第14話
「明日香さん。やっぱり、毒島が犯人なんじゃないですか?」
と、僕は改めて言った。
「違うと思うわ。だって、毒島は右利きよ」
「どうして、分かるんですか?」
「森高さんが、言っていたじゃない。毒島が、左腕に新庄さんの腕時計を巻いたってね」
「あっ!」
確かに、そんなことを言っていた。
「それと、二階の部屋だけど。あれは、誰かの工作だと思うわ」
「工作ですか?」
「ええ、そうよ。誰かが、眠っていたように見せ掛けてあったけど、シーツに一つもシワがなかったわ。誰も、眠っていなかったという証拠よ。おそらく犯人が、誰か別の人間が隠れていると、思わせるためにね」
「ということは、今、別荘にいる誰かが犯人ということですよね? どこから、調べますか?」
と、僕は聞いた。
明日香さんは、少しの間考えていたが、「――秘密の抜け穴」と、呟いた。
「えっ?」
僕は、聞き間違いかと思ったが――
「秘密の抜け穴よ」
と、明日香さんは再び言った。
「秘密の抜け穴が、どうかしたんですか?」
「明宏君。昨日の夕食のときのことだけど、覚えてる?」
「夕食のときのことですか? もちろん、覚えていますよ。あんなに美味しいステーキは、生まれて初めて食べました。僕の給料じゃあ、あんなに高い肉は、とても買えません」
と、僕は、ため息をついた。こんなときに不謹慎だけど、また食べたくなってきた。
「安月給で、悪かったわね。そうじゃなくて、新庄さんのことよ」
「新庄さんですか?」
新庄さんといえば、確か夕食の時間は、自分の部屋で仕事をしていて、食堂にはいなかったはず――
「あっ! そういえば、いつの間にか新庄さんが食堂にいたんですよね。新庄さんが食堂に入ってきたことに、全然気が付かなかったです」
「そうなのよ。私も、全然気が付かなかったわ」
「私も、気が付かなかったなぁ」
と、明日菜ちゃんも言った。
「みんな知らないと言っていたけど、本当に秘密の抜け穴みたいなものが、あるのかもしれないわ。新庄さんの部屋と地下を繋ぐ、秘密の抜け穴がね。ちょっと、調理場の方を調べてみましょうか」
それは、意外にも、すぐに見付かった。
「このドアは、なんでしょうか?」
と、僕は言った。
調理場の右端に、ドアがあった。
「裏口かな?」
と、明日菜ちゃんが言った。
「明日菜ちゃん。ここは地下だよ」
「あっ、そうか」
と、言いながら、明日菜ちゃんがドアを開けた。
ドアの向こうには、広大な地下帝国が広がっていた――なんていうことはなく、階段があった。その階段は、上へと繋がっていた。
「明宏君。上がってみましょう」
と、明日香さんが言った。
「はい。でも、暗いですね」
食堂の明かりが入って、手前の方は見えるけど、上の方はほとんど見えない。
僕は、携帯電話の明かりを頼りに、ゆっくりと階段を上がり始めた。
階段を上がっていくと、途中にドアがあった。階段は、まだ上に続いている。
このドアは、引き戸かな?
「明日香さん、ドアがあります。開けてみますね」
僕は、ドアを開けた――
何だ、これは?
僕の目の前には、洋服が掛かっていた。
まさか――
クローゼットの中か?
僕は、洋服の向こう側を押してみた。
「あ、開いた」
僕は、クローゼットから出た。
「なんか、寒いですね」
夏とはいえ、冷房が、ききすぎだな。
「ここは――」
「新庄さんの部屋ね」
と、僕に続いて部屋に入ってきた明日香さんが言った。
「驚きました。どうして、こんな通路を作ったんでしょうね?」
「それは、新庄さんに聞いてみないと分からないけれど、わざわざエレベーターまで行かなくても食堂に行けるとか、そんなところかしら」
「階段は、さらに上に続いていましたけど、犯人は調理場からこの階段で新庄さんの部屋に入って、新庄さんを殺害。そして階段で上に上がって、204号室に誰かいたように工作をしたということでしょうか」
「明宏君にしては、上出来ね。私も、同じ考えよ」
「でも、誰でしょうか? 本多さん、森高さん、高田さん、高梨さん――」
この四人の中に、犯人がいるということか……。
「ねえ、お姉ちゃん。この部屋、ちょっと寒すぎるよ」
と、明日菜ちゃんが言った。
「そうね。出ましょうか」
僕たちは、廊下に出ると、預かっていたスペアキーで鍵を掛けた。
そして、明日香さんたちの部屋で、明日菜ちゃんの撮影した映像を見てみることにした。
「明日香さん。何か、分かりましたか?」
と、僕は聞いた。
明日香さんは、早送りで映像を確認しながら、時々巻き戻したり停止したりして、映像を確認している。
「…………」
明日香さんは、無言で映像を見続けている。
「明宏さん。私、もう一度トイレに行ってくる。さっきまで寒いところにいたから、行きたくなってきちゃった」
と、明日菜ちゃんは言うと、トイレに入っていった。
わざわざ、そんな報告してくれなくても、いいんだけど。
ちなみに明日菜ちゃんは、部屋に戻ってすぐに一度トイレに行っている。
そういえば、夜中に間違えてこの部屋に入ったとき(あくまでも、間違えてだ)、明日香さんと明日菜ちゃんは二人ともトイレに入っていたっけ――
うん? いや、待てよ……。いくら姉妹だからといって、二人一緒にトイレに入るか?
「明宏君。この映像は?」
それじゃあ、やっぱりトイレじゃなくて、風呂場の電気だったのかな?
「明宏君。ちょっと、聞いてる?」
いや――でも、あんな時間に、シャワーを浴びるか?
やっぱり、夢だったのかな?
「明宏君!」
「は、はい!」
「何を、ボーッとしているのよ? さっきから、何度も呼んでいるのに」
「す、すみません。ちょっと、考え事を――」
「もうっ、しっかりしてよね。この、映像なんだけど」
「ああ、これは。森高さんを、本多さんと高梨さんが支えながら、エレベーターに乗るところですね。この映像が、どうかしたんですか?」
このとき明日香さんは、少し遅れてエレベーターのところに来たんだっけ。
「何か、違和感を感じるのよね」
と、明日香さんは呟いた。
「なになに? 違和感が、どうかしたの?」
明日菜ちゃんが、トイレから戻ってきた。
「違和感ですか?」
僕は、改めて映像を見てみた。
森高さんを、本多さんが右側から支え、高梨さんが左側から支えている。
そのままエレベーターまで歩いて行って、エレベーターのボタンを押そうとした高田さんを制して、高梨さんが森高さんを支えたまま右手を伸ばして、エレベーターのボタンを押しているところだ。
特に、違和感はないような、あるような――
「明日菜、あなた何回トイレに行くのよ」
「別に、いいじゃない。あっ、でもファンの人には、言わないでね。アイドルは、トイレに行かないんだから」
「言わないわよ。だいたい、あなたはアイドルじゃなくてモデルでしょう」
と、明日香さんは呆れている。
「そういえば、夜中にもトイレに行っていたよね」
と、僕は何気なく言ってしまった。
「夜中?」
と、明日香さんが、パッと僕の方を振り向いた。
しまった! 話の流れで、ついつい自白してしまった。
「私は、行ってないけど……」
と、明日菜ちゃんは、困惑している。
「私も、行ってないわよ。明宏君! どうして、そう思ったの?」
「えっと……。そ、それは――」
ま、まずい……。
「明宏さん、まさか……」
「い、いや……。トイレじゃなくて、お風呂だった――かな?」
僕は、冷房のきいた部屋にいるのに、汗が出てきた。
「かな? じゃないわよ! 明宏君、ドアを開けたのね!」
「ご、ごめんなさい! あ、あの……。寝ぼけていて、間違って入っちゃったんです。でも、トイレか風呂場か分からないけど、明かりが漏れていたので、すぐに戻りました!」
僕は、必死に土下座した。
「明宏さん。そんなに、お姉ちゃんの寝顔が見たかったの? そう言ってくれれば、盗撮しといたのに」
と、明日菜ちゃんが、寂しそうに言った。
いやいや、明日菜ちゃん。それは、駄目でしょう……。
「明宏君。部屋の中まで入ったの?」
「入りました」
「明宏君が入ってこれないように、ドアの前にイスを置いていたんだけど」
「えっ? イスですか?」
そんなもの、あったかな?
っていうか、僕が入ってくることを想定していたということか……。
「朝起きたときは、イスはそのままだったわよ。ねえ、明日菜」
「うん」
と、明日菜ちゃんは頷いた。
「そ、それじゃあ、やっぱり夢だったんだ!」
余計なことを、言わなきゃよかった。これじゃあ、怒られ損だ。
そこへ、プルルと内線電話が鳴った。
「もしもし?」
と、明日菜ちゃんが、受話器を取った。
「はーい、分かりました。明宏さんもここにいるんで、三人で行きます」
明日菜ちゃんは、電話を切った。
「お姉ちゃん。森高さんが、お昼ご飯の準備ができたって」
「もう、そんな時間ね」
朝食が遅かったこともあって、もう2時近い。僕たちは、地下の食堂へ向かった。
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