今は無き思い出
「はぁ、今日も残業か... 」
俺は
ここ最近は、残業が続いている。長時間の仕事で疲れているため、駅前まで歩くのもきつい。残業代も出ないし、仕事がきつくて休日に楽しいことをする気も起きない。上司も糞な上司ばかりだし、一番仲が良かった同僚も去年の5月に退職した。十年以上続けているけどもう、こんな仕事辞めようかな。そして俺はいつものように疲れきった体で電車に乗りこんだ。
今の時代は俺達のような若者を苦しめる俺らの世代にとって糞のような時代だ。
老人は「最近の若者は〜」と言って俺らを見下す癖に、自分は横着な態度をとる。
無能な上司は俺らの些細な失敗を「これだからゆとりは〜」とゆとりのせいにする癖に、自分の都合が悪くなったらすぐキレて俺らのせいにする。政治家は俺らに税金を払わせておいて、その金で好き放題遊ぶ。俺らの金と苦労を返せ、糞上司に糞政治家。
糞なのは上の世代だけじゃないさ。今の小学生は「動画投稿を仕事にしたい」とかほざいて、自らネットのおもちゃになろうとする。また、オンラインゲームをやれば声を晒してイキり、本当の意味での大人にも対してナメた態度をとるクソガキがちらほらいる。マジで日本の将来が不安だ。
こんな糞みたいな上と下の世代に挟まれた、唯一まともな世代の俺らが苦労してプラスにしていっても、あいつらはすべてマイナスに変えやがるんだ。もうやだよ、こんな日本。
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「あの... 点ですよ」
「... ん?」
誰かが俺に声を掛けている。
「終点ですよ、起きてください。」
俺を起こしてくれていたようだ。その人は、スーツ姿にやつれた顔からして、俺と同じように夜遅く働かされている人のように見えた。
「どうも、すみません... ん、終点?」
しまった。今の日本に対する恨みつらみを考えているうちに、疲れで終点まで寝過ごしてしまっていた。俺は急いで係員に聞いた。
「××駅で降りるつもりだったんですけど、乗り過ごしてしまいまして...」
「大変申し訳ありませんが、本日××駅行きの電車は全て発車いたしました。」
「マジかよ... 」
戻るための終電までも逃してしまった。と言うか、ここどこだよ。マップで調べたけど自宅から数十キロ離れてるじゃねえか。もう歩く気力もないので、一万数千円を犠牲に、タクシーを利用することにした。
俺は残った気力で、家に帰りベッドに寝そべった。もう今日は帰る時間も遅くなった上に、金もすり減った。ああ、あの頃はまだ良かったよ。十年以上前に戻れたらいいのに。
俺は、ある超有名な動画配信者の動画を見ることが、唯一の楽しみだった。仕事の辛さも、俺の唯一の楽しみがそれらを忘れさせてくれた。ところが十年前から、彼の姿を見ることは無くなった。
彼の名は「RiO」。嘗て超有名だった、弾き語りギタリスト動画配信者だ。俺は、彼の動画配信を始めた時から、配信をしなくなってもしばらく経つまでずっと見続けていた程の熱狂的ファンである。
流石に配信をしなくなって半年たったら、見続けるのを諦めた。それでも、会社の愚痴をお互いに共有できる仲の良い同僚がいたため、一応仕事は続けていられた。
今頃、RiOはどうしているのかな。ふと気になって、スマホで「RiO 現在」と調べようとした。が、肝心のスマホがバッグに入っていた。今日はもうスマホをバッグから取り出す気力も残ってない。それに明日も早朝8時から仕事があるからな。こんな日々じゃ休日である日曜にしか調べる余裕がないな。
そして日曜、俺は連続6日分の仕事の疲れが取れきっていない体で、バッグからスマホを取り出した。スマホのスリープを解除すると、ホーム画面に「16:57」と時刻が表示されていた。よっぽど疲れが蓄積していたのだろう。ようやく彼の真実を知る時が来た。彼はネットで新しいチャンネルを作っていたのだろうか?それとも、芸能界にデビューしたのだろうか?いや、そんなはずはない。もしそうだったら、ネットのニュースに確実に載っているはずだ。超有名なんだから。
「RiO 現在」
真実を知っても、楽しみを取り戻せる訳じゃない。同僚が戻って来る訳でもないし、苦しみから解放される訳でもない。ただ、今すぐこの頭の中のもやもやを取り出したいんだ。俺は親指で、恐る恐る画面の「検索」に指を触れた。
しかし5秒後、画面には「RiO」の思いもしなかった真実が映されていた。余りの衝撃に俺は思いつく言葉を失いかけていた。
彼は配信を辞めてから、炎上系動画配信者「ジャン・ド・ロップ」のアンチになっていたそうだ。何かのデマじゃないだろうかと、ジャンの動画のコメント欄をチェックした。
そこには、ジャンの動画のコメント欄に、RiOと書かれた名前に本人と同じ画像のアイコンのアカウントによる大量のアンチコメントが、びっしりと画面を覆い尽くしていた。誰かのなりすましだろう?むしろ、そうであってくれ。そう願うばかりだった。
しかし非情なことに、そのコメントのアカウントをタップしたところ、全てRiO本人のページに移動した。最後の動画投稿から十年経っている。しかも無断転載ではない。チャンネル登録者も1000万人以上、間違い無く本人だ。
あの尊敬していたRiOがあんな姿に... だがこれは、RiOを復活させ、失われた十年間の楽しみを取り戻せるチャンスだ。最後の希望を胸に、俺は復活してほしいという純粋な気持ちを彼にコメントでぶつけた。
「ゆうたか:あの、最後の更新から10年近く経ってますけど、もうギター配信はしないんですか?」
RiOの事で頭がいっぱいになり過ぎていたのか、画面に広がっている彼のジャンへのヘイトを見続けている内に10時間も経っていた。月曜日も仕事があるんだ。今日はもう寝よう。でないと、遅刻してしまう。
そして目が冷めると、いつものように急いで仕事に出かける6日間が始まった。俺が投稿したコメントはどうなっているのだろうと気になって仕事帰りに、投稿したコメントを見てみた。
「な、なんだこれは...」
俺のコメントに無数の批判コメントが地獄絵図並にあふれていた。
「SAITAMA700:あぁ?RiOさんに文句あんのか?」
「RiO様最高:バカか、RiO様がジャンのアンチで忙しいことくらい察しろよ。」
アンチコメントならまだしも、中にはそれ以上に酷い内容のコメントもあった。
「一撃のクリムゾン:こいつの住所、本名、電話番号、所属している会社名全部特定したンゴ〜www ついでに拡散してやるンゴ〜www」
「A:おっ、有能じゃん」
「B:いいぞ、もっとやれ。」
何故なんだ... 俺はただ純粋に復活してほしいと思っただけなのに... 何故特定までされないといけないんだ!
次の日から、俺の携帯に迷惑電話が何件もかかってきた。通勤中もお構いなしだ。そのため携帯の電源を切るようにした。
「鷹谷、話しがある。」
「はい、何でしょうか。」
俺は、部長に呼び出された。
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