第18話 悲観
帰りの道。
辺りはすっかり夜景と化している。
収まらぬ怒りと侘しさが混在し、心なし闇を深くしているような気がした。
自宅までの道のりである歩道の上を、手を繋ぎながらトボトボと歩く。
車通りはあるものの人通りはなく、街灯が局所的に歩道を照らしている。
「ごめんね、マコちゃん。なんだか大事にして、勝手に仕事を辞める事まで決めちゃって」
「滅相もございません。湊様にあのようなご迷惑やご心配をお掛けしたこと、申し訳なく感じております。
ですが、湊様がわたしのことを『家族』とお呼びになった時は、至極嬉しゅうございました。
わたくしなんかのためにお怒りになって頂いた事も。職を失うこととはなり得ましたが、また新たに探せば良いだけのこと」
「嬉しいも何もわたしにとってマコちゃんは既に家族なんだから、当たり前のことを言ったんだよ。それにわたしのマコちゃんが、あんなセクハラを受けて怒らないわけないわ。
やっぱり訴えればよかったかと思っちゃうくらい。
でも、アルバイトはそんなに焦って探さなくてもいいんじゃない?」
「いえ、これから湊様のご自宅にお世話になると存じますのに、お納めするものがございませんので」
「そんなの全然気にしなくていいから。さっき言ったとおりマコちゃんは家族なんだから。
わたしが言うのもなんだけど、うちってそれなりに裕福な家庭だから、マコちゃん一人増えたところで苦しくなることなんてないから安心して。
お父さんやお母さんに話した時も、湊の親友なら大歓迎だよって言ってくれているし」
わたしの言葉にマコちゃんは、思慮をしている様子。
マコちゃんの自尊心を傷つけているのかもしれないけれど、わたしがそうしたいんだ。
「わたしね、大人は大人でやるべきこと、子供は子供でやるべきことがあると思っているの。勝手な言い分なのかもしれないけど、子供は育てて貰ってることに感謝しながら、できることをしっかり頑張ればいいんじゃないかって。
だから、今はそれに甘えてもいいんじゃないかなって思う。
ごめんね。これ、わたしの事情でわたしの価値観だね。
何が言いたいかっていうと、甘えられる相手と場所があるのなら、身を委ねてもいいんじゃないかな。全てをお世話になることが申し訳ないと感じるのかもしれない。それなら、うちのことを少しでも手伝ってくれたらお母さんたちも喜ぶと思うしね」
「わたくしなんかのために、ご心労を煩わせてしまい申し訳ございません。恐縮ではございますが湊様のご好意に甘させて頂きます。ご恩につきましては、追々とお返しさせて頂く所存です」
申し訳なさそうに口にするマコちゃんに、わたしは一喝を入れることにした。
「マコちゃん!」
「はい!?」
「わたしに気を使うのはもう止めて。マコちゃんはわたしの初恋の相手であり憧れの人なのだから、もっと堂々としてほしい。
わたしは自分を卑下するマコちゃんより、わたしに相応しくなると自信に満ちたマコちゃんの方がいいの」
「そう仰られましてもぉぉ……」
マコちゃんはわたしの言動に驚いたのか、立ち尽くし俯いて泣き出してしまった。
手を繋いでいるわたしも一緒に立ち止まる。
涙を見せるマコちゃんをわたしの胸に抱き、頭を撫でながらわたしは囁いた。
「きつく言ってごめん。
わたしね、マコちゃんがまた会いに来てくれたのすごく嬉しかったんだよ。だって、マコちゃんという存在はわたしの人生をあげてもいいと思えるくらいだったから。
でも、マコちゃんは女の子だし、正直言ってわたしは女の子に恋愛感情は抱けないのだけれど、マコちゃんのことは本当に大好き。お父さんやお母さんと同じくらい。もう、わたしの前からいなくなっちゃったら立ち直れなくなるほどね。
だから、ずっと一緒にいたいから、わたしには気を使って欲しくないのよ」
「うぅぅ、湊さまぁぁ、わたくしぃ、がんばりますぅぅぅ。わたくしもぉ、湊さまとずっと一緒に居たいですぅぅ」
そうして、車道から車のライトがわたしたちを断片的に照らす中、暫く夜の歩道に二人で立ち尽くしていた。
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