承
配信から廃人へ...
なぜ俺がこんな玩具と十年間遊び続けているか、俺がギターを弾き始めてから今に至るまでの話をしよう。
俺は高校三年生の冬の終わり頃、第一志望の大学に合格した。その自分へのご褒美として貯めた金で5万4千円のギターを買った。
大学に入ってからは、帰宅後は毎日ギターの練習をした。夜遅くまで練習して、隣のおばさんから近所迷惑だと怒られることもあった程夢中になっていた。
大学二年生に上がった頃、俺は偶然目にした弾き語りの動画を見て、俺も弾き語りをする動画を上げてみたいと思った。その時は金なんてどうでもよく、多くの人達に俺の弾き語りを聴いて欲しいと言う純粋な気持ちで動画投稿を始めた。
大学二年生の六月頃、俺は思い切って初めての弾き語り動画を投稿した。投稿から約2時間後、リスナーから初めての応援コメントを貰った。
「ゆうたか:チャンネル登録しました!これからも頑張ってください!」
俺はこのコメントを見て、俺の弾き語りを続けて欲しいと言う人がいたと思い、嬉しくなった。
「RiO:ありがとうございます。これからも頑張ります!」
初投稿の翌日、俺は投稿した動画の再生数を確かめたところ、再生数は初日で1万人を越えていた。俺は喜びのあまり、声を抑えられなかった。
それから、動画投稿を始めて2週間後、俺のチャンネルの登録者数は1万人を達成した。その後も再生回数は伸び続け、登録者数が増えるスピードも上がっていった。そして登録者は4ヶ月で10万人達成、1年で100万人を達成した。
俺はトップクラスの人気動画配信者になって、平均年収は10億を越え、動画だけで裕福な生活ができるくらいに余裕が出来た。余った金は、食ってみたかったものや、やってみたかった事に使った。それでもまだたくさん金が余ったから、残りは貯金した。
配信を始めて5年目のある日、アンチの一人にコメントを送られた。
「ジャン・ド・ロップ:お前の演奏下手くそなんだよ。才能ないから辞めろ。」
ジャン・ド・ロップ、あいつこそが今の俺の玩具だ。勿論、最初は奴を相手にはしなかった。有名になったら、アンチは必ずついてくるものだと分かっていた。だから、俺はあいつをこれまでのアンチのように無視してきた。
だが、あいつは他のアンチ以上にずっとしつこかった。あいつは一動画に平均約10件のアンチコメントを送ってきた。
半年経ってもアンチを辞める気配はなく、流石にしつこ過ぎると感じ、俺はブロックすることを考えた。そんなことを考えていると、奴からまたアンチコメントを送られた。
俺はすかさず、奴をブロックしようとした。しかし、そのコメントは普通のコメントではなかった。「この動画を見ろ」と言うコメントの後に、リンクが貼られていたんだ。俺は気になって、そのリンクをクリックした。
すると、奴が俺にもの申す動画を上げていた。ただ、馬鹿にしているだけで正論と言える言葉がなく、言語も滅茶苦茶だった。当然、評価は大半が低評価を占めていた。コメントも批判の嵐だ。
「A:親 の す ね 齧 り 虫」
「B:RiOさんに謝れ!」
「C:顔きったね」
コメントをある程度読んだら、ブロックしようと考えていた時、あるコメントが目に入った。
「SAITAMA700:演奏下手くそな癖に、人のこと叩いてんじゃねえよカス。」
このコメントを読んで、俺は興味半分で、奴の他の動画を観てみた。彼の言う通り、奴の演奏は音程もリズムもズレ過ぎて、原曲の跡形もない、壊滅的な演奏だった。
SAITAMA700は俺より先に奴のアンチになった人だ。ジャン・ド・ロップの動画には必ず、彼のアンチコメントが2、3件はあると言っていいくらいに奴を叩いている。
その時、俺の脳内に奴を叩くと言う選択肢が生まれた。奴に叩かれ続けた分、叩き返しても文句言えねえよな。ブロックするより、叩いた方が面白そうだしスッキリすることだろう。そう思い、俺を批判している奴の動画を叩いた。
「RiO:人を叩く暇があったら、演奏の腕を磨いたらどうなんですか?」
そのコメントをした約30分後、俺のコメントに返信が来た。
「SAITAMA700:RiOさん本人!?本人巡回済みだぞ!よかったな、ジャン!お前のアンチが増えるぞ!」
SAITAMAの「アンチが増える」というコメントを見て、俺をジャンのアンチとして必要としている気がした。それと同時に、かつてない強い刺激を求めるかのような欲望が沸き上がった。その結果、アンチをした方が楽しいかもしれないと言うことでアンチを始めた。
それからというもの、俺は動画投稿を辞め、毎日奴の動画を見るようになった。アンチを続けていくにつれ、段々と叩きかたも容赦がなくなり、コメントは敬語からタメ口、過激な口調へと変わっていき、二人称も「あなた」から「お前」に変わっていった。
さらに、日に日にコメントをする頻度も増えていき、アンチを始めてから一週間後には、二日に一回が一日に一回に増えた。それが次第に、一日三回、十回と、まるで、薬物乱用者が、麻薬を使用する量を増やすかのように増え続け、今となっては一日中奴に対する批判コメントを打ち続けている。
あの時ブロックしていれば、今もギター配信を続けている自分がいたかもしれない。だが、後悔はしていない。今や奴のアンチ軍の人気者なのだからな。おっと、また俺のコメントに返信が来たようだ。
「ゆうたか:あの、最後の配信から10年近く経ってますけど、もうギター配信はしないんですか?」
は?そんなこと知るか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます