第22話 お詫び

 それを訊いたマコちゃんは、わたしの両手を握り「湊様とお父様がお亡くなりにならなくて、大変嬉しく存じますぅ」と涙目。

 こんな拙い回想で、ここまで思い入れてくれるなんて。


 沙織がいつの間にかいないと思ったら、林檎を剥いて戻ってきた。

 器用にうさぎの形を作り、今にも飛び跳ねそう。

 毎度、こんな包丁さばきを見せられるとわたしも扱いたくなるんだけどねぇ。



「わたしのトラウマ話はこのくらいにして、やっぱりお詫びをしたいから何かない? 欲しいものとか。わたしのためにもね」


「そこまで仰るのなら……くっ、くちづけを所望いたします」


「くちづけ? う〜ん」



 そうきたか。……でもわたしも女。

 女の口に二言はない。



「ほっぺでいいでしょ?」



 コクンと頷いた。自分からキスをするのって初めてだな。

 まあ、キス自体が生まれてこのかた、マコちゃんが編入してきた一回きりだけど。


 もう既にマコちゃんは臨戦態勢に入り、瞳を閉じてじっと待っていた。

 わたしが男なら絵になるのにな。

 沙織はゴクリと生唾を飲みながら見守っている。

 そんなにマジマジと見られると緊張するなぁ。


 できるだけ無心を装い、マコちゃんの頬へ忍び寄るわたしの唇。

 こんな短い距離の中で走馬灯とはいかないまでも、これが男の子へのキスであったならと無心になりきれず、妄想を掻き立ててしまう。

 いや、ダメ、それでは余りにもマコちゃんに失礼すぎる。

 仮にもわたしのくちづけを期待してくれているのだから、誠意を持って当たらなくては。


 唇が頬へ触れたとき、柔らかい感触と甘い香りに『自分が男であったなら』と錯覚したけど、それを感じてしまったらおしまいだ。

 ただそこから離れた後に、頬をうっすらと紅く染めたそちら側の世界は、紛れもなく恋人から為された行為だという情景となっていたのだった。


 満足そうに放心している目の前のマコちゃん。

 すると横から物言いが入った。



「真琴さんだけずるいよ。わたしだって心配したんだから。わたしにもその権利ある」



 余程嬉しかったのか未だに放心しているマコちゃんから、物言いが入った沙織へと体ごと転向する。

 見るや既に、臨戦態勢を整えている沙織。



「しようがないな〜」



 わたしはもちろん、彼女が心配してくれたことも知っているし、優しく抱きしめてくれたことにも感謝しているので、拒む理由はない。

 彼女の気持ちも知っているのだし。


 先ほどと同じように、でも一度した行為だからか少なからず要領を得て、要求された頬へ唇を当てようとした。

 と同時に彼女がわたしの方へ向き直したため、既のところで唇が重なり合う結果となった。

 先ほどの頬もかなり柔らかい感触であったのだけど、唇同士の接触は筆舌に尽くし難い。



「沙織さん、それは狡獪なのではございませんか?」



 マコちゃんは感情を含ませ口にした。憤怒のそれに対し沙織も反論する。



「真琴さんは編入初日に湊ちゃんとキスしてたじゃない。わたしだってしたかったのだから公平だよ」


「公平ではございません。この度はわたしへの謝罪の意。それに対する付加価値は当然のことではございませんか。然すれば、わたくしにも唇へ心慰があって然るべきかと」


「いや、これからの展開を考えていくと、やっぱりキスの回数は公平じゃないとダメだよ。こんなことがある度に真琴さんと言い争いになっちゃうじゃない」



 わたしはただお詫びのつもりだったのに、加熱していく二人の言い争いが怪訝でならない。

 承諾したのがわたしだとはいえ、別に愛を込めたわけじゃないのだから。



「もう、そんなにキスがしたいのなら、二人ですればいいじゃない」



 そうだ。

 二人とも同じ趣向の持ち主なのだから、そっちは二人にお任せすればいい訳で。

 わたしを含め三人の親友だということであれば、丸く収まるんじゃないだろうか。

 そう思いを馳せていると、息を合わせ断言された。



「それはできない!」「それは致しかねます!」



 まあ息ぴったり。

 同じ表情で、わかってないと目が口ほどに物を言っていた。

 わたしはその威圧に尻込みしながらも、ここは抵抗せねば。

 空気に飲まれてはいけない。



「念を押しておくけど、わたしは男の子が好きなんだからね。

 二人と一緒にいるのは、親友だからだよ。わたしをその道に引き込もうとしたってダメ!」



 あからさまにショックを受けていた沙織に対し、マコちゃんは当然といった面持ちで言い切った。



「今は仕方無き事でございます。しかしながら人の心というのは変ずるもの。

 わたくしたちと悠久の時を過ごせば、先には必ずや良き事象が待っていることでしょう」



 得意満面に語るマコちゃんを見ていると、反論するのもバカバカしくなっていた。

 沙織は同意の旗を振るように、まるで同じ方向見据えている。

 わたしはそんな二人を見ながら『とりあえずお詫びは完了したな』と、胸の内で一人納得したのだった。

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