第7話 あっけない帰宅

「それでは、諸君。十分後に始業式が始まるから体育館へ向かえ」



 尾崎先生が男らしく、みんなに号令をかけた。


 そうだ、まず始業式に参加しなければ。

 よし、体育館に行こっと。


 そして腰を上げると、右手に暖かい感触が添えられた。



「湊様、一緒に体育館へ参りましょう。どうか無知なわたくしを案内してくださいませ」



 わたしの右手がマコちゃんの左手に、腕を絡まれながらギュッと握られた。

 さながら付き合いたての恋人同士のよう。

 ビックリしたわたしは、重なった手を確認した。

 ここは学校の中なのだから、手を繋ぐことにとても違和感を感じてしまい、解いたほうがいいのかと自問してしまう。

 だけど、相手はマコちゃんだよ。

 マコちゃんだって「会いたかった」って言ってくれていたんだから、絶対邪険にしていい訳がないでしょ。

 だからここは繋いでいるしかない。


 体育館までの長い長い道のり。

 今まで体育館までの道のりを、こんなに意識したことはなかったから、『体育館てこんなに遠かったんだ』と思い知った。

 だって、わたしの周りの人全員が、わたしとマコちゃんとそれを繋ぐ手に釘付けなんだもの。

 マコちゃん目立つし。


 体育館に入ると、生徒達がクラス縦二列に並んでいった。

 うまく? マコちゃんとは隣同士になり、手は繋がったまま。


 尾崎先生が前方でこちらを見て、「そこ、手を繋がない!」と、大喝声が発せられ慌てて手を離す。

 周りではクスクスと笑い声が聞こえ、恥ずかしくて耳まで真っ赤になるのがわかる。

 でもマコちゃんは恥ずかしがるどころか、『チェッ』という顔が滲み出ちゃっていた。


 式が始まり、壇上に上がった校長先生はお決まりの文句を並べている限りで、あちこちで欠伸がこだましていた。そして校長先生の挨拶が終わり、教室に戻ることになった。

 案の定、マコちゃんは帰りも手つなぎデートを要求してきたので、受け入れた。行きよりも帰りの方の距離が近い気がするのは気のせいかしら。

 このちょっとの時間だけで、人間て慣れるものなんだね。


 教室に戻るとすぐに授業が始まり、勉強に集中することでわたしは日常風景をなんとか取り戻した。

 勉強は好きだから、精神安定剤になるんだ。


 そして安定していくうちに、手つなぎデートのことはあっちに追いやれて、マコちゃんのことを冷静に考えることができるようになった。

 今日は始業式の日だから、授業は午前中の二教科だけ。

 話ができるタイミングはいつなんだろうと、本日のスケジュール帳を頭の中で開き、いきなり飛び込んできた最重要案件をどこに入れようかと思案した。

 スケジュール帳が習い事などで埋まっていても、マコちゃんが優先であるのは間違いないのだけど。

 ゆっくり話をするなら、学校が終わってお昼を食べながらが丁度いいかな。


 勉強とスケジュール管理により頭をフル回転で使っていると、休み時間となり、さっそく話しかけるタイミングが訪れた。

 まず始めは何を訊いてみようかと、わたしは時間を無駄にしないよう即座に後ろを向く。

 するとマコちゃんは「湊様、お花を摘に……」と、なぜかモジモジ。

 わたしが不思議な顔で小首を傾げ見つめていたら、「も、漏れそうでございます」って、おトイレに行きたいんじゃない。

 急いで手を引っ張って、女子トイレに連れて行ったわ。


 手を繋ぐって、いろんなパターンがあるのね。

 おトイレに行くことを『お花を摘に行く』って言い方もあるみたいだけど、どこで覚えんたんだろうそんな言葉。

 結局、休み時間はお花摘タイムになったので、会話はできなかった。


 二時限目が終了、すぐ後の終礼も終わり、『よし、今度こそ』と再び振り返ると「申し訳ありませんが、急用がございますので、お先に失礼させて頂きます」と残念そうな顔で、微かな笑みを浮かべたまま、そそくさとマコちゃんは下校してしまった。


 何だろう、あんなに喜んで、恥ずかしげもなく寄り添ってきたというのに、あっさり帰っちゃうなんて。

 どこか逃げるように帰ったのが気になるのだけど、それを訊きたい相手が、既にわたしの目の前にはいない。



「湊、今日は凄いことになってたな」



 不意に横から声がかかった。

 尊だけどね。



「うん。まだ半日しか経ってないのに、どっと疲れたわ」


「あの子がお前の言っていた『マコちゃん』なのか?」


「そうみたい。小さい頃は完全に男の子だと思っていたのだけれど、違ったみたいなのよね」


「その割には意外と冷静だな。散々訊かされていたから、もっと取り乱すと思ったが」


「そうなのよ。わたしも思いのほか心が穏やかなのがびっくり。

 たぶん混乱のあまりどうしていいかわからないんだと思う。いろいろ訊きたいこともあったんだけど、すぐ帰っちゃったし。

 連絡先もわからないしね」


「なるほどな。ということは、明日に持ち越しということだな。それじゃ、俺は先に帰るわ」

「じゃ、またね」



 そして、右手を上げ軽く振りながら、尊を見送った。

 さて、わたしも帰るかな。


 前方では、チラチラとこちらを伺う沙織が見える。

 わたしは家での習い事が多いから、部活には入っていない。

 だから、いつも学校が終わるとそのまま帰るんだ。

 いわゆる帰宅部ってやつ。

 たまに、友達が相談事や雑談に来ることもあるんだけど、さすがに始業式はないか。


 そして沙織は、わたしが帰るのを確認次第、どこからか付いてきて校門の外で一緒になるっていうのがいつもの流れ。


 わたしは立ち上がると、いつものように周りのみんなに向かって「わたしも帰るね。みんなまた明日。バイバイ」と挨拶をすると、周りのみんなもいつものように「また明日ね」「バイバイ」と返してくれる。

 友達っていいよね。

 校門までの間も、「綾瀬さん、さようなら」と声をかけてくれるのは、いつもと変わらない。

 わたしもそれに応えるように手を振って、「さようなら」と微笑みを入れる。

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