第16話 災い転じて
学校までの間、いや学校に入ってからも繋いでいると思われる三人の手。
おそらく周囲からは、異様な光景に見えるだろう。
だけどわたしはすでに恥ずかしさを凌駕していた。
もっとも、手を繋いで恥ずかしいと感じたのはマコちゃんと再会した日だけで、『わたしに好意を持って繋いでくれている手に何が恥ずかしいもんか』と思い直してから、それに対しての羞恥心がなくなっていた。
ただ、両手を繋いで歩くって無防備なものなんだなと感じた。
このまま転んだら二人とも巻き込むことになるんだよね。
あと、結構場所も取る。
狭いところでは縦に歩くことになるので、滑稽な感じ。
そうだ、これは言っておくよ。
両手に好意が通った人と手を繋ぐっていうのは、すごく幸せ。
なんていうかなぁ、優しさに包まれた贅沢っていうか、愛情に囲まれた至福っていうか、一回やってみたら判るよ。
なかなか試す機会はないと思うけど。
校門を抜けるとやはり生徒たちが左右に割れていった。
デジャヴ? フラッシュバック? 違うか。
体験したこともあるし、トラウマでもないね。
周囲からの興味津々な視線の中で、マコちゃんは威風堂々と手を振り、わたしは苦笑いをしながら挨拶を交わし、沙織は俯きわたしにくっついていて、文字通り三者三様。
わたしが誇らしかったのは「おはよう」との挨拶に混じって「あの子誰?」とか「あんな可愛い子うちにいた?」とかが聞こえてきたこと。
沙織は注目に緊張しすぎて、そんな言葉なんて耳に入っていないだろう。
そんな沙織をよそにわたしは喜んでいる。
沙織が羨望の眼差しを向けられるのなんて、これまでなかったことだから。
教室に入るまで、手を繋いでいたわたしたち。
そうそう、『両手を繋いでいるんだったらカバンはどこにいったの』って思うよね。
実はわたしはいつもリュックなの。
因みに沙織もお揃いのリュックだ。
沙織と離れ、自席に座る。
そして横の尊に「おはよう、尊」と一言。
尊は口を開けた阿呆な顔で、わたしたちが入ってきた時から見ていた。そ
れにいちいち説明してはいられない。
「お、おはよう湊、瀬野さん」と口にするなりわたしに物言いたげな顔を向けても、見ないふりをした。
後ろでは「おはようございます、尊さん」と何事もなかったかのように振る舞うマコちゃんに、安心感さえ覚えた。
朝礼が始まると、尾崎先生が唐突に切り出した。
「綾瀬、お前今朝、両手に花を侍らせて登校したらしいな」
「侍らせてなんていません」
先生の問いに、わたしはそう断じる。
「なあ、綾瀬。俺はダメとは言わん。だが、頼むから俺も混ぜてくれ。俺の気持ちはどうだっていいというのか?」
その問いにわたしはジト目で返したのだった。
朝からイベント目白押しだったけれど、その中で最高に良いことがあった。
それはお昼休みのこと。
「西條さんもお昼一緒に食べない?」
クラスメイトの暖かいお誘いだった。
去年からクラスのみんなは、沙織が極度の引っ込み思案であることを認識していたため、無理に誘うことはしなかった。
でも、今朝三人で手を繋いで登校していたのを見ていたみんなが、自分たちも仲良くなりたいと、積極的にきてくれた。
本当に良い人ばかりのクラスだ。
他のクラスもこうであって欲しいと切に願う。
沙織は初め、戸惑いを隠せない様子だった。
いきなり一緒に食べようと言われても、そこまでは変われないよ、とわたしに目で訴えていた。
でもマコちゃんが「湊様のお隣で席をお寄せになれば、大丈夫かと存じますが」と提案され、なんとか沙織は頷いた。
席はベンチシート状態になり、ご飯を食べようと腕を上げる度に沙織の肢体へと接触した。
だけど沙織と昼食を食べられるなら、まあ良しとしよう。
沙織は昔から料理が得意で、たまにお母さんが忙しい時とかには、わたしにお弁当を作ってくれていた。
わたしは事情があって、料理やお弁当を作ったことがないのだけれど、それは今度説明します。
なので、沙織のお弁当は大人気。
マコちゃんが一緒に食べるようになってから、みんなでシェアするようになり、珍しさも相まって沙織弁当へと一極集中状態に。
緊張のあまり沙織は、わたしのお尻の下に手を入れて心を落ち着かせているみたいで、仕方がないからわたしも我慢した。
途中から、それを見ていたマコちゃんまでお尻の下に手を入れてきて、むず痒さに顔が引き攣りながら『早くみんな席に戻ってよ〜』と強く念じていたのは、誰も気づいていないと思う。
昼休み中のガールズトークは、他愛もない話。
だけどわたし達にとっては穏やかな憩いの空間であり、最後の方では沙織にも笑みが見られたので、有意義な時間だったのは言うまでもない。
もっと早くこうなっていたらとわたしの力不足を悔やむばかりなのだけど、それは反省の一つとして心に置いておこう。
何にしても、これからは充実した昼休みを過ごせることは間違いないと、わたしは確信したのだった。
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