過去との決別

 二時間後


「どう? 死にたくなった?」

 2つ目の檻以外で最後の一人になった村長に尋ねると彼は『もうやめてくれ、このことは絶対に言わないだから殺さないでくれ』と未だ折れずに命乞いをしてくる……。

「死にたいって言いなよ」

 そういって首を切り落とすと同時に回復魔導を唱えて治癒する。

「次は指を一本ずつ切り落としていこうか」

 そういうと遂に村長は泣きながら『殺してくれ』と頼み込んできたので俺はそれに応じて村長の首を切り落とす。


「お疲れ様、もう幻惑魔導を解除して良いよ」

 手を放して隣に居るマーニさんに話しかける。

「まったく、たちが悪いですね……。でもまさか私の幻惑魔導がここまで強力なものになるなんて……」

 そういって手を繋いでいた右手を見つめて不思議そうにしている。

「まぁ、元とはいえ勇者だからね、仲間の力や魔導を強力にするのはお手の物だよ。それよりもコイツらが目を覚ます前に門の外に捨てるぞ、目が覚めたら同じやり取りを心がけてね、トラウマを植え付けたから、きっと尻尾を巻いて逃げていくから」

 そういって荷車に気絶している農民たちを乗せていると俺の服の裾をフレイヤが握ってくる。

「仇討ちしなくていいんですか?」

 そういって俺の顔を見つめてくる。

「正直、八つ裂きにして生まれてきたことを後悔させながら殺してやりたいけど、憎しみや怨みは新しい憎しみや怨みしか生みださないからね……。だから何処かで止めなくちゃいけないんだよ……。大丈夫、俺にはちゃんと支えてくれるファムさんにフレイ、それにフレイヤも居るから……。だから大丈夫だよ。俺のっ……、俺の悲しみや怒りとはここでさよならするよ……」

 自然と涙が込み上げてくる……。おかしいな、泣くはずじゃなかったのに……。

 見上げた空は涙でぼやけていた……。



 目を覚ました農民たちに話しかけると彼らは怯えながら(子供たちは泣きながらズボンをグシャグシャに濡らしていた)気絶したままの村長を引き摺って帰っていった……。

「っと、もうそろそろ魔王さんが来る時間だ……。普通に陸閘の門から街に来るのかな?」

 マーニさんと別れて、屋敷に戻りながらフレイヤに尋ねると彼女は首を傾げて不思議そうにしている。

「何かおかしなことを言ったのかな?」

 そう尋ねるとフレイヤは首を横に振って、空を指差す。

「魔王様は背中に翼があって、私達と会ったときも上空から話しかけてきたので、たぶん今回も上空から飛んでこられるのではないでしょうか?」

 そんな話をしていたからなのかドラゴンのような翼と尻尾が生えた人型の生物が屋敷の方へ飛んでいく……。

「もしかしてアレかな?」

 そう尋ねるとフレイヤは頷いて、俺のことを見つめている。

「そうだと思います。急ぎましょう」

 俺とフレイヤは急ぎ足で屋敷に戻ることにした。


「おかえりなさい、お父様はもう来てますよ」

 急いで帰ってきた俺とフレイヤを見てフェムさんが伝えてくれる。

「そっか、やっぱり空を飛んでいたのは魔王さんだったんだ……。直ぐに着替えてくる」

 そういって俺は2階の自室に行き、甲冑を脱いで着替える。普段は動きやすいスウェットを着ているのだけど、今日はちょっとフォーマルな襟のあるワインレッドのシャツと黒のスラックスに着替えて1階の食堂に向かう。

「すいません遅れました」

 そういって食堂に入るとフレイが魔王さんとファムさんにカレーライスを出していた。

「いいって、いいって……。それより今日のお昼はカレーなんだね! 私、カレー大好きなんだよ! よく分かったね? ファムにも教えたことないないのに? もしかしてコレも勇者の力?」

 人の好みがわかる勇者の力って……。絶対戦闘向きな力じゃないと思う……。

「そうだったのか! さすがご主人様!」

 いや、本気にするなよフレイ、ややこしくなるから。

「いやいや、勇者にそんな力は無いと思うよ? 冗談だよ、冗談」

 分かっているなら冗談でも言うなよな……。本気で信じる純粋な子も居るんだから……。

「まったくお父様は……。それよりも、今日は泊まっていくんですよね? 部屋は客間でいいですか?」

 そういってファムさんが魔王さんを睨みつける。

「大丈夫だよ! お父さんも二人と一緒に寝るから♪」

 ファムさんが無言でフォークを魔王さんの親指と人差し指の間に突き立てる。

「だ・め・で・す」

「はい、すみませんでした」

 弱ッ! 魔王弱ッ……。

「分かれば良いんです。でも、次はいくらお父様でも容赦しませんからね! 私達には私達のペースがあるんです」

 そういって頬を膨らまして俺の腕に抱きついてくる。

「旦那様、温室に苗を植えようと思うんです。手伝ってください」

 そのまま俺はファムさんと一緒に温室に向かうことになった……。


「どうでしょう? 綺麗にしたんですよ!」

 そういって綺麗に整備された温室の中を案内してくれる。植えられている植物を見るとどれも薬効のあるものばかりだ……。

「旦那様は生傷が絶えないでしょうし薬草はあればあるだけ重宝します」

 そういって俺の手を引いて、何も植えられていない場所へ移動する。

「ここに何かを植えたいのですが何がいいでしょう?」

 首を傾げて耕された地面を指差しながら尋ねてくる。

「うーん、温室なんだし果物とかを植えるのはどうかな? 例えばオレンジとかバナナとか……」

 そういって地面に絵を描いていくとブドウの絵を描いたところでファムさんが前のめりになりブドウの絵を見つめる。

「ブドウ! ブドウも作れるんですか? 私、ブドウがいいです! ブドウ作ってみたいです!」

 そういって目を輝かせながら嬉しそうに腕を振り回している。

「分かった、俺もそういうことは初心者で分からないことが多いけど二人で一緒に育てていこう」

 そういって笑いかけるとファムさんは顔を真っ赤にして『うん』と言ったあと道具を取りに行ってしまった。


【フレイヤ&フレイSIDE】

「鈍感」

「だね……。ご主人様って女性の機微に疎いよね? フレイのことも男の子と勘違いしていたし」

 魔王様は代理でこの領土を治めていたサキュバスのマーニさんと言う方の会社に顔を出しに行くと言って屋敷を出て行ってしまったので報告をしようとフレイと一緒に温室に来たのだけど……。

「とりあえず、話し終わったみたいだし中に……」

「空気を読みなさい、フレイもご主人様と一緒で鈍いところがあるよね? 気をつけないと後で手痛いしっぺ返しがあるからね」

 そういうとフレイは不思議そうに首を傾げている……。

「ねぇねぇ、【しっぺ返し】ってなんだ?」

 そこかぁーっ、そこに疑問を持ったのかぁーっ……。

「とっ、とりあえず空気を読んでってこと! たぶん奥様が帰ってきたら分かるから」

 そう伝えるとほぼ同時に奥様が戻ってきた。

『……は、旦那様といsy……れることだけで……』

 ここからじゃ二人の会話がしっかりと聞こえない……。

「何話しているんだろう? 【しっぺ返し】のことを話しているのかな? ちょっと行って聞いてくる!」

そういってフレイが立ち上がり温室のドアを開けてしまった!

「バカッ! フレイ何するの!」

 もーぅ、本当に空気が読めないんだから! 私は溜息を吐いてフレイを制止すべく後を追うことにした……。

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