救いの血/5.5

 ──サインは知らない。この街を跋扈する者達の事を。

 今夜は特に月が赤い。それが不吉の象徴である事をこの街で知らぬ者はいない。

 誰もが家に立て篭もり、息を潜める。

 それが赤い月。そういう日には、人ならざる者が溢れかえる。

 そういった怪物を狩る事に長けた者達がいる。厄狩りとは別種でありながら、ただ怪物を狩る事においてのみ動きだす者達。

 赤い月が出る時、それは怪物の時間では無い。

 血の様な赤色は、月の器が怪物の血で満たされた証だ。


 この街において彼らは英雄であり、また処刑者でもあった。



 そんな特別な月である故に現れた者がここに一人。

 狂気に汚染された街を一望できる大柱の縁に立ち、眺めている。

 


 「また一人。街に病みが流れ込んできたな」


 建造物の上に一人、焦げ茶の外套を見て呟く。

 その人物は黒いボロ切れに黒いポークパイハット、街の暗さに完全に溶け込んでいる。帽子の下に覗く瞳は、焦げ茶を、その姿が完全に見えなくなるまで追い続けていた。


 「成る程、成る程。協会の女を追っている訳か。だが何やら特別な兆しを感じる……どうしたものか。しかし危険である事に変わりはない──」


 顎に手を当てしばし考え込むと、何も言わずに男は動き出した。焦げ茶の進んでいった方向、大昇降塔のある螺旋街の中心地に。


 その男は考えていた。かつて街全体を汚染するほどの事態にまで事が大きくなる事は無かった、この事態を起こしているのが怪物一匹では無いであろうという事、そして感じ取れるだけでも異常な数の怪物が跋扈している事。

 最早、怪物狩りなどと言っていられる様な事態では無い。

 

 「まるであの日の様だよ──グレゴリウス。堕ちた生命の樹、あらゆる狂気が蔓延した〈落樹の日〉のようだ」



 

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