元勇者は領主になった

「何処だ、此処?」

 目を覚ますと木の天井が見える。

「俺は首を切り落とされて死んだはず……」

 そういって身体を起こし辺りを見ると、どうやら俺は何処かの家のベッドで寝ていたようだ、近くにあった姿見の鏡を覗くと、そこには首に傷跡が刻まれたTシャツ姿の俺が立っていた。

 どうなっているんだ? そう思った俺は聖剣グラムと俺が着ていた防具が無いことに気づき部屋を物色していると部屋の扉が開く。

「起きたんですね? どうですか、治癒魔法で綺麗に治せたと思うのですが?」

 そういって小さな角が生えた赤毛の少女が俺のことを見つめてくる。

「どうして? どうして俺を死なせてくれなかったんだ……。父さん達に会えると思ったのに……」

 床に座り込み、赤毛の少女を睨みつけながら尋ねる。

「にっ、睨まないでくださいよ……。私はお父様に頼まれてシグルド様を蘇生させただけなんですから……。ここに替えの服を用意しておくので、着替えてから下の食堂に来てください」

 そういって少女は部屋から出て行った。下の食堂? じゃあここから飛び降りれば死ねるのかな? 最悪ここから脱出は出来るんだよな?

 俺は窓を開けてそこから飛び降りることにした。


「すみません、お父様……。私がきちんと見ておくべきでした」

 飛び降りた先に植物型の魔族 ドリアードがいて、抵抗虚しく捕まってしまった。

「まったく君は、あのまま落ちていたらケガだけじゃ済まなかったかもしれないんだよ? ダメだよ、窓から飛び降りるなんてことしたら」

 そういって魔王は俺の頭を撫でてくる。どうして魔王がここに居るんだよ……。

「どうして? って顔をしているね、少し話は長くなるけど大丈夫かな?」

 そういって俺を見つめてくるので俺は頷いて椅子に座る。


「あのまま人類の国に君を帰していたら、君は更に酷い仕打ちに遭って死んでいたと予言が出ていたんだ、厳密に言うと人類の敵と見なされ四肢を切り落とされ鋸引きの刑にされる最悪の未来だ。いくら君が勇者で元敵だとしてもアレは酷いと感じた。それに私と似た境遇だってことを聞いたら、どうしても君を助けたくなった。君は死にたかったみたいだけど、死んだ君を見たら両親と君の妹さんは喜んでくれるのかな? 私はそうは思わない……。だから、生きてみないかい第2の人生を」

 そういって魔王は俺に手を差し出してくる。

「俺は死にたい」

 差し出された手を拒み、俺は自身の首にナイフを突き立てる。

「痛くないし喋れる……」

 ナイフを突き立てたはずなのに痛みを感じず、血すら出ない……。

「ウチの娘は回復魔法のプロフェッショナルで君を不死身の身体で蘇生してくれたんだよ……。凄いだろ!」

「スゴイ、スゴイけどぉー」

 俺の悲嘆は屋敷に響いた……。


「おはようございます。シグルドさん」

 声がしたのと、ほぼ同時に俺の身体が揺すぶられる。

「おはようございます。ファム・ファタールさん」

 そういって身体を起き上がらせると彼女は頬を膨らましながら俺を見つめてくる。

「シグルドさん、私のことはファムって呼んでくださいって言いましたよね? もう一度やり直してください」

 そういって笑顔で俺を見つめてくる。


「おはようございます。ファムさん」

 言い直して挨拶をすると彼女は嬉しそうに笑ってキスをしてくる。

「えへへっ、おはようのキスです。妻になったら1度やってみたかったんです」

 そういって顔を真っ赤にして恥ずかしそうに部屋を出て行ってしまう。どうしてこんなことになったかというと時間は昨日に遡る。


「この子が君を不死身な身体で蘇生してくれたファム・ファタールだ! どうだ、綺麗だろ?」

 そういって魔王は赤毛の女の子の背中を押して俺に近づけてくる。

「初めまして、私はファム・ファタールと言います。ファムって呼んでください」

 嬉しそうに俺に笑いかけてくる。

「それで、不死身になった君に1つ相談があるんだが……。この子と結婚して、この土地【ガラム・ウップサーラ】を統治して発展させてくれないか? ここは魔王軍の領土でも強い魔物が多くて強者じゃないと統治が難しいところなんだ……。元勇者だった君になら任せられると思うんだ!」

 そういって魔王は俺の手を握ってくる。

「俺は別に良いけど、ファム・ファタールさんは俺と結婚してもいいのか?」

 首を傾げながら魔王の後ろに隠れている彼女に尋ねると顔を真っ赤にさせた彼女は頷いている。

「君と結婚したいと言い出したのは、実はファムから言いだしたことなんだ……。昔、ファムは君に助けてもらったことがあって、その時からずっと君のことが好きだったみたいなんだ、だから結婚のことは特に問題ない」

 そういって魔王は笑いかけてくる。

「内政とか開拓とかやったこと無いけど大丈夫なのか? 俺一人で全ての政務をこなせる自信はないぞ」

 そういうと魔王は考えたあと頷いて

「政務が得意な人材を後日、派遣する。娘との結婚と【ガラム・ウップサーラ】の統治を引き受けてくれるか」

 そういって魔王は俺を見つめ、ファム・ファタールさんはもじもじしながら期待のまなざしで俺を見つめてくる。こんなにも俺を必要としてくれるなら……。

「分かりました。引き受けます。結婚式は時間が出来たらしましょう」

 こうして俺はファム・ファタールさんと結婚して【ガラム・ウップサーラ】を統治することになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る