第13話

優子ゆうこ、結婚おめでとう!」

 と、私は言った。

「ありがとう。でも、恵里菜。結婚じゃなくて、まだ婚約よ」

 と、優子は笑った。

「恵里菜、あれほど婚約記念パーティーだって言ったでしょう」

 と、香織かおりが言った。

「そうだったっけ? まあ、でも同じようなことでしょう? どうせ、結婚するんだから」

 と、私は笑った。

「まあ、確かにそうだけど」

 と、香織も笑った。

 私は、高校時代からの友人の優子の婚約記念パーティーに、同じく高校時代からの友人の香織と来ていた。

「でも、パーティーなんて、そんな大げさな言い方をしなくてもいいんじゃないの? 三人だけなんだから」

 と、優子が言った。

「そんな細かいこと、気にしなくてもいいの。私たち、高校時代からの親友でしょ」

 と、香織が言った。

「でも、このレストランって、なんか高級そうじゃない? 大丈夫なの?」

 と、私はレストランの中を見回しながら言った。

 レストランの中には、ピアノ演奏などが流れている。などというのは、私にはピアノだか何なのか、正直よく分からないからである。

 他のお客さんたちは、みんな正装していて、私たちだけ浮いているような気がする。

 もちろん私も、自分が持っている服の中で、一番いい服を着て来たのだが……。

「なんで、恵里菜がそんな心配しているのよ。優子が言うんだったら、分かるけど」

 と、香織は、ワインを飲みながら言った。香織は、普段飲まないワインを飲んで、ご機嫌なようだ。

 しかし、そうはいっても、私もお金を払うわけだし。

 ちなみに、このレストランを予約したのは、香織である。私たち三人の中では、いつも香織がリーダー的な存在だった。

 私たちの中では、香織が一番最初に結婚すると思っていたけれど、一番地味だった優子が、最初に結婚(まだ、婚約だけど)するとは思わなかった。


 そんなときだった――

 二人連れの男性が店員に案内されて、私たちの隣の席にやって来た。

「どうして私が、こんな安っぽい店で食事をしなきゃいけないんだ?」

 と、一人の男性が、文句を言っている。

「まあまあ、たまにはいいだろう? この店の、味は確かだぜ」

 と、もう一人の男性が言った。

 どうやら、この男性が、文句を言っている男性を、このレストランに連れて来たようだ。

 しかし、こんな高級そうなレストランに対して、安っぽい店とは――

 普段、どんなところで食事をしているんだろうか? よっぽど、お金持ちなんだろうか?

 二人の男性は、見たところ30歳くらいだろうか? 着ているスーツは、文句を言っている男性は、とても高級そうだけど、連れて来た男性の方は、そうでもなさそうだ。

「相変わらず、いい時計をしているな」

 と、連れて来た男性が、もう一人の男性の左腕から腕時計を強引に外すと、自分の左腕に巻いた。

「やめろよ」

「まあ、いいじゃないか新庄。もっといい時計を、持っているんだろう?」

「ちょっと恵里菜、何をじろじろ見ているのよ? 恵里菜って、ああいうのがタイプなの?」

 と、私の視線に気が付いた、優子が聞いた。

「えっ? 違うわよ。そんな理由で、見ていたんじゃないわよ」

 と、私は慌てて否定した。

「じゃあ、どうして、ジーっと見ていたのよ?」

「それは……」

『お金持ちそうだなぁ』なんて思ってと言うのも、なんか恥ずかしい。

「なになに、恵里菜が隣の席の男性が好きだって?」

 と、香織が言い出した。

「そんなこと、言っていないわよ。香織、あなた酔っぱらっているでしょう?」

「私に、任せなさい!」

 と、香織は言うと、グラスに残っていたワインを、一気に飲み干した。

「ちょっと、香織。任せなさいって――」

 香織はフラフラとした足取りで、男性たちの方へ近付いていった。

「ねえ、お兄さんたち」

「――何ですか?」

 男性たちは、急に見ず知らずの女性に話し掛けられて、困惑している。

「よかったら、私たちと一緒に飲みませんか?」

「私たち?」

 男性たちが、私たちのテーブルの方を見た。

 私と、彼の視線が合った――


「これが、私と尚輝さんの出会いです」

 と、森高さんは言った。

「偶然、二人が同じレストランに居合わせたわけですね」

 と、僕は言った。

「はい。私がレストランに行ったのは、香織が予約したという偶然。そして、尚輝さんがレストランに行ったのは、さんが連れて来た偶然です」

「どくしま? 変わった名前ですね」

「はい。私も、変わった名字があるんだなって、びっくりしました」

「――森高さん。もしかして、『どくしま』じゃなくて、『ぶすじま』じゃないですか?」

 と、明日香さんが言った。

「えっ?」

「毒薬の毒に、島ですよね?」

「はい」

「それで、ぶすじまって、読むんですよ」

「そうなんですか? 香織からのメールで漢字を見ただけなので、知りませんでした」

 と、森高さんは驚いている。

「明日香さん。毒島って、もしかして、例の殺人犯の――」

 明日香さんは頷くと、「森高さん。毒島の名前は、分かりませんか?」と、聞いた。

「――すみません、分からないです。尚輝さんに、聞いたかもしれないですけど、覚えていないです」

「森高さん。先ほど、メールで漢字を見たとおっしゃいましたよね?」

「はい。出会った日に、香織は毒島さんと二次会だって言って、二人で飲みに行っちゃったんです。それで、翌日のお昼頃だったと思うんですけど、香織からメールが来たんですよ」

「どんな、メールですか?」

「ちょっと、待ってください。まだ、携帯電話に残っていると思います」

 と、森高さんは言うと、携帯電話を取り出して、メールを探し始めた。

「あ、ありました。これです」

 明日香さんは、森高さんから携帯電話を受け取った。

「読んでも、よろしいですか?」

「どうぞ」

「恵里菜、おはよう。昨日の毒島っていう奴、マジで最悪。飲んでたら、急にお金を貸してくれとか言い出すし。断ったら、怒り出すし。トイレに行くふりをして、お店から逃げ出して、タクシーで帰ってきたわ。恵里菜の方は、どうだったの?」

「下の名前は、書いてありませんね」

 と、僕は言った。

「森高さん。香織さんと、連絡は取れますか?」

 と、明日香さんは聞いた。

「はい。電話を、掛けてみましょうか? 毒島という人の、名前を聞けばいいんですよね?」

「お願いします」


 森高さんは、香織さんに電話を掛けた。

 しばらくすると、香織さんが電話に出たようだ。

「あ、香織? 恵里菜だけど。今、大丈夫? ちょっと、香織に聞きたいことがあるんだけど――」


「毒島さんの名前ですが、太郎という名前だそうです」

「明日香さん――」

「毒島太郎――同姓同名の他人とも思えないし、殺人犯の毒島と同一人物でしょう。鞘師警部に連絡をして、毒島の写真を送ってもらうわ」

 と、明日香さんは言うと、携帯電話を取り出した。


「毒島の、写真がきたわ。森高さん、これを見てください」

 明日香さんは、鞘師警部から送られてきた毒島の写真を、森高さんに見せた。

「――この人です。あの日、尚輝さんと一緒にレストランに来た人です。間違いありません!」

 と、森高さんは、少し興奮気味に言った。

「それじゃあ、尚輝を殺したのは、やっぱりその毒島なんですか?」

 と、高田さんが聞いた。

「きっと、そうですよ! ねえ、明日香さん」

 と、僕は力強く言った。

「それは、まだ分からないけど、誰が犯人であるにせよ、鍵の問題がね――」

「鍵ですか? そうですよね……」

「ねえねえ、お姉ちゃん。どこかに、秘密の抜け穴とかないのかな?」

 と、明日菜ちゃんが言った。

 明日菜ちゃんは、今もビデオカメラで撮影を続けている。

「秘密の抜け穴って、ドラマやアニメの見すぎよ」

「森高さん。実際のところは、どうなんですか?」

 と、僕は聞いた。

「さあ……。私は、何も知らないです」

「本多さんは?」

「――私も、そんなに来たことがあるわけでは、ないので……」

 と、本多さんは、首を横に振った。

「本多さん。新庄さんに借金があるそうですが、どうしてですか?」

 と、明日香さんが聞いた。

「それは……。実は、私の両親が東京の病院に入院していまして。手術代や入院費を、借りています」

「いくらくらいですか?」

「――総額で、200万円は超えています」

「200万円ですか――」

「だ、だからといって、私は社長を殺したりなんて――」

 と、本多さんは、慌てて言った。

「本多さん。誰も、そんなこと言っていませんよ」

 と、僕は言った。

「高田さんは、新庄さんの同級生なんですよね?」

 と、明日香さんが聞いた。

「はい。高校以外は」

「仲が、よかったんですか?」

「ええ。たぶん、僕が一番仲がよかったと思います。大学卒業後も、結構会っていましたし。そうじゃなければ、ここには呼ばれていないでしょう」

「そもそも、高田さんと高梨さんは、どうしてここに呼ばれたんでしょうか?」

 と、僕は聞いた。

「さあ? 何か、重大な発表があるとしか――」

「重大な発表?」

「はい。何のことかは、分からないですけど」

「本多さん。あなたは秘書なんですから、ご存じですよね?」

 と、明日香さんが聞いた。

「はっきりと聞いたわけでは、ないのですが。おそらく、恵里菜との結婚を発表しようとしたんだと思います」

「森高さん。そうなんですか?」

「私も、直接言われては、いないんですけど――たぶん、そうだと思います」

「森高さんは、結婚をする気はあったんでしょうか?」

「私は――正直、分かりません……」

 と、森高さんは、か細い声でこたえた。

 森高さんは、やっぱり本多さんの方が好きなんだろうか。

「ちなみに、皆さんの利き手はどちらでしょうか? 犯人は、包丁の刺さっていた角度からいって、左利きだと思われます」

「私は、右利きです」

 と、森高さんが言った。

「私も、右利きです」

 と、本多さんが言った。

「同じく、右利きです」

 と、高田さんが言った。

「ここにいる人は、全員が右利きですね」

 と、僕は言った。

 僕も明日香さんも、明日菜ちゃんも右利きだ。

「後は、高梨さんですけど、高梨さんも右利きですよね。さっき、スプーンを右手で持って、スープを飲んでいましたから」

 と、僕は言った。


「皆さん、ありがとうございました。この後は、それぞれのお部屋で待機していてください。念のため、部屋の鍵は掛けておいてください。私たちは、もう少し調べてみたいと思いますので」

 と、明日香さんが言った。

「すみません。私は、本多さんと一緒にいてもよろしいでしょうか? 一人だと、不安で」

 と、森高さんが、本多さんを見つめながら言った。

「もちろん、いいですよ。それじゃあ、お二人で森高さんのお部屋にでも、いてください」

「ありがとうございます」

 森高さんと本多さんは、高田さんと一緒に食堂を出ていった。

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