第2章 元勇者は忘れない
第2次産業(製糸業)
「いただきます」
食堂に行くと朝食が用意されていたので食べようとすると横からフレイヤが、お皿を取り換えてくる。
「ダメです。この焼き魚、塩コショウじゃなくて砂糖とシナモンを間違って使ってます」
確かにシナモンの香りが部屋に充満しているなぁーとは思っていたけど、アップルパイがあるから原因はコレだと思ったんだけど……。アップルパイの香りじゃなかったんだ……。
渡されたお皿にはオムレツと野菜が添えられていた。
「大丈夫です。それは私が味見して作らせたので……」
フレイヤが苦笑いをしながら俺と向かいに座るファムさんに申し訳なさそうに頭を下げてくる。
「別に平気だよ。それよりもファムさん、今日はこの領地の特産【キラーモスの生糸とそれを使った織物】を見学に行きたいんだけどついてきてくれる?」
昨日話していた特産品の施設を見に行きたいと伝えるとファムさんは頷いてくれた。
「それでは行ってらっしゃいませ」
朝食を食べ終えた俺とファムさんはキラーモスの生糸工場を見学しに向かう。
「このキラーモスの産業が、この領地の収入源なんだよね?」
そう尋ねるとファムさんは頷いてバッグからファイルを取り出し、領地の収支が書かれた紙を渡される。その紙を確認すると収入の半分がキラーモスの生糸やそれで作った織物だった。
「そうか、これだけ重要な産業なんだね」
そういって渡されたファイルを返すとファムさんは頷いて俺を見つめてくる。
「そうなんです。なので迷惑を掛けないように気をつけましょう」
目の前に大きな工場が見えるので気を引き締めて中に入る。
「いらっしゃい、貴女が新しい領主さん? ずいぶんと若いのね?」
挨拶に来た、背中に翼の生えたボンテージ姿の女性がファムさんの事を凝視している。
「いえ、私ではなく、私の旦那様が領主に任命されたんです。今日のお昼ごろに私の父から話があると思います」
ファムさんはそういって俺の背中を押してくる。
「こちらが私の旦那様です」
ファムさんの紹介で俺は頭を下げて挨拶をする。
「こんにちは、領主になる元勇者のシグルドです。よろしく」
そういって手を差し出し、握手を求めると女性は震えている。
「わっ、私はサキュバスのマーニです。さっ、さっきはごめんなさい。だから殺さないで」
涙目で俺に訴えてくる。
「旦那様、女性を泣かしたらダメですよ」
ファムさん、俺は自己紹介をしただけなんだけど……。それで泣かれたらどうしようも無いんだけど……。
「とっ、とりあえず施設の中を案内しますね……」
そういってスリッパを渡されたので俺とファムさんは靴を履き替えて施設の中に入る。
「何で人が?」
「あの人間を入れたのは誰ですか?」
「生きて帰れればいいですね」
殺気が込められた視線と声が聞こえる。
「よしなさい! この方は元勇者で今度、この土地の領主になるシグルド様ですよ」
従業員の声を聞いて、顔を青くしたマーニさんが俺のことを紹介する。
「えっ……」
俺の名前を聞いた途端、辺りの魔族は絶句していた……。
「いや、気にしないで普段通りに作業していてください」
そうは言ったものの、従業員の人達は怯え切ってしまっている。
「旦那様の顔が怖いからです。もっと表情を和らげましょう」
そういってファムさんが俺の顔をグニグニと引っ張ったりしてくる。
「ちょっと、ファム様、危険ですよ! いくら旦那さんとはいえ……」
心配そうな顔でマーニさんがファムさんを見つめる。
「ファムふぁん、いひゃいです(ファムさん、痛いです)」
グニグニされた顔でそういうとファムさんは笑って、マニーさんを見つめる。
「怒ると怖いのかもしれませんけど、旦那様は普段、温厚で優しい方なんです。私がこんなことをしても『痛い、止めて』とは言いますが、怒って暴力をふるうなんてことは絶対にしません。なので、皆さんも普段通りにしてください。その方が嬉しいです」
そういってファムさんは俺の頬を心配そうに見つめてキスをしてくる。
「えっ……。急に何をするんですか! えっ、えっ……」
いきなりのキスに驚いた俺は、間抜けた顔でファムさんにキスをしてきた理由を尋ねると彼女はニッコリと笑って
「ほっぺたをグニグニ摘まんで痛いことをしてしまったのでキスしたら元気になってくれるかな? って思ったの」
可愛い。可愛すぎるよ……、俺の奥さんは……。色んな意味で元気になったよ……。
「顔、真っ赤になっていますよ、旦那様」
俺とファムさんのやり取りを見ていた従業員の人たちは面白かったのか笑っている。
「旦那様の凛々しい顔も好きですけど、笑顔の方がもっと好きです」
そういってファムさんは笑いかけてくる。
「場の雰囲気を和ますためとは言え、ちょっと痛かったからね」
ファムさんは頷いて『ごめんなさい旦那様♪ でも、怖いって怯えられるよりもこっちの方が良いですよね?』と言ってキスをせがんでくるので俺がキスをすると、それを見ていた周りの従業員は『キャーッ』とか『フゥーッ』とか騒いでいた。
「もう、そんなに拗ねないでくださいよ」
そういってファムさんが隣で微笑んでいる。
「何か、めっちゃ笑われたんだけど……。確かに怖がられるよりはいいけど……」
マーニさんに案内されながら施設の中を歩いて行くと、従業員達とすれ違うたび、俺のことを見つめて笑いながら会釈してくる。
「着きましたよ。ここがキラーモスの幼虫が飼育されている場所になります」
そういって案内してくれたのは全長3メートル程の幼虫が飼育されている部屋だ……。
「今から餌を与えるので見ていきますか?」
案内された部屋では、吹き抜けの2階部分から1階のキラーモスの幼虫目掛けて、餌のにわとりや魚を従業員の女性が放り込んでいる。
「キラーモスって雑食だったんですね? 俺は、キャベツを食べる幼虫は見たことがあるけど肉を食べる幼虫は初めて見たよ」
投げ入れられる肉に糸を巻き付けて口元に手繰り寄せ、肉を喰らい始める。
「予想以上に気持ち悪い食べ方だな……」
キラーモスの幼虫はバリボリとにわとりを骨ごと生きたまま咀嚼していく……。
その様子を眺めていると強化ガラスの向こう側(幼虫たちの居るエリア)に糸に絡まった何かが落ちたのが見えたのと同時にサイレンが鳴る。
「なんですか、このサイレン音は……」
ファムさんが不安そうにあたりを見回しているが特に何も変わったことは……。あった! 強化ガラスの向こう側で火炎放射器を持ったオーガやラミアといった魔族が慌てている。
「どうやらキラーモスの幼虫が私達を食べようと糸を絡みつけてハーピーを引き寄せたみたいです。でも安心してください。火炎放射器で糸を焼ききってしまえば問題ありません」
そういってマーニさんは、ガラスの向こう側を見つめているが糸が巻き付いたハーピーに近寄るキラーモスの幼虫を牽制出来てはいるが、いっこうに糸が切れる様子は無い……。
「糸が切れて無いみたいだけど本当に大丈夫なのか? 火炎放射器も燃料とかあるだろうし……」
そういってガラスの向こう側を見つめていると徐々に火炎放射器の炎が弱まっていく。
「どうして! どうして糸が切れないの!」
予想外の出来事だったのかマーニさんは慌てている。
「ちょっと行ってくる」
そういって俺は拳に力を込めて強化ガラスを殴る。
「予想以上に頑丈だった……」
右腕に強化魔導を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます