エピローグ
時は流れて、10月――
暑かった夏も過ぎ去り、季節はすっかり秋になっていた。今日は、例の番組が放送される日だ。
明日は急な依頼でもない限り休みなので、明日香さんの事務所で、一緒にテレビを見ることにした。
「明日香さん、始まりましたよ」
午後7時、番組が始まった。
明日香さんは、コーヒーを入れている。事務所の中に、コーヒーのいい香りが漂ってきた――とはいっても、安物のインスタントコーヒーだけど。
「お待たせ」
と、明日香さんが、僕の前にコーヒーカップを置いた。
「ありがとうございます」
僕は、コーヒーを一口飲んで、コンビニで買ってきたサンドイッチを食べた。
「明日菜ちゃんは、二人目だって言っていましたよね?」
「そうね」
スタジオでの収録後に、明日菜ちゃんが言っていた。
明日菜ちゃんに、スタジオでの他の出演者の反応を聞いてみたところ、どうも微妙な反応だったようだ。
どういうふうに微妙だったのかは、分からないけど。ただ、一ヶ所だけ盛り上がった場面があったそうだ。
「あれから、もう2ヶ月ですか」
と、僕は呟いた。
「鞘師警部に聞いた話では、小鳥遊さんは素直に供述していたそうよ」
と、明日香さんが、コーヒーを一口飲んで言った。
小鳥遊さんは、あの後、地元の警察署に逮捕されて、取り調べを受けている。
森高さんと本多さんは、二人で東京に出てきたようだ。二人の関係については、僕たちがどうこう言うことではない。
ちなみに、本多さんの借金がどうなったのかは、分からない。
高田さんは、地元に残っているみたいだ。
そして毒島は、東京で逮捕された。結局、毒島は、今回の事件には何も関係がなかったというわけだ。
そうそう、もう一人忘れていた。槙野政夫さんから連絡があり、小鳥遊さんが逮捕されたことに、かなりショックを受けていた。
「しかし、新庄さんは、どうして小鳥遊さんを呼んだんでしょうね」
と、僕は素朴な疑問を口にした。
「さあ、それは新庄さん本人にしか分からないわ。結局、どうして私たちを呼んだのかも聞けなかったしね」
「新庄さんは、何かが起こるという予感でも、あったんでしょうかね?」
「そうかもしれないわね」
新庄さんは、小鳥遊さんを呼んだ時点で、何かが起こるかもしれないと思って、ボディーガードのつもりで僕たちを呼んだのだろうか?
それとも、森高さんを見せつけたかっただけなのか――
もしも前者なら、僕たちは依頼を果たせなかったことになる……。
ちなみに、前金でもらっていた依頼料は、新庄さんの遺族に返そうとしたのだけど、『わざわざ、あんな山の中まで来ていただいて、ご迷惑をおかけしたので、そのまま受け取ってください』と言われた。
そう言われると、こちらとしても裕福というわけでもないので(明日香さんの実家は、超裕福だけど)、お礼を言って受け取った。
「明日菜の部分って、まともに放送できるのかしら?」
と、明日香さんが呟いた。
実は、明日菜ちゃんの撮影した映像は、証拠品として警察に提供している。返してもらったみたいだけど、事件に関する部分は、絶対にテレビに流さないように警察に言われているようだ。
なので、あんまり使える部分がないと思うのだ。そういうことでの、微妙な反応だったのだろう……。
そして、一人目の海外旅行の映像が終わった。
「いきなり海外旅行なんて、次の明日菜ちゃんには不利じゃないですか?」
海外旅行と比べたら、あの別荘なんて――いや、新庄さんに失礼か。
あの別荘だって、立派な別荘だ。
――しかし、海外旅行か……。
「続いては、モデルのアスナちゃんです」
と、番組アシスタントの女性アナウンサーが、明日菜ちゃんを紹介している。
そして、明日菜ちゃんの撮影した映像が流れ始めた――
案の定、事件に関する部分が使えないため、スタジオはあまり盛り上がっていないようだ。
「全然、面白くないわね」
と、明日香さんが言った。
「そうですね……」
まあ、確かに、あの事件を除けば、何もなかったからな。
何か、ハプニングでもあったら、よかったんだけど。
このとき、僕は忘れていたのだ。最大のハプニングが、僕に起こっていたことを――
明日菜ちゃんの映像が、別荘の部屋のシーンに切り替わった。
「うん?」
これは、僕の部屋と明日香さんたちの部屋を繋ぐ扉じゃないか?
そして、明日菜ちゃんが扉を開けて、隣の部屋に入った。
そして、明日菜ちゃんのカメラが横を向くと――
明日菜ちゃんの悲鳴とともに映し出されていたのは、全裸の男だった。
その瞬間、テレビ画面の隅っこに小さく映っている、この映像を見ているスタジオの出演者たちが、『なんだ、今のは!?』とか、『誰だ、あの男は?』とか、大騒ぎを始めた。
映像は一瞬だったが、間違いなく僕だった。もちろん、顔と大事なところは、ぼかしてあったけれど……。
明日菜ちゃんの映像は、そのまま流れ続け、終了すると、スタジオでは全裸の男についての話題で持ちきりだった。
『あの男は、まさかアスナちゃんの彼氏ですか?』
と、ゲストの芸人が聞いている。
『違いますよぉ』
と、明日菜ちゃんは、笑っている。
そうだ、僕は明日菜ちゃんの彼氏などではない。
『彼氏は彼氏でも――お姉ちゃんの、彼氏です』
そうそう。
僕は、明日香さんの彼氏である――って、えぇ!? ちょっと、明日菜ちゃん。
何を言ってるの!?
そして番組は、CMに入った。
ふと、明日香さんの方を見ると、明日香さんは顔を赤くしていた。ぼかしてあったとはいえ、あんな映像を見せられて、恥ずかしかったのだろう……。
「明宏君……」
「はい?」
「ど、どうして、私が、明宏君の彼女なのよ?」
明日香さんは、何故か顔をさらに赤くしていた。
「僕に、聞かれても……」
明日菜ちゃんが、勝手に言っただけだ。
――本当に、そうなれば嬉しいけど。
明日香さんは携帯電話を取り出して、電話を掛け始めた。
「ちょっと、明日菜! テレビで、変なこと言わないでよ!」
CMが終わると、次の女優さんの映像が流れ始めていた――
探偵、桜井明日香6 わたなべ @watanabe1028
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