第6話 突然の再会からの……

 尾崎先生は、廊下側へ向かいドアを開けた。


 わたしは『今までのやり取りの間、編入生を待たしていたのかい』と心で軽いツッコミを入れながら、編入生が入ってくるのを待った。


『ガラガラッ』とドアが開かれ登場したのは、傍らで妖精が舞うのを想像させるような、可憐で清楚なお嬢様って感じの女の子だった。


 銀色の髪、藍色の瞳。

 頭の後ろで髪を大きなリボンで束ね、銀の艶やかな髪の先端が、腰元でサラサラと揺れている。

 肌が白く艶やかで、後ろの席にいるわたしのところでもわかるくらいに美しい。

 顔立ちはどちらかというとこちらの国の人という感じなんだけど、西洋人形に見えるくらい常軌を逸していた。

 大きな瞳にまつげが長く、ピンク色の唇が愛らしい。


 だけど、外国からきて、マコちゃんと同じ髪、同じ瞳。う〜ん。


 尾崎先生と編入生が教壇に上がると、紹介が始まった。



「海外から帰ってきて不慣れな点もあると思うから、みんなしっかりサポート頼むぞ。それじゃ、簡単な自己紹介をしてくれ」


「みなさん、お初にお目にかかります。瀬野 真琴と申します。

 先ほど尾崎先生も仰っていましたとおり、海外からの帰国により不慣れな点も多いものですから、ご迷惑をお掛けすることもあるかと存じます。

 不束なわたくしではございますが、宜しくお願い致します」



 その挨拶の後、ニコッと笑みを溢すとクラス中が静まり返った。

 あまりにも離れた世界観に、みんなは一瞬戸惑ったのだと思う。だけど、ワンテンポ置いてから、ワーっと盛り上がった。

 そりゃあ、こんな子が来たら当然の反応ね。

 それよりも、瀬野 真琴って言わなかった?

 セノ マコト、『マコちゃん』と同じ名前。


『マコちゃん』も海外に行っているのだから、女の子になって帰ってきたの?

 いやいや、「相応しくなる」って言ってくれたのだから、性転換なんてするはずがない。

 でも同じ銀色の髪。

 確かに男の子だったはず。

 僕って言っていた。

 藍色の瞳。

 カッコいい少年だった。

 そしたらやっぱり別人? 

 でもやっぱり、そんな偶然あるわけ。


 そんな思いを巡らせていても、時は無情に過ぎていき、尾崎先生が問答無用と進行していく。



「ちょうど絢瀬の後ろが空いているな。まあ空けておいたんだがな。そちらを向けば一気に綾瀬と瀬野が視界に入ってくるなんて、贅沢極まりない」



 とか言って瀬野さんを「あそこに座れ」と席に案内している。


 そして瀬野さんはこっちに近づいてくるのだけど、ずっとわたしの方を見ている気がする。

『やっぱりマコちゃんなのかなぁ』って、ぼーっと瀬野さんを見ていると、わたしの側まで来た瀬野さんが躓いた? と思わせる、なんか不自然な形でわたしにもたれかかってきた。

 いつものわたしなら受け止められるのに、放心状態のわたしは瀬野さんに反応できない。


 気がつけば……

 わたしと瀬野さんの唇が合わさって……


 何が起きているのかわからなかったわたしの目の前に、瀬野さんの顔が。


 …………近い。


 わたしの表情は一転驚きに変わり、大きく目を剥いた。

 クラスは一斉に「おー」という驚きとも関心とも取れる、唸り声が合唱される。

 そして、瀬野さんは、顔が離れる際に、吐息を溢すような声を口にした。



「お会いしとうございました。そして、愛しております、ミナト様」



 やっぱり、やっぱりそうだったんだ。

 瀬野さんが『マコちゃん』なんだ。



「マコちゃん?」



 わたしには、その言葉しか出てこなかった。

 いっぱい、いっぱい色々な疑問はあったのに、もう今はその言葉しかなかった。



「そうでございます。湊様」



 マコちゃんは渾身の笑顔で、わたしを抱きしめてきた。

 薄っすらと瞳に涙を浮かべて。


 本当にマコちゃんなの?

 抱きしめてくる力が全然強くない。

 凄く、か弱い女の子っていう感じ。

 出会った時に合気道で稽古した時の方が、力強かったんじゃないかって思えるほど。


 でも、ギュッとする手に、懐かしさ似た優しさが伝わってくる。

 本当に会いたかったっていう、想いが伝わるほどの優しさが。

 甘い香りの中にも懐かしい香り。

 ああ、本当にマコちゃんなんだね、おかえり。

 そう思ってしまう自分がそこにいた。



「瀬野、感動の再会みたいで申し訳ないが、後にしてくれないか。俺はそういうのも大好物だから見ていたいところだが、この後のこともあるのでな」


「あ、ごめんなさい」


「取り乱してしまいまして、申し訳ございませんでした」



 尾崎先生にそう制され、マコちゃんは優雅に謝罪し、わたしの後ろの席に座った。


 未だ脳が遅疑逡巡をしていて、鼓動がいつもより早い速度で脈打っていた。

 とりあえず気を紛らわそうと沙織を見たら、なぜか沙織はどんより空気を纏っていて、肩を竦めている。

 横から視線を感じ尊の方を見てみると、尊はポカンと口を開け固まっている。

 マコちゃんはというと、後ろなんか見れないよ。


 クラスのみんな、わたくしごとでお騒がせしてすみません。

 よりにもよって始業初日に。


 はぁ、瀬野さんは、あのマコちゃんなんだ。

 わたしの初恋よ、さようなら。

 理想彼氏、将来の結婚相手という待ち人は来ず。

 わたしのこれまでの努力っていったい。

 これからどうしたらいいんだろう。

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