招かれざる客

「えっ、何? 急にどうしたの?」

 不思議に思い、ファムさんに尋ねると俺の正面に立ち、抱きついてくる。

「嫌です。なんだか旦那様が他の女性と仲良く話をしている姿を見ていたらモヤモヤしました……。それに、マーニさんの方が大人の女性って感じで私よりスタイルも良かったので旦那様もそっちの方がいいのかなって思ったら居ても立っても居られなくて……」

 そういって俺の胸の中で恥ずかしそうに頬を膨らまして俺を見つめてくる。

「そんなことを気にしていたのか……。大丈夫だよ、俺の妻はファムさんしか居ないんだから……。かけがえのない存在なんだよ」

そういって彼女の頭を撫でると少し複雑そうな顔で俺を見つめて溜息を吐いてしまう。

「そういうところが蕩しなんだけど、自覚がないのが厄介です」

 その後、頬を膨らませたままのファムさんと手を握りながら屋敷に戻り、夕飯を食べて夜は貸してもらった資料に目を通し、朝になった……。

「うぅっ、眠い……」

 そういって見終わったファイルを閉じて身体を伸ばして欠伸をするとハーブティーが目の前に置かれる。

「お疲れさん……。寝てなかったみたいだけど大丈夫なのか?」

 そういってハーブティーを置いてきたのはフレイだった。

「フレイこそ、朝早くからありがとう。確か、今日魔王さんが来て、明日領民たちの前で俺を領主に任命するんだよな?」

 フレイにそう尋ねると彼女は頷いて、困った顔で俺を見つめてくる。

「そうなんだよ! 魔王様ってどんな料理が好きなのか全く分かんないんだよ! ご主人様、魔王様って何が好きなんだ?」

 それを俺に聞くか? 魔王が好きな物……? ファムさん? それは好きな人か……。

「すまん、分からない。俺よりもファムさんに聞いた方が良いんじゃないか? 彼女の方が親子なんだから俺よりも分かると思うぞ」

 そういうとフレイは頭を抱えてしまう。

「私もそうだと思ったけど『フレイが心を込めて作った料理だったら、なんでも喜んでくれると思うよ』なんて言われて、結局なにが好きなのか教えて貰えなかったんだよ……。だからご主人様が頼みの綱なんだよ」

 そういって潤んだ瞳で尋ねてくる……。

「カレーでも作って一晩寝かせるってどうかな?」

 子供っぽいけど嫌いな人って、あんまり聞かないし魔王もたぶん平気だろう?

「カレーか……。確かに嫌いな人ってあんまり聞かないし……。ありがと、フレイヤにも相談してみる。それじゃあな」

 そういってフレイは書斎から出て行ってしまった。

 本当にカレーで良かったのだろうか……。そんなことを思いながらも借りたファイルを返すために屋敷を出ることにした。


「ありがとう、助かったよ」

 そういって借りていたファイルをマーニさんに返却する。

「いえいえ、それで知りたいことは分かった?」

 マーニさんは、そういって隣に座り直してくる。

「あぁ、大丈夫だよ。知りたいことも分かったし」

 俺はソファーから立ち上がり部屋から出ようとドアに手を掛けるが開く気配が無く、ドアの向こうから『あれっ? おかしいな、開かない……』と声が聞こえる。

 手を放して後ろに下がろうとすると思いっきりドアが開かれて顔面に直撃する。

「マーニさん、大変なんです! 武器や農工具を持った人が街の門の前に集まっているんです。戦争は終わったんですよね? どうして武装した人が居るんですか?」

 ドアが顔面に当たり、痛さのあまり屈んでいる俺に気にしていないのか、少女は俺を避けてマーニさんのもとに行き、状況を報告している。

「分かった、分かったから落ち着きなさい。それと、私に状況を報告するよりも先に彼に謝らなくちゃでしょ」

 そういってマーニさんが俺を指で指している。

「すみませんでした。でもお兄さん、そんなところにボーっと突っ立っている方が悪いとおもうんだけどな?」

 そういって手で帰るようにジェスチャーをしてくる。

「そっか、じゃあ俺は帰……」

「帰らせませんよ」

 帰ろうとした俺の肩をマーニさんが掴んでくる……。


「誰ですかこの人? ここに居ても邪魔なだけです」

 そうだぞ彼女の言う通りだ、だから俺を掴んでいる手を放してくれ……。

「この人は魔王様から任命された新しい領主さんなの……。いいかげん逃げるなって……」

 マーニさんは、そういって逃げようとする俺を押さえつける。

「えっ、この人が新しい領主さんですか? なんだか頼りないですね」

 そういって俺の顔をまじまじと見つめてくると徐々に少女の顔が強張っていく……。


「何で此処に【慈悲深い白髪の死神】がこんな場所に居るんですか?」

 目を白黒させながら俺のことを見て、口を鯉の様にパクパクさせている。

「あぁーっ、色々事情があって、魔王さんに此処を任されたんだよ……。とりあえず相手が人なら俺が行って対応してみるよ……。だけど、顔がバレるのは面倒だから、あれば鎧一式を貸してくれる?」

 そういってマーニさん達を見つめるが少女とマーニさんは首を横に振って困っている。どうやら二人は鎧を持っていないようだ……。

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