契約

【ファムSIDE】

 フリッグさんの家を出て、畑に立つと、何か分からない魔導をシグルド様が唱えると急に地面が揺れて、フリッグさんの畑の近くに川幅が9メートルぐらいの川が現れる。

「あっ、ヤバい」

 そういってシグルド様が倒れてしまう……。

「えっ、旦那様! 旦那様大丈夫ですか! 旦那様!」

 私は慌ててシグルド様に駆け寄って呼吸をしているか確かめる。

「良かった。呼吸はしているみたい……。だけど、見るからに顔色が悪い……。たぶん魔力の使い過ぎたせいで欠乏症になっちゃったのかな……。しばらく寝ていれば大丈夫だと思うけど……」

 とはいえ、心配なので私とフリッグさんの二人でフリッグさんの家まで運び、休ませてもらうことにした。


【シグルド夢】

 何処だ此処……。真っ暗で何も見えない……。

 冷たく暗い闇の中、俺は妹の手をしっかりと握りしめ、一心不乱に走った。

「さっきまで父さん達と夕飯を食べていただけなのに、どうして勇者だってだけで追われなくちゃいけないんだよ……。俺が何かいけないことでもしたのかよ」

 寒空の中、星の明かりを頼りに暗闇を進んで行くと遠くに小さな明かりが見える。

「ごめんな、お兄ちゃんが勇者になんかなっちゃったせいで迷惑掛けちゃって」

 そういって後ろを振り向くと顔が焼け爛れ、それが誰だったのか判別がつかないものが俺の手を握っている。

「オニィイジャン、アヅイヨォー、ダスゲデ」

 

 俺は恐ろしくなり、握っていた手を放して一人で明かりを目指す。

 そうして明かりの場所へ辿り着くと、いつのまにか身体が鎖で拘束されていて全く動けない。

「お兄ちゃん、助けて! 助けて!」

 顔をあげるとそこには十字架に吊るされた両親と妹が火炙りにされている。

「おいっ何で、何で俺の家族を火炙りになんてするんだよ! 勇者が原因なら俺を殺せばいいだろ! どうして両親を、妹を殺すんだよ!」

 そういって村人たちを睨みつけると村人たちは一斉に振り向き、俺を見つめてくる。

「助けてくれなかったのは何で? 勇者なんだよね、お兄ちゃん?」

 村人たちの顔は焼け爛れた妹と両親の顔をしていた。

「生むんじゃなかった……。この疫病神」

「何で息子が勇者なんかになってしまったんだ……」

「お兄ちゃんのせいで私達は殺されちゃったんだよ? それなのにお兄ちゃんは幸せになろうとして……。許されると思ってるの? じゃあね、お兄ちゃん」

 その声と同時に陽だまりの様な温かなぬくもりが頬を撫でる。


【ファムSIDE】

 悪い夢でも見ているのでしょうか、シグルド様がうなされている……。

「大丈夫ですよ、私はここに居ますよ」

 そういって私はシグルド様の手を握りしめるけど、シグルド様は、まだうなされている。

「大丈夫です。私は絶対にシグルド様から離れたりしません」

 私は眠っているシグルド様の頬に手を添えて、唇にキスをする。

「愛しています。シグルド様」


 俺が目を開けると頬を赤くして顔を覗き込むファムさんが居た。

「いつ、目が覚めたんですか?」

 何でそんなことを聞いてくるのだろう? もしかして寝言で、何か変なことを言ってしまったのか?

「おはようございます。今、目が覚めたんですけど此処は何処?」

 そういって辺りを見ると見慣れない部屋に居ることは分かった。

「ここはフリッグさんの家で、急に旦那様が倒れたのでベッドをお借りしたんです」

 ファムさんは、そういって俺に微笑んで水の入ったコップを渡してくる。

「不思議なことが起きたんですよ、旦那様が倒れる直前に川が現れたんですよ? この水はそこから汲んできました」

 俺は渡された水を口に含んで味を見る。


「美味しいですよね! 私も飲んだんですけど不思議なくらい美味しかったです」

 ファムさんは、嬉しそうにニコニコして俺を見つめてくる。

「確かに美味しいかもしれないけど、成分が分からないのに勝手に飲むのは止めて、有害な物質が含まれていたら大変なことになっていたんだよ?」

 そういってファムさんを見つめると驚いた顔で俺を見つめてくる。

「私のことをそんなに心配してくれるんですね♪ 嬉しいです」

 そういって何故か俺に抱きついてくる。

「だって、心配をしてくれるってことは、私のことを妻だって認めてくれたんですよね? どうでもいい相手に注意や怒るなんてことしないですもん」

 確かに、ファムさんの言う通りなのだろう……。もう誰も失いたくない。そんな気持ちが 少なからず俺には残っているのだろう……。

「俺の妻なんだろ? だったら自らを危険に晒すようなことは、しないでくれ」

 そういってファムさんの赤く綺麗な髪の毛を撫でて青く澄んだ瞳を見つめる。

「やっと認めてくれましたね♪ 言質、取りましたからね!」

 ファムさんは嬉しそうに、はにかんで俺に抱きつき、唇にキスをしてくる……。

「うわぁーっ、様子を見に来たんだけど、お邪魔だったかな?」

 そういってフリッグさんは扉をそっと閉めようとする。

「ごめんなさい、大丈夫です。それよりもベッドで寝かしてもらいありがとうございました」

 俺は扉を閉めようとするフリッグさんの腕を掴み、お礼を言う。俺が掴んだと思っていたフリッグさんの腕は、間違ってコートを掴んだのかモフモフしている。

「なんだかモフモフしていて温かい」

 そういって握った手でモフモフしているとフリッグさんが恥ずかしそうに俺を見つめていて、ファムさんは悔しそうに俺を見つめている。

「何でそんなにフリッグさんの手を握っているんですか! 私の手はそんなに長く握ってくれないのに!」

 そういって俺の手を掴んでくる。

「いや、モフモフだったから、つい……。それよりも、今気づいたんだけどフリッグさんってリスの獣人だったんだね?」

 そういってフリッグさんが被っている帽子を脱がすと可愛らしい耳が現れる。

「ちょっ……、バレちゃいましたか……。貴方達も獣人の私が育てた野菜なんて獣臭くて食べたくないですよね? 中央の市場に野菜を出荷した時も『田舎の獣人が生産した野菜なんて臭くて売り物にならない』って言われて買い叩かれたからなぁー」

 そういってフリッグさんは頬から涙を流していた。どうやら魔族間でも種族による差別などがあるようだ……。

「いや、特に嫌な臭いなんてしなかったぞ? そんなの出来がいい野菜を安く買い叩く為の狂言だよ……。まったく、どこにでもそういう害虫は居るんだな……」

 人間の世界でもそういうことはあったけど魔族の世界でも似たようなことはあるんだな……。領地である此処を豊かにしたいなら、まずは領民の生活を豊かにしなくちゃいけないな……。まずは農地改革、次に交通網の整備、特産である生糸から生成される絹織物の流通とかが挙げられるか……。あぁーっ、死にたい……。何で不死身になって俺が此処を統治しなくちゃいけないんだよ。まぁ、今更1度引き受けたことを無かったことにしてくれなんて都合が良過ぎる。それに負けた感じがして嫌だ! 

「あのさ、フリッグさんさえ良ければ、ウチの専属農家にならないか?」

 そう告げるとフリッグさんとファムさんは、首を傾げている。

「専属農家って何ですか?」

 魔族にはそういった契約の仕方がないのかな? どう説明しよう……。

「簡単に説明するとフリッグさんの今ある畑で作られた作物は良くても悪くても俺達が全部買い取るよ。ただ普通の取引とは少し違って、俺が支払う金額は作物の出来が良くも悪くも一定の金額で支払う。そっちのメリットは出来が悪い時も纏まったお金が手に入る。デメリットは良質な作物が出来てもいつもと変わらない金額で取引される。って感じなんだけど、どうかな?」

 そう尋ねるとフリッグさんは少し考えた後、真剣な顔つきで俺を見つめて頷き、微笑んでくれた。


 その後、契約のことはファムさんを含めた3人で契約内容をまとめて、次の作物が出来たら屋敷に運んでもらうことにした。

「今ある畑だけだから、これから出来た畑の作物は街のみんなに売ってあげなよ♪ 魔王様のご息女ファム様に認められた野菜って売り文句にして」

 そういうとフリッグさんは何かを伝えたいような顔でファムさんを見つめている。

「良いですよ、確かに此処のお野菜美味しいですから、名前を貸すぐらい問題ないですよ」

 ファムさんの許しを得たフリッグさんは嬉しそうに頷いて、くわやスコップ、それとレーキなどを持ち出し、【アース・クウェイク】で柔らかくなった地面を耕し始めたので俺とファムさんは帰ることにした。

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