第15話 告白……からの

マコちゃんと再会してから、ちょうど十日が過ぎた。


 沙織と二人での登校だった早朝も、今や玄関先でマコちゃんが待っている情景へと変わっていた。

 確かに、ホテルと学校の間にわたしの家があるのだけれど、わたしの登校時刻に合わせてくるマコちゃんに申し訳なく感じる。

 玄関を出ると「おはようございます」と挨拶が発せられ、お決まりのように手を握ってくる。

 わたしも「おはよう」と返す。

 もういつもマコちゃんと手を繋いでいるものだから、手の感触を記憶してしまえるほどになっていた。


 そしてこちらは以前からと同じ光景。

 隣の家から見慣れた親友がやってきた。

 でもやってきたその親友は、いつもと違う風態。

 数日前に二人でその変貌を試みて、盛り上がったあの姿だった。



「おっ、おはよう、沙織。もしかして今日告白するの?」



 あまりの前触れない行為に、思わず訪ねたわたし。

 マコちゃんは横で、何を言っているのかわからないという顔で、視線を沙織とわたしへ交互に送っている。



「おはよう、湊ちゃん。瀬野さん」



 沙織は、何か確固たる決意を漲らせ、こちらに向かって来る。

 スタンスタンとはっきりした足音が、早朝の風景に響き渡って、建物や道に反響するほど。

 そしてわたしたちの元まで来ると、マコちゃんを一瞥し、わたしに向かって告白してきた。

 でもそれは、告白というより宣誓というか宣言というか、いつもの引っ込み思案がその気概により払拭されているかのようだった。



「湊ちゃん」


「は、はい?」


「わたし、湊ちゃんのことが好きです。わたしと付き合ってください」


「…………」



 沙織にそう告げられたわたしは、思考回路停止状態。

 その脳を叩き起こし、早く働けと捲し立てる。

 当然、わたしの脳はというと、纏まり持った答えを導き出すことはできなくて。


 朝から何を言っているの?

 それは好きな彼に告白するためだったんじゃ?

 好きな人ってわたしだったの?

 じゃあ、わたし好みの沙織を作るために、手伝っていたってこと?


 疑問に疑問を重ねて、頭の中を整理しようとフル回転。

 頑張って、わたしの脳!



「さっ、沙織? 付き合ってって練習じゃないよね?」



 失礼ながらも、そう問いかけてしまったわたしに対し、沙織は何も答えずじっと佇む。

 そしてその問いに答えたのは、隣にいたマコちゃんだった。



「湊様、沙織さんは本気でございます。どうか、湊様も誠意をお持ちになってご返答をなさってください」


「いや、本気って言われてもわたしと沙織は女の子同士だし親友だし……そりゃ、沙織のことは好きだけど、それはマコちゃんと同じというか」



 ドギマギとしているわたしに、マコちゃんはいいように結論付けてきた。

 それは沙織のためというよりも、自分のためなような気もしたのだけど。



「それでは、沙織さんもわたくしと同じように湊様にとって想い人であると」



 思考も定まらないまま、隣から横槍のごとく主張してくるマコちゃんを尻目に、沙織に問いかけた。



「でも、なんで急に? この間、わたしが沙織を変えようと話を持ちかけた時、珍しく乗り気だったし」



 考えてみれば、引っ込み思案すぎる沙織がいきなり男の子に告白するということに、乗り気であったのもおかしなことだった。

 でもそれは沙織の意欲にかき消されちゃっていたんだ。

 そして沙織は少しの逡巡の素振りを見せ話しだした。



「わたし、湊ちゃんの傍にいられるだけで幸せだと思っていたの。だけど瀬野さんは……湊ちゃんが男の子だと思っていた瀬野さんは、女の子だったでしょ。

 そして、その瀬野さんを湊ちゃんは受け入れていた。

 そうしたら、わたしにもチャンスがあるんじゃないかって」


「いや、受け入れたって。そりゃ男の子じゃなかったとしても、マコちゃんはわたしの大切な人であることには変わりないんだけど」



 そこでまたしても横から入ってくるマコちゃん。

 この場でマコちゃんが入ってくると、わたしの中でややこしくなるんだけどなぁ。



「そう、湊様にはわたくしのこの敬愛を博愛をもって受け入れて戴きました。

 わたくしの生きる支えである湊様は、もはや恋人以上の存在なのでございます」


「マコちゃん、ちょっとややこしくなるから見守るだけにして欲しいのだけど」



 わたしの制止に対して「差し出がましい申し出を致してしまい、誠に申し訳ございません」と、シュンとなるマコちゃん。

 も〜、なんだかな。



「それじゃ、湊ちゃんはわたしのことは好きじゃないの?」



 困ったように上目遣いで問う沙織。

 この場でなんて可愛い顔をするのよ。



「いやいや、好きじゃないわけないでしょ、大好きに決まってるじゃない」



 困り顔から一転、僥倖だとでも言いたげな至福の笑顔になった。

 それは告白に成功した、と感じさせるような屈託のない笑顔。

 そして今度はマコちゃんの方へ向き、ライバル視へと変えていく。



「瀬野さん。ということでわたしは瀬野さんのライバル、恋敵です。わたしは負けません」



『こんなにも他人に堂々と発言するなんて、沙織、成長したな』って思いたいところなんだけど、内容が内容だけに看過できない。



「ちょっと、沙織? 恋敵って」



 わたしが言いかけた言葉に被せるように、横から見守るだけにしてくれていたはずの、出てこないはずの発言が、またもやわたしの混乱を誘うように入ってくる。



「沙織さん。あなたのそのお考えは思い違えていらっしゃいます。わたくしが先ほど申しましたとおり、湊様は博愛のあるお方。決して一個人に対してのみの愛情には止まらないのです。

 一般的に恋人とは単一個人に向けられた男女の慕情。

 わたくしたちの心緒とは似て非なるものなのでございます。故に決して湊様のお心をお縛りしてはなりません。

 あなただってそのことはお気付きのはずかと存じますが?」



『マコちゃん、あなたにとってのわたしはどんな存在なの?』って問いたくなってくる。

 そんなわたしの思いとは余所にマコちゃんは更に続けた。



「湊様の器は至大でございます。お縛りをしなくとも、わたくしたちを見捨てるようなことはございません。

 沙織さんの仰る恋敵としてでは無く、湊様を慕う朋輩として湊様の傍に寄り添っていこうではございませんか。

 幸い、今ならそちら側に空席がございますので」



 マコちゃんは自身が繋ぐ手の反対側を見やった。

 その視線に吊られ沙織もそちら側を見る。



「はい、瀬野さんの言うとおりです。湊ちゃんがわたしのことを好きでいてくれるのなら、他の人のことを好きだっていいです。

 瀬野さんが仲間だと思ったら、これほど心強いことはないです」



 沙織はマコちゃんに促された先に足を運び、嬉しそうにわたしの手を握る。

 わたしが中心のはずなのに、蚊帳の外から傍観しているかのよう。

 そしてわたしの手を握った沙織は、長年の夢が叶ったかのように感慨に耽っていた。



「沙織さん、朋輩なのですから、わたくしのことは真琴と名前でお呼びになって頂ければ、よろしいかと存じますが」


「はい、真琴さん」



 どんどん結託していく二人にわたしは、「あの、もうそろそろ学校へ行きませんか?」と、口にすることしかできなかった。

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