トッピングは星砂糖

きし あきら

トッピングは星砂糖

 ――きょうもまちあついのでしょう。外へ出たらどこへ行こう。なにをしよう。わたしは、じっとして考えます。ここは、とてもひんやりしていて気もちがいいけれど……。――


 センタ・ニール通りにある<喫茶きっさフローラ>。ひろびろとしたテラス風のスペースと、六角形の屋根からかかる水のカーテンが評判ひょうばんのお店です。

 え、メニューはどう、ですって? もちろん、おすすめできますとも。食べものも飲みものも、季節によった楽しいものがそろっています。

 夏のさかりのいまならば、やはり雪氷菓子スノーフレークが、お客のいちばんの目当てでしょう。

 え、ご存じない? ふわふわにけずった氷に、シロップや果物をそえていただく、あれですよ。

 ――そもそも、わたしがここに来たのだって、よく冷えた氷に目をつけたからなのです。――

 フローラでは、さらに数種類のなかから、お好みの飾り糖トッピングを選ぶことができます。

 ええ、真珠糖アラザンやチョコチップのような、細かくて甘いのを、たっぷりかけてくれるので、学生たちにとても人気があるのですよ。

 ほら、いまも目のまえには少女がふたり。向かい合わせで雪氷菓子スノーフレークを食べています。


 「次の観測会はどうするの、ベクル」

 片方の少女がたずねました。――たしか、この子はトッピングに薄荷糖ミンツを選んでいました。――

 「行かない。夜はねむくなるから」

 ベクルと呼ばれた少女は答えながら、まだ半分ほど中身の残っているグラスをらします。――こちらのトッピングは星砂糖コンフェティです。――溶けはじめた雪氷こおりはますますやわらかくなって、底のほうへとしずみます。

 わたしはそれをじっと見ながら、だまっています。

 「アクル姉さんだけでも参加したらいいよ。それか、ガクルかデクルをさそえば」

 この言葉に、アクル姉さん、というらしき少女は、おおげさな、困った声を出しました。

 「あのふたり、まだこうなんだそうよ。九科目ぜんぶだもの」

 「わお。なんという妹たち」

 ベクルのなげきもおおげさに、ふたりは小さく笑いあって、それから、しばらく食器のれあう音がしていました。雪氷菓子スノーフレークようの、の長い、銀いろスプーンがグラスを鳴らす音です。

 「……だから、ねえ、行きましょうよ。夏期休暇なんだし、みんなも来るんだし」

 「みんなって?」

 「新聞部とか、天文部のひとたち」

 「ふうん。……でも、この前の月食だって、けっきょくられなかったんでしょう?」

 わたしは、だまって聞いています。観測に月食ですって。職業柄しょくぎょうがら、こういう話には、とてもかれるのです。

 「そうね、ひどくくもったから。日の出前から集まったんだけど、一時間もしないで解散だったの」

 「でしょう。アクル姉さんはいいよ、早起きも夜更かしもつらくないんだから」

 「あら、そんなわけないじゃない。私だって……」

 言いかけて、……おや、アクル姉さんは、なんだか恥ずかしそうですね。こういうのって気になります。

 「……あのね、ベクル。だれにも言わないでくれる?」

 「なあに……。もちろん、言わない」

 ベクルのスプーンがとまったので、わたしも身じろぎをやめました。

 「あのね、私、……記者長アルキバさそわれているの」

 「ああ。観測会に、ってことね?」

 「それもだけど、もっと別の……もう、わかってるって顔してるわ」

 まあまあ、なんとも甘酸っぱい。ベクルは面白そうに笑って――姉さんのデリケートな話をからかうなんて、困った妹ですね。――すぐに、ささやきをつくります。

 「いつの間に会ったの? 休暇中なのに」

 「ちがうわ、手紙でよ。今朝、配達鳥ウイングが届けにきたの」

 あわてたらしい姉さんは、すぐにかばんかなにかを開く音を立てて、それから紙を広げる音もさせました。もしかしたら、話題のラブレターかもしれません。念のために言うと、わたしは職業柄、こういった相談も大の得意です。

 「そっちの大きいのは?」

 おや、まあ。ええと。よく見えませんが、ベクルが口にしたのは、ほかのもののことですね。

 「学生新聞ね。特別号なんですって。この辺りの生徒たちに配っているんですって」

「ふうん。休暇中でも書いちゃうなんて、新聞部ってやっぱり変だよね。読んでもいい?」

「いいけど……。雪氷菓子スノーフレーク、溶けちゃうわよ」

 やさしい姉さんの言う通りです。ふわふわに盛られていた氷雪こおりは水をふくんで、ほとんどシャーベットになってしまっています。このベクルという子は、聞くかぎり、うんと軽やかで、マイペースで、それから……、

「そのほうが好きなの。沈んだ氷雪こおりのなかから星砂糖コンフェティをすくうのが、宝さがしみたいで」

 ロマンチストでもあるようです! 美味しく食べるだけではなくて、宝さがしだなんて。ちょっぴり見直しました。

「どれどれ。……“長期休暇中にも関わらず、お目通し感謝。”……」

 読みあげているのは新聞でしょう。学生がつくったものですから、美味しいものや、でかけた場所や、そうそう、終わらない補講の対策なんかも書いてあるかもしれません。

 わたしは、すっかり冷えたからだで、あくびをひとつして、ベクルの声に聞き入りました。

 「“せいしょくんへ速報”……”連日の暑さにたまりかねた星たちが、ついに天からふきこぼれたか”?」

 ええ…………なんですって?

 「なあに、これ。……“昼夜問わず街を徘徊はいかいし、多数の目撃情報、”……ふふ、だれの記事?」

 ええ、ええ。だれが書いたのでしょう?

 「休暇中はね、ぜんぶ記者長アルキバが書いているのよ」

 記者長アルキバ! さすがは姉さんの恋のお相手です。こんな秘密を知っているなんて。

 「そう、ふふふ。星だって煮えすぎたらこぼれるのねえ」

 愛らしいベクルの笑い声を聞きながら、ある考えが浮かびました。とても素敵なことですよ。ああ、わたしってやっぱり、根っからの<星>ですね!

 ふたりに聞こえないように、そっと息を飲みました。胸がことこと鳴りました。

 「そうよね。私でも、夏は涼しいところにいきたいもの。こんなふうに、冷房クーラーの効いた喫茶店だとか」

 ええ、ええ。姉さん、いいですね。ほかにも噴水ふんすいのなかだとか、風通しのいい屋根の裏だとか。そういうところが、<わたしたち>は好きなのです。

 「私なら、いっそ、製氷機のなかでもいいな」

 まったく同感ですよ、ベクル! 思わず声をあげそうになりました。さあ、もう、すぐにでも、ここから出なければなりません。

 「“この記事は取材中のものであり、思いあたることがありましたら、どんなさいなことでも構いません、新聞部までご一報ください。”……だって」

 わたしは身を浮かせて、シャーベットになった雪氷こおりをゆっくり押しあげます。そこへ、ベクルがちょうどスプーンを差しこんだのでしょう。冷たい銀のに引っかかって、外へと持ちあげられました。

「見てよ、姉さん。変わった星砂糖コンフェティが入ってる」

 そう言って、少女がんだ水いろの目でわたしを見つめています。同じいろの目でのぞきこんだ姉さんは、かしこそうな顔をおどろきでいっぱいにしました。

「これ、星砂糖コンフェティじゃないわ。信じられない。これって……」

 ベクルもようやく気がつきます。わたしがちょっと光ってみせると、ふたりのほほは、きらきらしました。<星>のひかりはいつでも、ひとつの祈りをあらわしています。

「ええと、姉さん、……連絡、記者長アルキバに……」

 これでいいでしょう。わたしは飛ぶために、とまったままの銀のスプーンをりました。リインとひびいた高い音が、お店じゅうをふるわせます。

 ごきげんよう。可愛いベクル。やさしい姉さん。あなたたちの夢と恋とに、幸あらんことを!


 ――<フローラ>の水のカーテンをくぐったわたしは、ひとつ教えそびれたことに気がつきました。特にベクル。製氷機でのんびりしてしまうと、星砂糖コンフェティといっしょくたにされて、雪氷菓子スノーフレークの底で、じっとしていなければならなくなるのですよ。わたしみたいにね。……――

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