第十話「捕食者」

経験が身体を動かしてくれる。知識が、何をすればいいのか教えてくれる。


椿は柔らかい肉を、ゆっくりと咀嚼して飲み込んだ。嫌悪感は無い。味も良くわからない。それでも、もっと欲しくなった。足りない、全然足りない。


今、自分の胸から丁度いいものが生えている。両手で掴めないのがもどかしいけど、食べるだけなら片腕だけで十分だ。ほら、こうやって掴んで自分の口元まで待ち上げて……いただきます。甲高い声がうるさい。どこから聞こえてくるんだろう、なんだ目の前にあるじゃない。黙らせたいけど、手が届かない。まずは胸から生えているこれを、どうにかしないと。


「食ってるのか……」


アルパードは自身の言葉を疑った。白い畜人が息を吹き返し、妖人を食べている。現実に繰り広げられている筈なのに、自身の常識がそれを受け付けようとしてくれない。何より信じられないのは、両者の生命力だった。片方は心臓を貫かれ右腕も引き千切られている。もう片方は、首筋を噛み千切られて左腕を食われた。なのに、お互いがお互いを睨みつけている。まるで、獲物を見るような目で。


「そんな、馬鹿なことってあるか……」


アルパードの言葉を合図に両者が跳ねた。妖人は前へ、畜人は後ろへ。距離は縮まらなかったが、妖人は更に腕を伸ばした。流石にかわしきれなかったのか畜人は左腕を掴まれた。その瞬間、爆発音と共に畜人の左腕が爆ぜた。


「妖人の魔力は人間とは桁が違うと聞いていたが、ここまで差があるなんて」


だが、アルパードは不幸なことに、ただ妖人にだけ驚愕する事は出来なかった。両腕を失った畜人は、動きを止めるどころか歓喜、と見える表情で前へ出たからだった。そのまま口を大きく開けて再び妖人の首筋へ噛み付いた。頑丈につなぎ合わせた繊維を無理矢理切ろうとすればこんな音が出るんだろうな、とアルパードは頭の中が醒めていくのがわかり、生涯自分はこの音を忘れる事が出来ないだろうと思った。直後、アルパードの意識が暗転するのと同時に、妖人の頭が地面へと転げ落ちた。


知識が、何をすればいいのか教えてくれた。


椿はその場で這い蹲り、妖人の頭を齧った。疲労が取れて体力が回復していくのがわかった。この小さな口にどれだけの咬合力があるんだろうか。いとも簡単に頭蓋骨を噛み砕く事が出来た。腕が無いのが不便だな、と思ったが特に不安は無い。どこかで貰ってくればいいから。そう知識が教えてくれた。


さて、どこに行こうか。どこに行けばいいのか。


虚ろな目で、椿はその場から歩き出した。

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お姉ちゃんは妹のために家畜に転生しちゃいました 羊の缶詰 @miyamotosato

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