第8話 沙織の決意【前編】

 校門を出ると、学校の外周壁の外側と電柱の間に、人一人隠れることができるスペースがあり、そこは沙織の定位置というか特等席なんだ。

 完全にデッドスペースで、一見、人がいることがわからない場所なの。

 だけど、沙織の胸だけが飛び出ているので、わたしには沙織がいるかいないかがすぐにわかる。

 そんなところを注意して見る人はまずいないだろうから、誰も気づかないんだよね。

 今日もいつもどおり出てるものが見えるから、待っているわ。



「沙織、お待たせ」



 わたしは『待ちぼうけ』という顔をしていた、沙織に声をかけた。

 沙織、なんか不満そうな顔しているな。

 今のところ、沙織が機嫌を損ねる要素なんて、なかったと思うんだけど……



「湊ちゃん、マコちゃんて女の子なんじゃない。なんで今まで男だなんて言ってたの?」



 不機嫌な理由はそこなのか。



「わたしだって驚いたんだよ。別に騙していたわけじゃないよ。って言うか、マコちゃんが女の子だったことで、どうして沙織が、そこまで不満そうな顔しているのよ」


「だって、女の子の中ではわたしが湊ちゃんの一番の親友だと思っていたのに、愛するマコちゃんが女の子だなんて、一番の座を奪われたようなものじゃない。不満に決まっているでしょ」


「親友に一番も二番もないと思うんだけど。それにマコちゃんは親友というよりも、もっと違った存在よ。

 どんな存在かは、わたしにもわからなくなっちゃったんだけどさ。

 まあ、マコちゃんのことはまた明日から考えましょ。本人は帰っちゃったんだし。

 それよりも、大親友としてわたしは沙織を変えることにしたんだからね」



 朝、尊と話していた沙織を変える計画。

 マコちゃんのこと考えると堂々巡りになっちゃうから、ここは沙織のことに集中しよう。

 幸い学校が半日だっだから、たっぷり時間もあるし、習い事まではやることもないしね。



「わたしを変える? どういうこと?」


「そのことはお昼食べながら話しましょ。リリウムにでも寄ってね」



 リリウムという単語で、沙織の顔はみるみる元気になっていく。

 一緒にご飯を食べに行くなんて、久しぶりだからなんだろうけど。

「湊ちゃんとお昼、湊ちゃんとお昼」と連呼している沙織を見て、『そこまで嬉しかったのか』と喜びように感心する一方、沙織の機嫌が治って安堵の吐息が漏れる。


 それにしても親友かぁ。

 マコちゃんは女の子だったのだから、沙織の言うとおり親友になるのかなぁ。

 マコちゃんの様子が、親友と言うより恋人的な接し方だった気がするのは気のせいかしら。


 学校からそう遠くない距離に、バーガーショップ『リリウム』がある。

 この店って店長さんと店員さんが全員女性で、店の雰囲気が明るく可愛いんだ。

 あちこちにお花が飾ってあって、テーブルや椅子は西洋のアンティーク調。

 それがまた女心を擽る気品さがあるんだよね。

 だから店内は女性客ばかり。たまには男性も見かけるのだけど、それはここのハンバーガーが絶品だからで、恥ずかしさを乗り越えた勇者がやって来てるんじゃないかな。

 食器のセンスも抜群で、ハンバーガーなのに可愛く盛り付けられていて、より美味しそうに見える。

 わかっているのよね〜。



「ほんと、久しぶりだよね。なに食べようかな」


「新作の『サラブレットな牛さん盛り盛りバーガー』っていうのが美味しいらしいよ」


「沙織、そんなのばっかり食べてるから、出るとこ出ちゃうんだよ」


「もう、湊ちゃん意地悪ぅ」



 いつものように会話を楽しんでいると、ほどなくして到着。

 店に入ると「いらっしゃいませ〜」と、元気のいいウェイトレスさんが出迎えてくれた。

 相変わらず混んでいる店だなー。

 お昼だから尚更か。

 ちょうど二人掛けの対面席が空いていたので、誘導してくれる。


 わたしが優柔不断でなかなか決められないでいると、沙織が「湊ちゃんも一緒に新しいの食べようよー」と懇願してきたので、わたしも『サラブレットな牛さん盛り盛りバーガー』を頼むことにした。

 お飲み物は二人ともミルクティー。

 昔から沙織とどこかに食べに行くと必ず一緒に頼むのがミルクティーなんだ。

「お飲み物は?」と聞かれると「ミルクティー二つ」と自然に出てしまうほど。

 いつからかは忘れたけど、わたしは小さい頃から大好きで、沙織はわたしに影響されたっていう感じ。

 そして沙織のバストの成長に、これも一役買っているのかもね。

 わたしの胸にも、もう少し買って欲しいのだけれど。



「ところで湊ちゃん。わたしを変えるってどういうこと?」



 注文を頼み終わってから、唐突に沙織が切り出してきた。

 食べることに夢中だと思いきや、ちゃんと覚えていたのね。



「実はね、沙織も高校二年生なったんだし、もう少し人馴れをした方がいいんじゃないかと思ってさ」


「そんなの必要ないよ。わたしはこれで十分満足しているんだから」



 学校ではいつも一人きりで、チラチラこちらを見る生活の、どこに満足する要素があるのだろう。

 その辺りの沙織の考えは読めないけど、構わず続けることにした。



「わたしね、親友として沙織が大事だから、もう少し社交的になって欲しいと思ってるの。さすがに死ぬまで一緒にいるなんてできないでしょ。

 だから、わたしも協力するから頑張ってみようよ」



 沙織はすごく寂しそうな瞳で、こちらを見つめていた。

 自分が満足しているのに、親友から「変わった方がいい」なんて言われたら、当然といえば当然か。


 何かを考えている様子で目線を下方にやり、肩を竦めている沙織。

 ちょっと性急すぎたかな。


 少しの戸惑った様子を見せながら、上目遣いで沙織は呟いた。



「わたしが変わると湊ちゃんはその、嬉しいの?」


「当たり前じゃない。学校でも一緒に会話ができるんだよ。お昼だって一緒に食べられるんだし」



 昼食なんかは、特に沙織の方が『一緒に食べたい』って思っているはずなのに、今は一人で黙々と食べている状態。

 わたしはその状況がとても辛い。

 でも沙織は周りに人がいると、食事も喉を通らなくなるということで、結局一人ぼっちになっちゃっている。

 最初の頃は、「そうしたら二人で食べよう」と試みたこともあった。でも「わたしもわたしも」と周りの友達が寄ってきて、その子たちとは一緒に食べれませんって言うわけにもいかないし。

 だから、どこかで変えなくちゃとは、ずっと思っていたんだ。



「湊ちゃんがそう言うなら、頑張ってみようかな」



 そう口にした沙織のはにかみが、とても可愛い。

 わたしが男の子だったら、絶対これで一目惚れだな。



「うん、一緒にがんばろ!」



 そう言って沙織の手を強く握る。

 沙織は照れ臭そうに、頰を微かに染めていた。

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