群狼 ②
とはいえ、手を組んだ以上はロッシュから襲撃の要請がくることもあり、その時は乗組員たちを集めて投票を行う。
選択肢はいたく単純。
やる気があるか無いか。
これだけだ。
皆が乗り気でないなら適当な理由をつけて断り、暇を持て余して暴れたいならば要請に応じて敵対する組織の事務所や人物に襲撃をかける。
こと襲撃に関して言えば彼らの右に出るものはいない。
いざ乗り込む段階になって躊躇するマフィアの下っ端たちがヘンリーに尋ねた。
「どうやって乗り込むつもりだ?」
問われたヘンリーは呑気にパイプを嗜みつつ、ニヤリと笑ってみせる。
「船に沸くネズミ共を簡単に駆除する方法を知ってるか?」
「いや」
「船ごと木っ端微塵にぶっ飛ばすんだよ。おい、やれ」
黒豹率いる水夫たちは、船から持ちだした軽量の8ポンド砲を事務所の窓に撃ち込んだ。
突然の砲声と飛来した砲弾によって事務所の中は大変な騒ぎと混乱に襲われ、同士討ちすら横行する中へ海賊たちが次々に襲いかかる。
そしてあらゆる金品を強奪した。
海上で商船を略奪したときほどの収益は無いが、それでも奪った金は乗組員たちに分配して今日飲む酒や欲求を発奮する為に女の手に流れていく。
新たに加わった船乗りや不良たちもその派手な暴れっぷりに初めは怖気づいていたが、他人から奪った金品を手にした途端、我も我もと略奪に加わった。
勿論相手も黙ってやられるはずもなく、ピストルやナイフ、あるいは酒瓶で抵抗してきたが、そもそも踏んできた場数が違う為に結果は言うまでもない。
ロッシュもいたく機嫌がよく、ヘンリーたちが奪った金品に関しては特に文句を言うことはなかった。襲撃が成功した報告を聞いたロッシュは、ヘンリーたちを労う為に自らが経営する食堂などに度々招待した。
航海士のウィンドラスはいざしらず、上品とは程遠い食事風景はマフィアたちでさえ顔を引き攣らせていた。
が、やがては慣れたのか、あるいは彼らの愉快な笑い声に気が緩んだのか、どちらにしても海賊の食卓は場所を問わず宴となった。
ロッシュと席を共にするヘンリーもまた、ブルーレアのステーキを豪快に食いちぎっていた。
それも一枚や二枚では飽きたらず、襲撃における凄惨な殺戮をさも愉しげにロッシュに語って聞かせ、水のように酒を飲む。
そしてたらふく肉を喰らった食後は、今までの食いっぷりが嘘のように優雅な仕草でパイプをふかし、コーヒーを味わう。
一端の紳士を気取って止まないロッシュでさえ舌を巻いた。
話題は血なまぐさい鉄火場から世間の流れについて変わっていった。
というのもロッシュは然程戦いの話に興味を示さず、どちらかといえば政治や経済の話題が好みだった為である。ヘンリーからすればあまり気乗りする話題ではなかったが、ロッシュが朝刊から仕入れた新法案について話すと目の色を変えた。
「おいおい、なんだこりゃぁ」
私掠禁止法、である。
彼が本来有していた私掠免状は既に効力を失っているので特に問題はないが、今もなお帝国の私掠船として他国の船を襲っている連中からすればたまったものではない。
ヘンリーのように元々海賊だったものならばまだしも、帝国への忠誠心から自らの商船に武装を施して私掠船になったものも少なからずいる。
そういう生真面目な連中さえも賊と一括りにしたこの新法は、彼を不機嫌にさせるには充分だった。が、その一方で彼の口がニヤリと釣り上がる。
人知れず舌なめずりをした彼の頭に、一体如何なる青写真が浮かび上がったのか……。
「次期皇帝に大公ジョルジュ・ブレトワルダが決まって以来、何やら我々が生きにくい法が出てくるようになりましてな。船長もくれぐれもお気をつけを」
「ハッ、陸の法なんぞ知ったことかよ。しかしこの大公ってのは一体何を考えているのかねぇ」
「帝国に私掠船は最早不要という意図なのだろう。我々のような裏社会に生きる者たちは、白昼の下で生きる者たちからすれば汚れて見えるのでしょうな。全くもって心外だ」
成る程帝国には既に強力な海軍と多くの水兵を抱えており、今更私掠船に頼る理由も無い。
必要とするのはキングポートの領主であったフォルトリウ伯のように、私掠船が持ち帰る財宝や交易品の分前にありつこうとする輩くらいなのだろう。
そういう意味では皇女直々に私掠船となるように依頼されたヘンリーはかなり特殊な部類であったし、そもそも海賊の見習いをやっている皇女など世界のどこにもいないだろう。
ちらりと他の席でウィンドラスたちと食事を共にしていたルーネを伺うと、彼女はヘンリーの妙な視線に気がついて、悪戯っぽく舌を出してみせた。
ヘンリーも中指を立てて見習い兼雇い主に返事をし、引き続きロッシュと他愛のない話を続けながら今後のことを考えていく。ドクター・ジブに研究を依頼した新砲弾も順調に開発が進んでおり、まもなく試作品第一号が出来上がるとのこと。
試し撃ちには持ってこいの相手がいるので心も踊った。
グレイウルフ号の修復も滞り無く岸のドックで進んでいる。
できれば武装を強化したく考えており、マフィアの事務所に撃ち込んだ8ポンドカノン砲を始めとした火力の底上げも修復のついでに積み込んでいた。
その分速力は落ちるだろうが、背に腹は代えられない。
今は力を蓄え、牙を磨くしか術が無いのだ。
出来るものならば一刻も早く帝都に乗り込んでルーネの願いを叶えてやりたいところだが、海峡に入りかけた頭上に砲弾の雨が降り注ぐ光景しか想像出来なかった。
ものの五分と経たぬ内に海の藻屑となるだろう。
船は魚礁となり、乗員は餌となる。
想像すると口元が歪んだ。
それでも陸でくたばるよりは遥かにマシだと不吉な考えを頭から払い飛ばし、難しい話もほどほどに切り上げて席を立った。
大勢の部下を引き連れてぞろぞろと店を出ていき、ヘンリーは皆を引き連れて今夜泊まる宿へ足を運んだ。
船がドックに入っている以上は町の宿で眠るより他に無く、寝込みを襲われては困るので一応はロッシュが直接オーナーをしている宿を使ってはいるが、それもどこまで信用できるかわかったものではない。
見た目はレンガ造りの地味な造りだが回転扉を通るとそれなりに整った内装で、受付のホテルマンも既に心得ているのか、深々と一礼すると人数分の部屋の鍵を差し出してきた。
虫も殺さぬような笑みを浮かべているが、あれらもロッシュの手下に違いない。
ルーネに用意された部屋は最上階の五階だった。
鍵を開けて中に入ると、一人で眠るには充分すぎるほどのベッドに簡素な家具が並べられ、石室の風呂場も用意されていた。
宿の者に頼めば熱い湯を溜めてくれるだろう。
久方ぶりの一人部屋に高揚したルーネとタックは早速湯浴みの支度を整えて貰い、疲れと共に体の汚れを洗い流していく。
船という箱に詰められた集団生活に慣れてくると、自分だけの空間に一人だけで過ごすという陸では当たり前の生活が、どことなく寂しさすら感じるようになってしまう。
故に下の階では水夫たちが二次会とばかりに酒盛りを始めていた。
湯浴みを終え、ベッドに座る彼女は火照った体を冷ます為に窓を開け、街灯や家々の明かりに彩られたニューウェストの夜景を眺めていた。
そのとき――。
「――っ!?」
突如として窓の外から黒衣に包まれた腕がルーネの喉元を鷲掴みにすると、叫ぶ間もなく、彼女は夜の闇の中へ消え失せた……。
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