第12話 マコちゃんの事情【前編】

  そして教室には、わたしとマコちゃんと沙織の三人。

 すると沙織は前の席で残ってしまった自分に気がつき、腰を少し上げる。

 それを見たマコちゃんは、沙織に向かって話しかけた。



「沙織さん、あなたにはここに居て頂きたいのですが。湊様のご親友なのですから、わたくしのことをお話ししておきたいですし。勿論、そのお席にお座りになったままで結構なのですけれど」


「そうだね、沙織には訊いていて欲しいな」



 マコちゃんとわたしの言葉に同意をしたのか、沙織は浮かせた腰を下ろした。

 どんな顔をしているのかはわからないが、あわわな顔をしていることだろう。


 わたしは時間もないことだし、質問を思いついた先から切り出していくことにした。

 自分の椅子をマコちゃんの方へと向け、個人面談のように向かい合う。



「マコちゃん、じゃあわたしからいろいろ訊いていい?」


「はい、なんなりと」


「わたし、マコちゃんのこと昨日まで何にも知らなかったって思い知らされたんだけど、マコちゃんは外国の人なんだよね?」


「左様でございます。国名につきましては申し上げることが憚られるのですが、父が祖国の者となり、母がこのお国の者でございます。ですから、瀬野は、母方の名前となっております」



 そうだよね、最初の質問としては愚問だったか。

 でも、二世なんだ。



「わたしね、恥かしい話、マコちゃんのこと男の子だと思ってたんだ。失礼なこと言っちゃってごめんね。でも、僕って言ってたし凛々しい姿に憧れてたから、勝手に男の子だって決めつけちゃっていたの。

 だから、昨日再会した時はほんとビックリしちゃった。しかも、すごく綺麗な女の子だったしね」


「お気になさらなくても問題ございません。実際わたくしは、男児の姿にて行動しておりましたので。お気を煩わせてしまいましたでしょうか」


「あ、いや、大丈夫だよ。でも、どうしてマコちゃんはわたしが女の子なのに相応しくなって戻ってくるって言ったの?」


「あの時のわたくしは自暴自棄となってございまして、自らの行く道を見失っておりました。ですが、湊様と邂逅したことにより光明が差したと申しますか」


「光明? わたし、マコちゃんに光明が差す行為したのかなぁ」


「はい、わたくしにはしっかりと目指すべき道、還るべき場所が見えたのでございます」



 う〜ん。どの辺りに光明が差したんだろう。

 まあ確かにわたしもマコちゃんに相応しい女性となるようにと頑張ってきたのだから、それが光明が差したとも言えるのか。



「でも、今のわたしはマコちゃんの目指すべき道となっているかわからないよ。がっかりさせちゃってないかな」


「湊様はわたくしと再会したことにより、がっかりしてしまわれているのでしょうか?」


「ビックリはしたけど、がっかりはしてないかな。うん、たぶんしてない」



 これは嘘かもしれない。

 だってマコちゃんは本当に、結婚相手くらいに考えていたのだから。

 そのことにわたしは自分を擁護しつつ、また自責の念も否めずにいた。



「わたくしはがっかりなど致してはおりません。湊様はやはり湊様。些かの迷いも不安も生じ得ません」



 発せられた言葉と同時に、わたしを見据えるその眼差しは幾分の曇りもない。

 更にマコちゃんは続けた。



「ですが湊様は、わたくしが男児であることをお信じになってこれまで来られたとのことであれば、さぞ驚嘆なされたことでしょう。

 がっかりなさっていても無理はございませんが」



 肩を竦め、眉を顰めるマコちゃん。



「マコちゃんが悪いわけじゃないよ。あの時、わたしも確認しなかったのだし。

 それにわたしもあの約束を胸に自分を磨こうと頑張ってきたのだから、結果的に今の自分があるのはマコちゃんのお陰だし。

 まあ、わたしも頑張ってきたつもりでいたけど、女性としてはマコちゃんに遠く及ばないけどね」



 そうなのよ。

 あれから同じスタートラインで女を磨きはじめたというのに、こんなに差がつくなんて、思い上がっていた自分が恥ずかしい。

 だって目の前の女の子はわたしの理想に程近いのだから。

 それをよそにマコちゃんは、机の上に出していたわたしの右手を握り、すかさず言い放つ。



「湊様がわたくしのために、ご自身をお磨きになられていたなんて、感激の極みでございます。

 わたくしのこの振る舞いは、祖国での立場あってのこと。わたくし自身、あの誓約のとおり湊様にお相応しい人品となり得ているかは、些か疑問を禁じ得ないのですが、思慕に耐える術を持たず参りました。

 そのような不遜なわたくしを、温厚に受け入れて頂ける湊様は、女性としても崇高いたします」



 なんかちょっと、わたしに対する気持ちが強すぎるのを感じるわ。

 わたしはそんな大層な人物じゃないのに。

 でも、これ以上持ち上げられるとこそばゆいから、わたしは無理矢理顔に綻びを作り雰囲気を変えようとした。



「あはは、ありがと。わたしは自分自身まだまだだと思うのだけど、マコちゃんが素晴らしい女性になっていることはよくわかるよ。あの男の子の姿から今のマコちゃんになるのに、きっとすごい頑張ってきたんだよね。

 わたしとの約束を守るためにも頑張ってきたんだと思うから、ありがとね。

 わたしも本当に会いたくて待ってたんだから」


「勿体無いお言葉ですぅぅ」



 マコちゃんは堰を切ったように、瞳から煌めく雫を落とした。

 余程涙腺に触れたのか勢いよくポロポロと。


 涙の真意を計ることはできないけれど、涙の重みは感じる。

 泣き続けるマコちゃんに、握られていない方の手をそっと頭の上に乗せ『よしよし』と撫でる。

 十年の時というのは、こんなにも人を変えるものなんだなぁ。


 男ではなくても、こんなにも可愛らしいのだから、これはこれでいいよね。

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