第24話 第三の刺客【前編】
そして当日。
わたしはできるだけ普段と同じ格好で、カオル君に会うために家を出た。
変にオシャレしちゃったら勘ぐられるかもしれないから、できるだけ普段どおり自然に。
決断してから家を出るまでの間に、珍しく誰からも予定を聞かれることがなかった。
不思議だったけれど、好都合なので放置した。
家の中で洗濯をしていたマコちゃんと目が合った時、聞いてもいないのに「所用がございますので」と目を泳がせながら発言した意味はわからない。
だけど、ああそうなのね、と流した。
用心深く後ろをチラチラ見ながら、リリウムまでの道のりを歩く。
よしよし、付いて来ていない。
もし付いてきて、女の子だったら同志とかなんとかで賛同しそうだけど、カオル君は男の子なのだから、どうなるかわかったものじゃない。
せっかくカオル君と会うのに、台無しにでもなったら困るからね。
いけない、後ろのことばかり気になっちゃって時間に遅れそう。
少し急がなくちゃ。
そうしてわたしは、足早に目的の場所へ向かった。
どうにか間に合ったか。
十時ジャストに店に入った。
「いらっしゃいませ」とウエイトレスさんが駆け寄ってくるので、「連れがいるので」と席の案内を断り、店の中を見渡した。
青いハンカチ、青いハンカチっと。
見つけた!
置いてあるのは奥の席。
そんなに混んでいるわけでもないのに、なんであんな奥に座っているのだろう。親友の話を、あんまり人に聞かれたくないからかな、なんて思惑を巡らせながら、席に近づいた。
誰か座っている。
待ち合わせをしていたのだから、当然か。
ここからでは後頭部しか見えない。
プラムカラーの短髪で、ちゃんと整えている感じ。
結構大きい人みたいだな。
尊より少し小さいくらいかな?
なんて声をかけよう。
「お待たせしてすみません」は堅苦しいよね。
「あなたがカオル君ね」じゃ因縁をつけているみたいだ。
って決まらないうちに席に到着しちゃったじゃない。
「あの、カオル君ですか?」
ドキドキの心臓を無理やり抑え込んで、第一声を発した。
顔を直視できず、声をかけた瞬間に俯いてしまい、恐る恐るゆっくりと顔を上げてみる。
「やあ、ミナだね。初めまして、僕がカオルです」
そう耳にした声質は女の子そのもの。
ゆっくり上げていた顔を勢いよくに変え、わたしは声の主を直視した。
「かっ、かっ、カオル君?」
「そうだよ、僕がカオルだ。何か顔に付いてる?」
目の前の女性は、当然だというような表情でこちらを見ている。
一方、わたしは石像のように固まってしまい、小指の先も動かすことが出来ずに立ち尽くしてしまった。
「まあ、立ってないで座ったら? そこで立っていたらウエイトレスさんの邪魔になっちゃうし」
その言葉に引き戻され、わたしはとりあえず考えるのをやめて座ることにした。
「あの、三年生の野西先輩ですよね?」
彼女はうちの学校の三年生だ。
まあ、シクスクで知り合ったのだから、自分の学校の生徒だというのは、当然といえば当然か。
わたしが名前まで知っていたのは、彼女が『女バス』いわゆる女子バスケットボール部のエースで、チームを全国区へ導く立役者、学校のヒーローだったからだ。
男女共に人気があり、特に下級生の女子からラブレターが届くほどの人。
目尻がつり上がった大きな瞳、高すぎることのない整った鼻筋、左右に少し上がった丹花の唇が艶かしく、美男とも美女とも取れる中性的な存在。
「僕のことを知ってくれていたのか。それは嬉しいよ。僕もミナのことは知っているけどね」
「ど、どうしてですか?」
「うちの学校で君のような可愛い子がいたら僕が見過ごすわけない。シクスクのミナと一致してたわけではなかったから、今は二重の喜びだよ」
見過ごすわけないってまるで女たらしのセリフに、これまでのカオル君との会話履歴が崩壊していく。それも女の子だったのだから、わたしとしたら二重の崩壊だ。
だがしかし、いつまでも崩壊していもいられない。
ここに来た本来の目的は、カオル君の親友の相談なのだから、気持ちを切り替えて。
順を追って任務を遂行しなくては。
順の始めは、まず呼び方から。
「先輩の名前は確かカオリじゃなかったですか? シクスクでの登録名はカオルですけど、やっぱり名前で呼んだ方がいいですよね」
今更、野西先輩って杓子定規に呼んでも仕方がないと考え、まずそこから整理することにした。
「そうか、名前まで覚えていてくれるなんて、ほんと嬉しいな。
でもミナにはカオル君でお願いしたい。みんなにはカオリって呼ばれているけど僕はカオルが気に入っている。
ミナのことはそのままミナって呼んでいいんだよね?」
「別に構いませんけど。
それでは、カオル君。自己紹介も終わったので本題に入りましょう。お友達のことについてですよね?」
次は単刀直入に本題へ移行した。
それはわたしにとって正当な順だ。
悪い予感がするので、できるだけ早く終わらせたいという本心を考慮して。
「ミナ、少し冷たく感じるのは、僕の気のせいかな。
もし僕が女であることを隠していたことに怒っているなら、申し訳なく思うよ。それについては本当にごめん。
最初はシクスクから出るつもりはなかったものだから」
肩を落とし、うな垂れているカオル君。
その様子を見て、自分が少し怪訝な表情をしてしまっていたことに気づき、反省する。
だって、男の子だと信じていたのに女の子だったの二回目よ。
そりゃ、怪訝になってしまうわよ。
淡い期待もしていたのだし。
でも、カオル君の寂しげな顔を見ていると、自責の念は否めない。
そこへウエイトレスさんが注文を取りにきた。
グッドタイミング!
「何にしますか」という問いにカオル君は「コーヒーで」と注文をしていたので、わたしはやっぱりミルクティーを当たり前のように頼む。
注文を取り終え踵を返すウエイトレスさんを横目に、一回深呼吸をして心を宥め、わたしは頭を下げた。
「あの、わたしもごめんなさい。想像とだいぶ逆転しちゃったものだから、気が動転して少し急いでしまいました。
まあ、シクスクの中じゃ性別の選択は任意のものだから、それを鵜呑みにしていたわたしも悪いですし。
わたしは絶対に覆らないことをいつまでもグチグチ言うタイプじゃないので、割り切ります。
でも、カオル君も悪いんですよ。唐突に会おうって言ってそれきり連絡も取れないから。
もう少し話をしてカオル君を知っていたら、気軽にお話できたんですからね」
「それについても、重ね重ねごめん。詳しく話したらミナは会ってくれないと思ってさ。
僕は本当にミナという人に会いたかったから、多少強引でも会える可能性に賭けたかったっていうのが正直なところなんだよ。
ここで来なかったとしても、僕の運命だと思って諦めようと思っていたし」
「嘘ですね。カオル君、こうしたら絶対わたしが来ると思っていたでしょ?
伊達に半年くらいやり取りしてないのだから、こうなることは想定済みなはずです。
まあいいですよ。さっきも言ったとおり過去のことをグチグチ言うタイプじゃないので」
「ははは、ミナらしいね。だからこそ好きに……んんん! 会いたいと思ったんだ」
軽く喉を鳴らせて誤魔化していたけれど、何か聞き捨てならない言葉入っていたよね。
嫌な予感を助長する。
でも、カオル君が少し元気になったみたいだから、とりあえず流そう。
今度は柔らかめに話を振ってみようかな。
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