茉莉花茶

「よしっ、これで苗は植え終わった」

 温室に着くと軍手をはめた手で汗を拭うファムさんが居た。

「お疲れ様、何を植えていたの? それと軍手をはめたまま汗を拭うのは止めた方が良いよ? 土が汗について泥になってる」

 そういってハンカチでファムさんの額を拭う。

「薬草を数種類植えていたんですよ♪ 切り傷 腹痛 頭痛 擦り傷 腰痛 肩こり 性欲増進などの様々な種類の物を植えました」

 なんか一つ怪しい効果の薬草が植えられている様な気がしたけど聞き間違いだよね?

「あっ、ご主人様! フレイはしっかり料理をしていますか? あの子は昔から少し抜けているところがあって……。この前なんて塩と砂糖を間違えて使っていて、お肉が甘くなっちゃいましたからね」

 何故そのことを先に言わない! 不安になってきた……。

「ちょっと俺、一旦厨房に戻るね」

 不安になった俺は、来た道を戻ることにした。


「わざとじゃないの……」

 厨房に行くと雷の魔導で動く【魔導オーブンレンジ】が煙を噴いている。

「何をしたらこんなことになるの?」

 そう尋ねるとフレイは魔導オーブンレンジの扉を開けて原因の食材を指差す。

「グリンカムビの卵か……。卵は魔導オーブンレンジで温めたら爆発するからダメなんだよ」

 そういって雑巾でオーブンレンジの中を拭いていく。

「ゆで卵を作ろうと思って、オーブンレンジの中に入れたんだけど……。1個だけだからコレで簡単にって思ったんだけど……」

 魔導オーブンレンジが煙を噴いている状態に驚いているのかフレイはオロオロしている……。

「大丈夫だから、崩れた魔法陣さえ整えれば、また使えるから」

 そういって俺は魔導オーブンレンジの術式を広げて弾け飛んだ部分の術式を書き直していく。

「私、スラム育ちだったから魔導具とか苦手で……」

 そういってコンロで調理を再開し始める。

「分かった、あとでフレイヤも一緒に教えるから覚えてね」

 術式を復元させた魔導オーブンレンジの扉を閉じて、調理中のフレイの後ろに回り込んで味見をする。

「甘っ!」

 デミグラスソースが尋常じゃないほど甘すぎる……。

「そんなわけないですよ♪ 私、間違えて……」

 スプーンで掬ったデミグラスソースを味見するとフレイは目を白黒させている。

「甘いですね……」

 そういって、使った調味料を確認していくと砂糖のところで手が止まる。

「砂糖の量を間違えた……」

 砂糖が入っていた瓶を確認すると半分以上の砂糖が使われている……。

「何をどうやったらそうなるんだよ……。代わろうか?」

 そう尋ねるとフレイは首を横に振って、手に取った塩を少しずつ足していく。

「大丈夫です。やり遂げてみせます」

 そういって真剣に調理を始めたので俺は邪魔をしないように厨房を後にした……。


「ちょっと不安だけど頑張るって言っていたから任せて戻ってきた」

 そういって紅茶を飲むファムさんとそれを隣で見ているフレイヤに伝える。

「うぅっ、あの子が頑張るって言うと、必ず何か失敗するからなぁー。私、心配なので見てきます」

 フレイヤはそういって厨房に向かっていってしまった。

「旦那様、一緒にお茶でも飲みませんか?」

 そういってファムさんはティーカップに紅茶を注いで俺に手渡してきた。

「美味しそうな香りだね? なんていうお茶?」

 ファムさんに尋ねると彼女は笑いながら何かの花と茶葉が入った瓶をを渡してくる。

「いい香りですよね♪ 昔からこのお花のお茶好きなんです」

 瓶のラベルには茉莉花茶と書かれている。あれっ? コレって……。

「そうです。魔王軍では昔から飲む媚薬とも言われていて、リラックス効果もあるお茶なんです。私は主に後者の理由で飲むことが多いですかね」

 実際はリラックスしている時の感覚が媚薬を飲んだ時の効果に似ているらしいだけみたいだけど何でそんなものを俺に?

「もぅーっ、そんなに警戒しないでくださいよ! ただ単純に美味しいし香りが好きなお茶なんです。好きな人には、私の好きなものを好きになってもらいたいじゃないですか! それだけですよ」

 警戒している俺を見たファムさんは、頬を膨らまして俺のことを見つめてくる。

「そうだよね? ごめん、疑ったりして……。それじゃあ俺も飲もうかな?」

 そういって茉莉花茶を飲もうとティーカップを持つと厨房からやって来たフレイが飲もうと持っていた茉莉花茶を俺の手から奪い取って飲み干してしまった……。

「あぁーっ、暑かった! 厨房は火を使うから暑いね!」

 暑いのは分かるがコックコートを脱いで下着姿でうろつくのはどうかと思うぞ?

「ふふっ、どうしたの? ご主人様ぁー♪ もしかして俺の下着姿に興奮しちゃったの?もっと見せてあげようか? ほらほらぁー♪」

 どうしたんだコイツは? 急に迫ってきたぞ……。

「あっ、フレイのバカ! 私が淹れてあげるから待っててって言ったのに!」

 後ろから走ってきたフレイヤは俺の腕に抱きついて胸を押し当ててくるフレイの頭を叩いて『失礼しました』と言って別室に行ってしまう。


「どういうこと?」

 素知らぬ顔で茉莉花茶を飲むファムさんに尋ねると彼女は首を傾げている。

「うぅーん、媚薬の効果が高かったんでしょうか? もしくは彼女に耐性が全くないとか?」

 お茶目な顔でそんなことを言っているけど、絶対何かしてただろ? そんな疑問を持ちながらもポットに入っている残りの茉莉花茶を新しく持ってきたティーカップに注いで飲むが特に何も変化はない……。華やかな香りが口に広がりとても美味しい。

「ねっ? 何もしてないでしょ? 疑うなんて酷いですよ」

 確かにファムさんを疑ってしまったのはマズかったのかもしれない……。

「ごめん、疑った俺が悪かったよ……。それより、フレイがこっちに戻ってきたってことは夕飯の準備が出来たんじゃないかな? 厨房に行って食事にしようよ」

 そういって俺はファムさんの手を引いて、厨房に食事をしに行くことにした。

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