

 もう一人でいいやって思ってたんだけど。

 でも、ミナは親友の愛を受け入れたって言ったよな。ちゃんと僕の想いに対して真剣に考えてくれて。

 あの言葉で僕も、もう一度踏み出してみようかなって」



 軽い口調で堂々とカミングアウトしているなぁ。

 これはわたしが信頼されているってことなんだよね。

 そして、今まで一人で抱えていたものが溢れ出てきているのかもしれない。

 わたしという存在で勇気が持てたというのなら、それはそれで嬉しいことなんだろうけど。


 話の途中でウエイトレスさんが飲み物を持ってきた。

 わたしは「ありがとうございます」と軽い会釈をして応対する。

 ウエイトレスさんが戻って行くと、わたしはミルクティーに口を運びながら会話を続けた。



「でも、実際どういう風にカミングアウトするんですか? みんなに宣言して歩くとか? 宣言するといえば、わたしの担任が堂々と同性愛者だって宣言していますけど、わたしとしてはあんまりいい印象を与えているとは思えません。

 あの先生は別格っていうか」


「ああ、尾崎先生だね。あの人はすごいよ。尊敬に値する。

 さすがに彼女のように堂々とはできないけど、僕はその第一歩を踏み出そうとここへ来たのだから」


「それはわたしと話し合ってからそれを起点にってことですよね。それはわかっているので、どういう風にカミングアウトするかについての話をですね」



 なんか堂々巡りだな。

 もう少し建設的な話を進めないと、うまく受け入れてくれそうな妙案が浮かばないと思うのだけど。



「それでね、僕は君のことを好きになってしまったんだよ。もちろん友達としてではなく恋人としてね。

 だから付き合って欲しいんだ。僕も君の大切な人たちのように友達以上恋人未満の関係でいいから、三番目ってことでさ」



 軽く告白してきた。

 本当に今までカミングアウトできなかったの? って思うほどあっさりと。

 余りにも自然にすんなりとした告白だったものだから、重みも緊張感も感じられない。

 でもこんなにあっさり告白するのなら、なんでさっき誤魔化したのだろう。



「いや、シクスクでしかやり取りしたことないじゃないですか。直接話すのは今日が初めてなのに好きって。それが第一歩って言われても」


「別に半年もミナと話をしていたんだから、会わなくたって好きにはなるよ。

 そして何より、好きな人に告白してカミングアウトできたんだから、第一歩っていうか一石二鳥って感じだろ。僕の精神は解放され、付き合うチャンスまで得た。あとはミナの返答次第だよ。ミナは僕のこと嫌いかい?」


「嫌いじゃないですけど。そりゃあ、どっちかって言われると好きな方の部類に……」


「だったらオーケーってことだよね」


「…………」



 まあそうなのだけど、なんか計画的犯行って感じだ。

 わたしの性格を知り尽くしている。

 文面だけのやり取りでここまでわかるなんて、恐るべしカオル君。

 流れに乗せられてノーの選択肢がまるでない。


『ああ、三人目かぁ』そう思うとなんだか妙に悲しくなってきた。

 わたしの頭は次第に重くなり、重力に引かれテーブルの面に頬をつける。

 目には俄かにウルっとしたものが。



「どうした? ミナ。大丈夫か」



 しれっと心配そうな声をかけてくるカオル君。



「少し放っておいてください」 



 わたしはそう答えると纏まらない今後の展開予測を立てながら、目から出てくる液体を感じていた。

 たぶんカオル君は心配そうに見ているのだろう。

 でもそれに気を使う余裕が今のわたしにはない。

 そうして、テーブルに顔をぴったりつけていると、通路の方からドタドタと歩いてくる音が聞こえた。



「き、君達は?」

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