元勇者の実力
「ねぇ、ファムさん……。魔族の男性が見られないんですけど、どこか仕事に行っているんですか?」
街に来てから魔族の男性と1度も遭遇していないので不思議に思い、ファムさんに尋ねると彼女は驚いた顔で俺を見つめてくる。
「あれっ? お父様から何も聞いていないんですか? この街は女性しかいないんですよ?」
俺の聞き間違いかな? 今、この街には女性しか居ないって聞こえたんだけど……。
「だから農業とか力仕事は大変で、男性が居ないこの街では行える人物が限られているんです。見に行きますか?」
どうやら聞き間違えではなかったようだ……。でも、農業を行える人が限られているってどういうことだろう? いくら力が無くたって、今は水耕栽培やハウス栽培だってあるだろ? 何か他に原因があるのだろうか?
疑問を持ちながら手を引っ張るファムさんに連れられて、街で唯一の畑にむかう。
「ちなみにですが、この街の特産はキラーモスの繭から作る生糸で織る絹織物が有名ですね、キラーモスは食糧にもなりますし本当に有能な
食糧って……。もしかして俺も知らないうちに食べていたのか?
「あっ、着きましたよ! 私、先に挨拶してきますね!」
そういって畑の真ん中に居る女性の所へ駆けていってしまう。
「うーん、思っていた以上にパサついていて養分が少なそうな土だな……」
そんなことを呟きながら、駆けていったファムさんを追って歩いて行くと、急に地面が揺れ始める。畑の中央に居たファムさんと農家の人は慌てた様子でこっちにむかって何かを叫びながら駆けてくる。
「……げてください! ……やく逃げてください! はやく逃げてください! 逃げてシグルド様!」
そう叫ぶ農家の人とファムさんの背後の地面が不自然に盛り上がり、そこから蜈蚣の様な魔蟲が現れる……。確か名前はペルセフォネだったような気がする。
「二人共、足を止めるなよ! 水魔導【アクアスピア】」
そういって具現化させた水の槍をペルセフォネに向けて力一杯投擲する。そして投擲した槍はペルセフォネの広げた口の中に入っていく……。
「ノーコンじゃないか! 魔導が使えても命中しなくちゃ意味が無いだろ!」
農家のお姉さんは、走りながら文句を言っている。
「わざと口の中に投擲したんだよ! 爆ぜろ【アクアスピア!】」
そういうと同時にペルセフォネの身体が膨張して爆発する。
「きゃっ! ビックリした……。どうもありがとう」
こっちに走って来ていた農家のお姉さんが俺とファムさんを見つめて、お礼を言ってくる。
「旦那様は魔導もお上手なんですね! 驚きました」
そういってファムさんは驚いた顔で俺を見つめてくる。
「潜り抜けてきた修羅場が違うからね……。それより二人共、ケガは無かった?」
そう尋ねると二人共、自身の身体をパタパタと確認してケガが無いことを確かめる。
「大丈夫みたいです」
農家の女性もケガが無かったのか頷いている。
「それじゃあ、今の出来事も含めて話を聞きたいから話したいんだけど良いですか?」
農家の女性に尋ねると彼女は頷いて『立ち話もなんだから』と言って家に招待してくれたので俺とファムさんはお言葉に甘え、農家の女性 フリッグさんの家にお邪魔することにした。
「お邪魔します」
そういって俺とファムさんは、フリッグさんの家に入ると、そこは畑仕事をしている様には見られないほど綺麗で可愛らしい家具で統一されていた。
「驚いたでしょ♪ 私は土で汚れて汚いかもしれないけど、心は乙女だからね! やっぱり可愛い部屋にしたいのよ♪ ちょっとお風呂に入って土を落してくるから少し待っていて」
そういってフリッグさんは紅茶を出してお風呂場に行ってしまう。
特に何をするでもなくボーっと待っているとお風呂場からフリッグさんが出てきた。
「それで、魔王様の娘さんとその旦那さんがどういった用件でウチの畑に来たんですか?」
そういって不思議そうに俺達のことを見つめてくる。
「えっと、あとでお父様から話があるのですが、私の旦那様が此処の領主になります。それに伴い、特産物や食料の自給率を知っておきたいとお話していたので、街で唯一の農家であるフリッグさんを訪ねたのです」
ファムさんがそういうと、少し驚いた顔をして俺のことを見つめてくる。
「貴方も魔族なの? 珍しいわね、純白の髪に真っ赤な瞳だなんて……」
そういって俺のことを観察してくるので俺は頭を横に振り、違うことを伝えることにした。
「俺、こう見えて元勇者なんです……。聞いたこと無いですか? ラピッドブレイバーって」
そう尋ねるとフリッグさんは首を傾げ、思い出そうと記憶を探っている。
「うーん、スゴイ剣士が居るとは聞いたことあるけど……。魔導が使えるってことは聞いたこと無いかな……」
そういって俺のことを見つめてくる。
「マジか、むしろ魔導の方が得意なんだけどな……。剣術は何でも斬れる聖剣に頼っている感じだったし……」
俺が苦笑いをすると隣に居るファムさんがくすくす笑っている。
「旦那様、兎の勇者って……。人の国はユーモア溢れる呼び方をしていたのですね? 私達の間では慈悲深い白髪の死神って呼んでいましたよ? 口は悪いし、すぐ殺すとか言うけど絶対に殺さない死神が居るって……」
うわぁーっ、思っていた以上に痛いネーミングだな……。確かに命は取らないでボコボコにしただけで降参した奴は放置していたからな……。
「えっ、嘘! あの死神なの?」
どの死神か分からないですけど……。魔王軍からそんな風に言われていたんだ……。かなり恥ずかしいな……。
「えっ、じゃあ死神がこの街の領主になるの?」
フリッグさんは、何故か死神呼びが定着してしまった。
「そうです! 旦那様がこの街の領主になるんです! それで収穫量とかを知りたいのですが教えていただけないでしょうか?」
ファムさんがフリッグさんに尋ねると部屋の奥から台帳を持ってくる。
「今、ウチの収穫量と、どんな作物を作っているかは、ここに書かれているよ」
渡された台帳を見ると、予想通りというか……。
「収穫量が少ないな、やっぱり原因は土か?」
そういってフリッグさんに尋ねると彼女は頷く。
「死神さんの言う通り、原因は土というか大地にあると思うんだよ」
そういってフリッグさんがテーブルから身を乗り出して俺を見つめてくる。
「分かった、分かったから一旦、落ち着いて」
興奮気味に身を乗り出してきたフリッグさんを落ち着かせて話を再開する。
「畑の土が砂質でサラサラしてるよな……」
確か、水を保持できない性質だったはず……。
「ほかにも原因はあるんだよね……。水をあげようと思っても近くにため池とか川が無いから街の中心部まで行かないといけないし」
上下水道がきちんと整っているのは街の中心部だけって確か移動中にファムさんが言っていたな……。
なるほど、原因の一部はインフラを整えていなかった元領主にあって、それを引き継いだ俺にもあるのか……。直ぐに上下水道を整えるのは厳しいと思うから、ここは奥の手を使うか……。
「これから応急処置をするから少しついてきてくれる?」
そういって俺はフリッグさんの家を出て畑に行く。
「それじゃあ今から少し、地面が揺れると思うから気をつけてね」
そういって俺は精神統一をして魔力を研ぎ澄ませる。
「【アース・クウェイク】からの【クリエイト・ウォーター】」
【アース・クウェイク】で周辺の大地を揺らし、【クリエイト・ウォーター】で水脈を作りあげる。
「えっ……。旦那様、いま何をしたんですか?」
「嘘! 土がさっきと変わって握ると固まるし、川が出来てる!」
どうやら奥の手は成功したみたいだけど魔力を使い過ぎた反動で頭が割れるみたいに痛い……。しかも俺の場合こういう時に限って過去のトラウマが……。
あまりの痛さに立っていられなくなった俺はその場に倒れてしまった……。
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