第17話

「犯人は――高梨さん、あなたです」

 と、明日香さんは、高梨さんを指差した。

 この場にいた者全員(事前に話を聞いていた、僕と明日菜ちゃん以外)が、驚いて高梨さんの方を見た。高梨さんは、特に表情を変えなかった。

「急に、何を言い出すんですか探偵さん。どうして、俺が殺さなきゃいけないんですか? そもそも、俺は右利きですよ」

 と、高梨さんが静かに否定した。

「そうですか――皆さん、この映像を見てください」

 明日香さんは、ビデオの再生ボタンを押した。


「あれ? これは、僕ですか?」

 と、僕は言った。

「これは、明宏君が、エレベーターのボタンを押すところです。皆さん、明宏君が、どちらの手でボタンを押すか見ていてください」

 映像の中の僕は、左手でエレベーターのボタンを押していた。

「それでは次に、こちらの映像を見てください。こちらも、どちらの手でボタンを押すか見ていてください」

 次に流れた映像は、本多さんと高梨さんが、森高さんを支えながら、エレベーターに乗る場面だった。

 エレベーターのボタンを押そうとする高田さんを制して、高梨さんが森高さんの左肩を支えながら、右手を伸ばしてボタンを押していた。

「皆さん、どうですか?」

「坂井様は左手で、高梨様は右手で、それぞれ押されていましたが」

 と、本多さんが言った。

「坂井さんは左利きで、高梨さんは右利きということでしょうか?」

 と、森高さんが言った。

「それが、なんだっていうんですか? 俺は、右利きだから右手で押しただけですよ!」

 と、高梨さんは、早口で捲し立てた。

「明宏君、あなたの利き手はどっち?」

 と、明日香さんが聞いた。

「右利きです」

「それじゃあ、どうして左手でエレベーターのボタンを押したの?」

「それは、エレベーターのボタンが左側にあったからです。エレベーターのボタンを押すくらい、利き手じゃなくても簡単に押せますからね」

 ただ人差し指で軽く押すだけだ、そんなこと右手だろうが左手だろうが、どちらでも簡単にできる。

「そうなんです。エレベーターのボタンを押すくらい、利き手じゃなくてもできるんです。高梨さん、それなのにどうして、わざわざ森高さんを支えているあの体勢から、無理に右手を伸ばしてボタンを押したんですか? しかも、ボタンを押そうとした、高田さんを制してまで」

 と、明日香さんは、鋭く高梨さんに問い掛けた。

「そ、それは……。俺は、いつも右手で押しているから、その癖で――」

 と、高梨さんは言ったが、先ほどの勢いはない。

「それでは、こちらの映像を見てください」

 明日香さんは、別の映像を再生した。


 その映像は、明日菜ちゃんが、こっそりと撮った映像で、高梨さんが一人でエレベーターの方に向かって歩いていた。

 そして高梨さんは、でエレベーターのボタンを押した。

「この映像は、明日菜が、一人でエレベーターに乗ろうとする高梨さんを撮影したものです。このとき高梨さんは、左手でボタンを押しています。つまり、普段から右手で押しているというのは嘘です。高梨さんは、明日菜に撮影されていることに気付いていなかったので、左手で押したのでしょう。しかし、右手で押した映像では、撮影されていることを分かっていました。高梨さんは、犯人が左利きということで、自分は右利きだと思わせる為に、わざわざ右手でボタンを押したんです。今思えば、夕食のときに撮影されるのを嫌がったのも、何か証拠になるようなことを撮られるかもしれないと思ったからでしょう」

 それで高梨さんは、会社的にまずいというようなことを言っていたのか。

 高梨さんは、右利きの人が左手でやってもおかしくないことを(むしろ、左手でやるのが自然なことを)、わざわざ右手でやったせいで、明日香さんに疑われることになってしまったのだ。

「そのときは、たまたま左手で押しただけだ!」

 と、高梨さんは否定した。

「そうですか――」

 と、明日香さんは言うと、ポケットに手を入れて、突然ポケットから取り出したものを高梨さんに向かって投げつけた。


「うわっ!」

 高梨さんは、それを右手だけでキャッチした。

「テ、テニスボール? 突然、何をするんですか!? 危ないじゃないですか!」

「普通、急に何か飛んできたら、避けるか、もしくは咄嗟に利き手が出るか。捕るにしても、両手で捕りにいくと思うんですよ」

「だから、なんだって言うんだ?」

「それで、たまたまテニスボールがあったので、試しに投げてみたんです。高梨さんの、利き手が分かるかと思って」

「でも、咄嗟に右手で捕ったということは、高梨さんは右利きということですか?」

 と、森高さんが言った。

 確かに、明日香さんの理論でいけば、そういうことになるが――

「そ、そうだ! 俺は右利きだから、咄嗟に右手で捕ったんだ」

 と、高梨さんは言った。

「あれ? 聞いていませんでしたか? 私は、捕るんだったら、両手だろうって言ったんですよ。まあ、野球のグローブでもしていれば別ですけどね」

 と、明日香さんは言った。

 その言葉に、高梨さんの表情が変わった。

「実は、私の知り合いに、高校野球に詳しい人がいるんです。私たちと高梨さんの乗っていた列車に、その方も乗っていたんです。珍しい名字の、元高校球児が乗っていると、その方は言っていました。その元高校球児は、左利きの一塁手だそうです。高梨さんの映像を携帯電話で写真を撮って、その方に送って確認してもらいました。間違いなく、あなただと連絡がきました。明宏君、左利きの一塁手って、右手にグローブをはめていて、一塁に送られてくる送球を右手のグローブで受け取るのよね?」

「はい」

「高梨さん、あなたはそのときの癖で、咄嗟に右手でボールを受けた――違いますか?」

「…………」

 高梨さんは、黙っている。

「ちょっと、待ってください。さっき、珍しい名字って言いましたけど、高梨って、別に珍しくもないんじゃないですか?」

 と、高田さんが言った。

「そうですね。確かに、音だけを聞くと、普通の名字です」

「どういう意味ですか?」

「高田さん、って、どういう漢字だと思いますか?」

「えっ? どういう漢字って――高い低いの高に、果物の梨でしょう? 他に、ありますか?」

 まあ、普通に考えたら、そうだろう。僕も、そう思っていた。

「確かに、誰でもそう思うでしょう。実際、私もそう思っていました」

「違うんですか?」

「ヒントは、二つ。まずは、新庄さんが言っていた『自分の名前と一緒で、遊び呆けている』です。実際に、高梨さんが遊び呆けていたかは、分かりませんけど。そしてもう一つは、バードエレベーターです。これが気になって、私の知り合いの警察官に調べてもらいました。高梨さん、バードエレベーターは、あなたのお父さんの会社ですね? バードとは、名字から取った会社名ですね?」

「どういう意味ですか? 遊び呆けているに、高梨からバードって?」

 と、森高さんが言った。

「それは――『たかなし』という名字に、遊ぶという漢字と鳥という漢字が入っているからです」

「そうか! 小鳥が遊ぶ――ですね」

 と、本多さんが言った。

「そうです。小鳥が遊ぶと書いて、と読むんです」

「招待状は、社長が自ら送っていたので、私も気が付きませんでした」

 さらに明日香さんは、話を続ける。

「小鳥遊さん。あなたは、深夜みんなが寝静まった頃に部屋から出て、一度エレベーターで地下に下りて、キッチンの階段で新庄さんの部屋に向かったんです。そして、キッチンから持ってきた包丁で新庄さんを殺害した。その後、二階に上がって、誰かが隠れていたように工作をして、自分の部屋に戻ったんです。実は、夜中に明宏君が間違えて、小鳥遊さんの部屋に入っているんです。そのとき、ベッドに小鳥遊さんの姿はなく、トイレかお風呂の電気がついていたようです。お風呂で、返り血を洗い流していたんじゃないですか?」

「ちょっと、待ってください。黙って聞いていれば、失礼なことを言いますね。確かに、俺の名字はその漢字で合っていますよ。別に、隠していたわけではないし、親の会社のことだって、新庄が殺されたこととは関係ない! それと、夜中にシャワーを浴びていたのは、汗をかいて気持ち悪かったからだ。だいたい、俺はキッチンの階段のことなんて知らないし、新庄を殺す動機がない!」

 と、小鳥遊さんは、強い口調で否定をした。

「小鳥遊さん。私は、知り合いの警察官に調べてもらったんです。当然、動機になりそうなことも調べてもらいました」


「小鳥遊さん、あなたのご両親はエレベーター会社を経営されていましたね。そして、この別荘のエレベーターも、小鳥遊さんのご両親の会社で設置したものです。その関係で、調理場の階段のこともご両親に聞いて知っていたんでしょう。小鳥遊さんのご両親は、新庄さんのお父さんの会社が施工する物件のエレベーターを、一手に引き受けていました。ところが、ある日、当然に契約を打ち切られた。その後小鳥遊さんのご両親の会社は、経営が急激に悪化して倒産した。そして、小鳥遊さんのお父さんは自殺をした――お母さんも、後を追うように病気で亡くなった。小鳥遊さん、あなたの動機は、ご両親の復讐――そうですね?」

「――そうか。そこまで分かっているなら、隠しても仕方がないな。まさか、この場に探偵が来るとはな。ついてないな。ああ、そうだよ。新庄を殺したのは、俺だよ」

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