第23話 シクスク

 わたしにはマコちゃんと再会する前から、ハマっているものがある。


 ソーシャル・ネットワーキング・サービスだ。

 トーク型やコミュニティ型など様々なサービスが提供されているが、ハマっているのは誰もかれもと繋がるものではない。

 それは自分が通う学校限定のサービス。

 その名も『シークレット・イン・ザ・スクール』、略して『シクスク』である。


 シクスクは学校限定というだけあって、ログインパスワードが校長先生の名前。

 最初のパスワードを誰が設定しているのか知らないけれど、結果的に校長先生の認知度も上がって、やっている人は嫌でも名前を覚えてしまうだろう。

 更にクラスみんなで会話をしたい時は、画面上の学年や学級を選択し、担任の先生の名前を入れることで、部屋を作ることができる。

 でもわたしはそれをまだやったことはない。

 サイト上のログインカウンターから察するに、わたしの学校の生徒は半分くらいがやっているのだと思うのだけど、わたしがやっていることはみんなに内緒にしている。

 もちろん、まこちゃんや沙織にもね。


 シクスクのいいところは、何と言っても男女が交流できる部屋『ヘルシースペース』が用意されているところだ。

 この部屋に入ると男の子だけの呟きが続々と表示され、その趣味趣向と合いそうな呟きを選択すると、個別にチャットできる仕組みとなっている。


 ヘルシースペースというネーミングだけあって、卑猥な発言や暴力的言動は完全ブロックされ、連発すると暫くログインできなくなるというペナルティもある。

 だから、極めて健康的に会話ができるのだ。

 もちろん、名前は匿名なので、自分でバラさない限りバレはしない。


 名前は『ミナ』で登録。

 安易なネーミングだ。

 うちのクラスだけでもミナが付く子がわたしを含め三人もいるので、匿名性はキープできるであろうと考え付けてみた。

 重複防止機能があるため、登録できたのは奇跡的というかラッキーだった。

 まあ、学校限定だし、最長三年間で抹消されてしまうから、絶対無理というわけでもないのだけれど。


 そして、その部屋で出会ったのが『カオル』君という人。

 カオル君の最初の呟きは去年の冬で、『運命を信じる人、僕と運命について語り合おう』だった。

 普通の人なら何言ってんだコイツ状態なのだろうけど、マコちゃんを絶賛待ち焦がれ中だったわたしには、運命というものを信じずにはいられなかったわけで、すぐに食いついた。


 どんなことを話すのだろう、と戸惑いを隠しきれなかった初動だった。

 だけどカオル君は、

『入って来てくれてありがとう。硬く書いちゃったけど運命を議題に、ちょっと雑談したいなと思ってさ』

 なんて、あくまで軽く会話を楽しもうという感じが伝わってきたので、安堵の吐息を漏らしたものだ。


 会話としては、楽しいものばかり。

『運命を信じていればきっと叶うよね』とか『心の繋がりってどんなことでも乗り越えられる』とか、わたしが信じる運命というものを共感しながら、最近に起こったことにも『これは運命だった』とか『これは運命ではなかったんだ』とか言ったりして、雑談めいた会話で花を咲かせたりもした。


 まあ毎日していたわけじゃなくて、ちょうどお互いが入っていればチャット、入っていなければメールといった感じで、これまでカオル君との会話を楽しんできたんだ。


 別にこれは浮気心で始めたわけじゃないよ。

 マコちゃんを待つまでの間に、少しでも男の子の気持ちを理解したいというのもあったし。

 わたしは自分の心意を信じていたから、移り気なんかあるわけがないと思ってもいたし。


 そうこうして、カオルくんとは現在進行形で会話を楽しんでいる。

 そんな折、マコちゃん、つまり『運命の人』が結局女性だったことを打ち明けた。

 カオル君はそのことに対して『ミナの心がその子を運命として捉えるのなら、まず性別に囚われず心で対話してみたらいいんじゃないか』とアドバイスをくれたので、わたしは気持ちが楽になった。

 だから沙織の気持ちまで受け入れることができたのは、カオル君のお陰でもある。


 実は最近、珍しくカオル君がわたしに相談してきたんだ。

 内容はというと。


『僕の友達でトランスジェンダーの子がいて、みんなにカミングアウトすべきかどうか悩んでいるんだ。

 知っているかもしれないけど、トランスジェンダーっていうのは女の子だけど気持ちは男の子ってこと。

 僕は自分のことのように悩んでいてね。

 この前、『大好きな人が女の子だったっていう話』をしてくれたとき、ミナは「心で向き合ってみるよ」って言ってたよな。その向き合った結果、どう思ったのか聞きたいんだ。

 もちろん無理にとは言わないから、言いたくなければスルーして構わないから』


 カオル君がこんな相談をしてくるなんて今までなかったから、正直驚いた。

 親友が異性であるにも拘らず、そんな大事な秘密を打ち明けているのだから、本当に信頼されているんだろうなぁ。

 でもこの場合は気持ちが男の子なのだし、男同士の友情ってとこかしら。

 ここはわたしも真剣に考えなくちゃ。

 カオル君のためにも。


 そしてわたしは、次のような返信文を返した。


『カオル君がその人のことを大切に思う気持ち伝わってきたよ。わたしの事を信頼してくれていることもね。

 わたしが運命の人だと思っていた女の子は、男の子じゃなくてもわたしにとってすごく大切な人。

 この前、カオル君が言ってくれた性別に囚われず心で対話してみたらいいんじゃないかっていうのが、わたしにはとても大事なことだと思えたんだ。

 だから最初から偏見で見るんじゃなくて、その子の内面はどうなんだろうなって思いながら傍にいたの。

 そうしたら彼女は純粋に、わたしという存在を好きでいてくれていた。

 わたしだって彼女の事嫌いじゃないのだから、例えそれが同性愛として向けられたものでもちゃんと向き合わなくちゃってね。

 もちろん今まで話していたとおり、わたしは男の子が恋愛対象なのだけど、友達以上恋人未満の関係なら一緒にいてもいいかなって思う。

 もしかしたらそんな気持ちで一緒にいるのは、失礼なのかもしれない。だけど今のわたしには男の子で好きな人がいるわけじゃないし、彼女の気持ちも大切にしたいから。

 そしてこれはカオルくんに言ってなかったけど、また他の親友の女の子に告白されちゃったんだ。その女の子とは中学からの親友で、今までわたしの事が好きだなんてまったく気付かなかったんだけどね。

 そしてその子のことも親友として大好きだから、結局わたしは受け入れちゃった。なんか二股で罪悪感があるような、でもなんか違うような不思議な気分。

 ちょっと長くなっちゃったね。これが今まであったことに対するわたしの答えだよ。

 カオル君の親友の参考になるかはわからないけど、カミングアウトするならいい結果になるといいね。もし悪い結果だったとしても、わたしがついているから安心して。

運命がいい方向へ向かいますように』


 そうしたら数日後、意外な返信が返ってきた。

 これを見たわたしは「うわ~、どうしよう」って思わず叫んじゃったくらい。

 その内容とは。


『ミナ、真剣で誠実な返事をくれてありがとう。僕は凄く感動したよ。そして、僕の親友はミナの言葉を聞いてカミングアウトする決心がついた。

 いきなりで悪いんだけど、今度の日曜日に僕と会って欲しいんだ。今後の展開を知るうえでもそんな境遇のミナと直接会って話がしたい。

 僕としてはちょっと入るのに勇気がいるけど、ミナが好きだと言っていたリリウムで待っているから。目印はテーブルの上に青いハンカチを載せておく。時間は午前十時で。それじゃ、待っているよ』


 一方的な通告。

 勝手に待っているなんて言う人じゃないはずなのに、まるで別人が出したかと思うような返信だった。


 でも文面はカオル君だよなぁ。

 今度の日曜日の予定はないから、行けるっていえば行けるのだけど。

 最近の休日は、マコちゃんと沙織が「一緒にいたい」って言い出すから上手く撒かないと。


『本当にいきなりだなぁ』と考えつつも、期待と不安を胸に抱え会おうと決めた。


 何か後ろに視線を感じたような気もしたけど、振り向いても誰もいなかったので気のせいだと思ったのは、後の祭り。

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