襲撃 ④

 果敢に立ち向かった二隻の護衛船はグレイウルフ号の一斉射撃によって炎上、あるいはマストをへし折られて航行不能に陥っていた。

 マーシア号も砲撃によって中央のメインマストが損傷し、足を失った商船に黒豹率いる荒くれたちが乗り込むと、船長が命乞いをした。


 積み荷は全て差し出すので、どうか乗員の命だけは助けて欲しいと。


 伝え聞いたウィンドラスがヘンリーに訴える。


「船長、あなたも人の子のはずだ。無闇に殺すこともないでしょう」


「残念だが依頼は乗員の皆殺しも含まれている。それともお前は、船を沈められた連中がサメの餌になる様を見たいってのか? それも一興だが」


「馬鹿な、誰がそんなおぞましいものなど!」


「じゃあここで一思いに始末してやるのも慈悲ってやつだ。殺れ」


 ヘンリーが親指を下に向けると、黒豹は敵の船長の頭にナイフを突き立てた。


 幾度も死線をくぐり抜けてきた猛者たちの動きは素早く、商船乗りが撃つ弾はあさっての方向に飛び交う。


 が、相手の中にも腕の立つ者も少なからずいた。

 護衛のために雇われた傭兵たちである。

 手馴れた傭兵たちは海賊を相手に奮戦していたが、徐々に数に押されていく。


 ヘンリー自身、マーシア号に飛び移ってカットラスで水夫を斬り伏せ、ピストルで頭を撃ち抜き、敵から奪った銛を投げつけて串刺しにした。


 頭上で鮮血の地獄絵図が描かれていく中、樽の中で足を抱えるルーネは自らの我儘を悔いた。

 物心ついたときから彼女は檻の中にいた。

 皇帝の娘として生を受けたというだけで絢爛豪華な宮殿から外にでることは叶わず、昼夜を問わず開かれる舞踏会に無理やり呼び出された。


 そこで見たくもない貴族の顔を笑顔で迎えねばならず、食べたくもない料理を食べねばならず、受けたくもないキスを手の甲に受けねばならなかった。


 何不自由のない生活の中で彼女が最も欲していたのは、他ならぬ自由であった。


 自由のない宮殿など牢獄に等しい。

 ただ窓の外を眺めるだけの日々など嫌だった。


 何度も抜けだそうと試みた。

 その度に衛兵に見つかっては部屋に戻され、扉に鍵をかけられてしまう。

 まるで囚人のように。


 転機が訪れたのは父である皇帝が崩御してからだった。

 あとを継ぐべき皇太子が産まれず、一人娘である彼女が次期女帝であると決定した為に宮殿での発言力は今まで以上に増した。

 そんな時、女帝となることが決まったからには成人と共に迎える戴冠式までに諸国へ挨拶に回った方がいいと、大公である叔父に勧められた。

 もちろん挨拶などは勅使を使えば済むことだが、外の世界への憧れが彼女を突き動かし、周囲の反対も押し切って、こうして半ばお忍びのような格好で他国を目指していた。


 その結果がこれだ。

 外の様子が分からぬ彼女は倒れていく水夫たちを想うと胸が痛み、このまま海賊たちに見つかって殺されたらと考えると身体が震えた。

 いつしか外の騒ぎは静まり、海賊たちが討たれたのかと淡い期待を寄せた彼女が聞き耳を立てると船倉の扉が開いて誰かが入ってきた。

 今に付き人の紳士が蓋を開けて、自分をここから出してくれるに違いない。

 などと願う彼女の耳に入ってきたのは、酒焼けした荒々しい男の声だった。


「おい見ろよ! こいつぁ、たまげたぜ! 箱いっぱいの銀だ! こっちは真珠だぜ!」


「金目のものだけじゃないぞ! 織物や香辛料まである! これを売り払えば大儲けだ!」


 聞こえてくるのはおよそこの船の水夫たちの言葉とも思えない声。

 頭の中が真っ白になりながらも、彼女はこの状況を理解した。


 海賊が勝った。


 では水夫たちはどうなったのか、自分はこれからどうなるのか、すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られたが、ここで出て行けば海賊に見つかって殺されてしまうかもしれない。

 その恐怖が彼女の身体を硬直させてしまった。


「こっちのでっかい樽は、酒かな?」


「何にしても全部運び出せとのお達しだ。どうせこの船はもう沈めちまうんだからな」


 不意に樽が持ち上げられ、彼女は樽の中で転がった。

 運ばれている。何処に? 答えは考えるまでもなかった。

 最悪だ。海賊船に連れ込まれたらそれこそ一巻の終わりだ。

 しかし彼女は動けない。ジッとしているより他になかった。


 彼女は必死で思考を巡らせる。

 先ほど海賊たちは略奪した品を売り払うと言っていた。

 売り払うには港に入らなければならない。

 港にさえ入ってしまえば、隙をみて逃げ出すことも出来るはずだ。

 と、彼女はあくまでも前向きに考えることにして、なすがままに運ばれていった。


 戦利品の搬入を見届けたヘンリーは船底に爆薬を仕掛けさせた。

 血で真っ赤に染まった甲板の上には死体が積み上げられ、海に落ちたものは群がった鮫の餌食となっている。

 グレイウルフの乗組員も何人か犠牲になった。

 手厚く葬る間も無いので死体の山の中に混じっている。

 やがて導火線を伝って爆薬に引火し、皇女を乗せていたマーシア号は真っ二つに裂けて海中へ没した……。


「嗚呼、神よ許し給え」


 十字を切るウィンドラスを無視したヘンリーは戦利品の目録を確認し、後のことを航海士にまかせて船長室へ篭った。


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