第12話

 僕たちは、朝食を食べ終えると、本多さんが入れてくれたコーヒーを飲んでいた。ちなみに今日の朝食のメニューは、パンにスープやサラダ、目玉焼きなど簡単なものだった。

 ちなみに席順は、テーブルの端から順に、明日菜ちゃん僕、明日香さん。

 明日菜ちゃんの向かいに高田さん。その隣に本多さん、森高さん、高梨さんと並んだ。

「そろそろ、皆さんが二階に行ったときのことを聞かせてもらえますか?」

 と、高田さんが言った。


 僕と明日香さんは、二階に行ったときのことを話した。

「それじゃあ、今もこの別荘に、尚輝を殺した奴が隠れているっていうことですか? あの、毒島太郎っていう――」

 と、高田さんが言った。

「それは、まだ分かりません。もう、出て行っているかもしれないし」

 と、僕は言った。

「出て行くって――こんな大雨の中ですよ? それに、土砂崩れがあったんですよね? どこに、逃げるんですか?」

 確かに、高田さんの言う通りか。

「本多さん。二階の部屋の鍵は、どこにあるんですか?」

 と、明日香さんが聞いた。

「鍵でしたら、私の部屋にあるはずですが――」

「ちょっと、持ってきていただけますか?」

「分かりました。私の部屋は、調理場のすぐ隣なので、すぐに持ってきます」

 本多さんは席を立つと、すぐに鍵を持って戻ってきた。

「こちらです」

 と、本多さんは、明日香さんに鍵を数個渡した。

「ありがとうございます」

「全部で、9個ありますね」

 と、僕は鍵を数えながら言った。

「はい。玄関と、食堂に調理場。それと、二階の各部屋の分です。一階の部屋の鍵は、皆様がそれぞれお持ちですし、スペアキーは全て桜井様にお渡ししていますので、それ以外にはございません」

 と、本多さんは言った。

「明日香さん、204号室の鍵もありますよ」

「そうね。いったい、どうやって入ったのかしら?」

「本多さん。本当に、これだけですか?」

「はい。それだけです」

 と、本多さんは、きっぱりと言い切った。

「本多さん。二階の部屋は、鍵を掛けていたんですか?」

 と、明日香さんが聞いた。

「はい。それは、間違いありません。私たちが三日前に来たときに、全て確認しています。ただ、一度しか確認していませんが」

「でも、204号室のドアが、開いていたんですよ」

 と、僕は言った。

「そう言われましても……」

「犯人が鍵を開けた後に、こっそりと戻したんじゃないですか?」

 と、高田さんが言った。

「私の部屋は、昼間は鍵を掛けていませんので、可能かとは思いますが――」

「明日香さん。犯人が一度、本多さんの部屋に忍び込んで鍵を持ち出し、204号室の鍵を開けてから、再び本多さんの部屋に忍び込んで鍵を戻した――ということでしょうか?」

「確かに、その可能性はあるかもしれないけど、誰にも見つからずに、そんなことができるのかしら?」

「可能かもしれません。私たちが、ここに来てすぐなら。ここに来た日は、私と本多さんと尚輝さんの三人だけでしたから」

 と、森高さんが言った。

「おいおい、みんな。もう一つの可能性を、忘れているんじゃないか?」

 と、高梨さんが言った。

「もう一つの可能性?」

 と、僕は聞いた。

「分からないんですか? あなた、探偵助手なんでしょ? その秘書さんが、嘘をついているかもしれないっていうことですよ」

「どういうことですか?」

「だって、鍵は秘書さんの部屋にあったんだろう? だったら、鍵なんて自由に使い放題だろ」

「そんな……。私は、嘘なんてついていません」

 本多さんの声は、少し震えていた。

「凶器の包丁だって、秘書さんなら自由に持ち出せるしな」

「高梨さん。本多さんが、尚輝さんを殺したっていうんですか!? そんなの、酷すぎます!」

 と、森高さんが、高梨さんに向かって叫んだ。

「森高さん、落ち着いてください」

 と、僕は言った。

「森高さん。あんた、その秘書さんと、できてるんだろう? 隠していたって、バレバレだぜ」

「そ、それは……」

 森高さんは、言い返せずに下を向いてしまった。これでは、森高さんと本多さんが、そういう関係だったと認めているようなものだ。

「二人で協力して、邪魔になった新庄を殺したんじゃないか? それに秘書さんは、新庄に借金があったようだし。それとも、どちらかの単独犯で、庇っているのか?」

「高梨さん。もう、そこまでです。これ以上は、やめましょう」

 と、明日香さんが言った。

「――あなただって。あなただって、社長を恨んでいるんじゃないですか?」

 と、本多さんが、高梨さんを睨み付けながら言った。

「俺が、新庄を恨むだって? どうして――」

「社長が、言っていました。高梨は、自分の父親の自殺を、私の父親のせいにしようとしていると――」

 自殺!?

「だから、なんだ……」

 高梨さんは、少し動揺しているみたいだった。

「あなたが、社長を殺したんじゃないですか?」

 今度は、本多さんが、とんでもないことを言い出した。

「バカバカしい。俺は、新庄の部屋の鍵なんて、持っていないぜ。仮に、新庄が部屋に入れてくれたとしても、部屋から出た後に鍵を掛けることができないからな。それとも、俺が秘書さんの部屋に忍び込んで、スペアキーを盗んで、また戻したとでも言うのか?」

 確かに、そうだ。新庄さんの部屋の鍵を、高梨さんは持っていない。

 新庄さん自身が持っていたものと、今は明日香さんが預かっている、本多さんの部屋にあったスペアキーだけだ。

 本多さんの部屋に忍び込んで、スペアキーを盗んで、また忍び込んで戻すというのも難しい気がする。

「とにかく俺は、自分の部屋に戻らせてもらう。昼食は、いらないぜ。ここに来る前に、駅で買ったパンがあるからな。殺人犯が作ったものなんて、食べられないからな」

 そう言うと、高梨さんは食堂から出ていった。


「お姉ちゃん。高梨さんを、止めなくていいの?」

 と、明日菜ちゃんが言った。

「今の高梨さんには、何を言っても聞かないわよ」

「でも――明宏さん。これって、ミステリーとかだと、一人で部屋に戻った高梨さんが、殺されるパターンじゃないかな?」

 明日菜ちゃんは、唐突に何を言い出すんだ。

「えっ? まあ確かに、よくありがちだけど。これは、ミステリーなんかじゃなくて現実だから。それに、スペアキーは明日香さんが持っているから大丈夫だよ」

「本多さん、森高さん。少し、お話を聞かせていただいても、よろしいでしょうか?」

 と、明日香さんが言った。

「わ、分かりました」

 と、本多さんは頷いた。

 森高さんも、無言で頷いた。

「でも、その前に。コーヒーを、入れなおしてくださいますか?」

 と、明日香さんは微笑んだ。


 僕たちは、先ほどと同じ席に着いた。

 テーブルの上には、コーヒーカップから温かい湯気と、いい香りが漂っている。きっと明日香さんは、本多さんと森高さんを落ち着かせるために、コーヒーを入れなおしてくださいと頼んだのだろう。

「それでは、本多さん、森高さん。お話を聞かせてください」

 と、明日香さんが、コーヒーを一口飲んで言った。


「いきなり失礼なことをお聞きしますけど、お二人は高梨さんが言っていたように、そういう関係なんですよね?」

 と、明日香さんがストレートに聞いた。

「あ、あの……。僕は、いない方がいいんじゃないでしょうか?」

 と、高田さんが言った。

 高田さんなりに、本多さんと森高さんに、気を使っているのだろう。

「いえ、構いません」

 と、本多さんが言った。

「まあ、隠しても無駄ですよね。坂井様には、私がと、呼び捨てにするところを見られていますし――」

 と、本多さんは、僕の方を見た。

「なんか、すみません……」

 と、僕は謝った。

「確かに、私と恵里菜は付き合っています」

 と、本多さんは、きっぱりと言い切った。

「いつ頃からでしょうか?」

 と、明日香さんが聞いた。

「もう、半年くらいになるでしょうか」

「きっかけは、なんだったんですか?」

「実は――私と恵里菜は、大学の同級生なんです。卒業するまで、付き合っていました。いろいろあって卒業と同時に別れたんですが、私が今年の1月に社長の秘書になったときに、社長の恋人としてそこにいたのが恵里菜でした」

「新庄さんは、お二人の大学時代の関係を知っていたんですか?」

「私は、話していません」

「私も、尚輝さんには話していません――というか、そんなこと話せるわけがありません」

 と、森高さんが言った。

 まあ、それはそうだろうな。社長に対して、『社長の恋人は、私の元カノなんです』とか、『あなたの秘書は、私の元カレなんです』なんて、言えるわけがない。

 しかし、今は8月だ。1月に再会して、付き合って半年ということは、2月には再び付き合い始めたということか。

「たまたま社長がいなかったときに、恵里菜の話を聞いているうちに――気が付いたら、こうなっていました」

 と、本多さんは、森高さんを見つめた。森高さんも、頬を紅く染めちゃったりしている。

 ――僕たちは、何を見せ付けられているんだ?

 隠さなくてもよくなったからといって、全くもって羨ましい限りだ。僕も、明日香さんと見つめあって、デレデレしたいものだ。

「私も、気が付いたら――」

 と、森高さんも話を始めた。

「尚輝さんは、私に対しては優しいところもありましたけど、仕事中心でだんだん構ってくれなくなりました。時々、私に対しても、きつく当たることもあって。そんなときに、彼が――」

 と、本多さんを見つめた。

「森高さんは、新庄さんと、いつ頃出会ったんでしょうか?」

 と、明日香さんが聞いた。

「私が、尚輝さんと出会ったのは、今から1年前の、とあるレストランでした。私は、友人と少し高級なレストランで、友人の婚約のお祝いをしていたんです。そこに、尚輝さんが知人に連れられて、やって来たんです――」

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