第11話

 僕たちは、二階でエレベーターを降りた。

「一階と、同じつくりですね」

 と、僕は言った。

 明日香さんを先頭に、僕たちは部屋のある方へ向かった。

 僕の後ろからは、明日菜ちゃんがビデオカメラで撮影しながら、ついて来ている。

「静かですね」

 と、僕は言った。

 雨も、少し弱くなってきたみたいだ。雷の音も、ほとんど聞こえない。

「明宏君、あれを見て」

 部屋の入口が見えるところで明日香さんは立ち止まると、廊下の奥の方を指差した。

「あ、明日香さん――204号室のドアが、開いていますよ」

 僕は、少し声が震えていた。

 204号室といえば、新庄さんの部屋の真上だ。

「誰か、いるのかな? あの、殺人犯かも――」

 と、明日菜ちゃんが言った。

「ま、まさか……」

 と、僕は呟いた。

「中を、覗いてみましょうか」

 と、明日香さんが言った。

「あ、明日香さん。危険ですよ」

 と、僕は小声で言った。

 大きな声を出すと、部屋の中に聞こえるんじゃないかと、思ったからだ。

「大丈夫よ。明宏君、怖ければ明日菜と一緒に、ここで待っていて」

「お姉ちゃん。私も、行くよ」

「明日菜は、駄目よ。あなたを危険な目にあわせるわけには、いかないわ」

「でも――」

 どうやら明日菜ちゃんは、ビデオカメラで撮影したくて仕方がないようだ。

「僕も、行きますよ。明日菜ちゃんは、僕の後ろに隠れていて」

 女の子二人が行こうとしているのに、男の僕が行かないでどうする。

「そう。それじゃあ、行くわよ」


 僕たちは、204号室の手前で足を止めた。

 僕は、明日香さんと顔を見合わせると無言で頷いて、ドアの隙間から、そっと部屋の中を覗き込んだ。

 やっぱり、明日香さんに危険なことを、やらせるわけにはいかない。

 部屋の中は、電気がついていないので薄暗い。とりあえず、見える範囲内には、誰もいないようだが――

「明宏さん。誰か、いる?」

 と、明日菜ちゃんが聞いた。

 明日菜ちゃんは、こんなときでもビデオカメラで撮影している。

「い、いや……。誰も、いないみたいだけど」

 しかし、部屋の奥の方は見えない。

「明宏君。入ってみましょう」

 と、明日香さんが言った。

「は、はい」

 明日香さんは簡単に言うけど、僕は心臓がめちゃくちゃドキドキしている。

 こんなとき鞘師警部だったら、格好よく拳銃を構えて、『警察だ!』と、言いながら突入するんだろうな……。

 僕は、当然何も武器は持っていないので、そっとドアを開けると、ゆっくりと部屋の中に入って、電気のスイッチを押した。

 部屋の中が明るくなると、やっと部屋の中全体を見回すことができた。

 部屋の中には、誰もいないようだ。トイレや風呂場は、分からないが。

「明日香さん、誰もいませんよ」

 と、僕は部屋の外の、明日香さんに向かって言った。

 僕は部屋に入って、トイレの中と風呂場の中も、そっと覗いてみた。

 やはり、誰もいなかった。

「明宏君。ちょっと、ベッドを見て」

 と、明日香さんが言った。

「これは――」

 僕は、ベッドを見て愕然とした。

 明らかに、そのベッドには使われた形跡があった。

 掛け布団が、乱れている。

 誰かが、寝ていたということか――

「冷たいわね」

 と、明日香さんが言った。

 明日香さんは、ベッドの中に手を入れている。

「ついさっきまで、寝ていたわけじゃなさそうね」

「ということは、今も僕たち以外の誰かが――」

 この先は、口に出したくなかったが――

「誰かがいる――ということですか」

 もちろん、既に出ていっているという可能性もあるが、この天気の中で出て行くのは――

「明日香さん――他の部屋も、調べてみますか?」

「…………」

「明日香さん?」

 明日香さんは、ベッドのシーツを見ながら、何か考え込んでいる。

 シーツが、どうかしたのだろうか? 僕の部屋のと同じ真っ白でしわもない、綺麗なシーツだけど。

「明宏君。何か言った?」

「他の部屋も、調べてみますか?」

「一度、私たちも地下に下りましょう。もしも、本当に殺人犯がいるなら、三人では危険かもしれないわ。特に明日菜に、怪我なんかさせられないし」

 その明日菜ちゃんは、部屋の中をビデオカメラで撮影している。

「そうですね。森高さんや本多さんも、僕たちが下りて来ないので、心配しているでしょうし。行きましょうか」


 僕はドアを開けると、廊下に出ようと足を踏み出した――

 そのときだった――

「お前たち、ここで何をしている!」

 突然、男の声がすると、僕に襲い掛かってきた。

「うわぁっ!」

 僕は、そのまましりもちをつくと、仰向けにひっくり返った。

 もう、駄目だ! やっぱり、犯人がどこかに隠れていたんだ!

 僕は、このまま殺される――

 せめて、明日香さんと明日菜ちゃんだけでも、逃げてくれ!

 僕は、そう叫ぼうとしたが、恐怖で全然声が出なかった。

「明宏さん。何をしているの?」

 僕は、明日菜ちゃんの声で、はっと我に返った。

 明日菜ちゃんが、ビデオカメラで覗き込んでいる。そして、明日菜ちゃんの隣には、呆れた顔の明日香さんが。

 その隣には、気まずそうな顔の高梨さんがいたのだった。


「あ、あれ? 明日香さん。犯人は?」

「すみません。さっきのは、俺です」

 と、高梨さんが言った。

「え? 高梨さん?」

「冗談のつもりだったんですけど、まさかあんなに驚かれるとは――」

「そ、そうですか。いえ、僕の方こそすみません。お騒がせして」

 よかった……。僕は安堵から、涙が出そうになった。

「皆さんが、なかなか下りて来ないので、おかしいなと思ったら、エレベーターが二階に上がっていたので、見にきたんですよ。いったい、何があったんですか? どうして二階に?」

 僕は、二階に上がってきた理由を、高梨さんに話した。

「なるほど。それじゃあ新庄を殺した犯人が、この別荘のどこかに、今もいるんですね?」

「それは、分かりません。もう、出ていっている可能性もあります」

 と、明日香さんが言った。

「この天気の中で、出ていかないんじゃないですか?」

 と、高梨さんは、窓の外を見た。

 雨は、また少し強くなったみたいだ。

「でも、204号室の鍵が開いていたということは、犯人は鍵を持っていたっていうことですよね?」

 と、高梨さんは言った。

「そういうことに、なりますね」

 と、僕は言った。

「スペアキーは、皆さんが持っているんですよね。ということは、犯人の持っている鍵は――」

「本多さんに、聞いてみましょうか」

 と、明日香さんが言った。


 僕たちは、エレベーターに乗り込むと、地下に向かった。

「皆さん。こんなことを言っていいのか、分からないんですが」

 と、エレベーターに乗り込むなり、高梨さんが話し出した。

「あの、本多っていう秘書、少し怪しくないですか? 絶対、森高さんとできてると、思うんですよね」

「どうしてですか?」

 と、明日香さんが聞いた。

「二人の様子を見ていれば、なんとなく分かりますよ。特に、俺たちが別荘に来たときの、あの様子はね」

 高梨さんも、僕と同じことを思っていたみたいだ。

「それと、高田っていう人も変じゃないですか?」

「高田さんがですか?」

 エレベーターが地下で止まると、僕たちはエレベーターから降りた。

「あの人、俺が正面にいるときでも、少し右側を向いて話すんですよ。なんか、気持ち悪い人ですよ。あっ、俺がこんなこと言っていたって、高田っていう人に言わないでくださいよ」

「もちろん、言いませんよ」

 と、明日香さんは微笑んだ。

 しかし、僕はてっきり、僕の左にいた明日菜ちゃんを見るために、右側を向きながら僕と話していたと思っていたのだが、そうではないみたいだ。

 高田さんの、癖なのだろうか? まあ、そんなことは、どうでもいいけれど。

 僕たちは、食堂へ入った。


 食堂では、既に朝食の準備ができていた。

「皆さん、何をしていたんですか? もう、お腹がペコペコですよ」

 と、高田さんが言った。

「すみません。実は、二階に行っていました」

 と、明日香さんが言った。

「二階にですか?」

 と、森高さんが聞いた。

「はい。皆さんが地下に下りる前に、エレベーターが二階から下りてきました。おかしいと思って、ちょっと二階に行ってみたんです」

 と、僕は言った。

「思い出しました。あのときは、深く考えなかったんですが、確かにエレベーターは二階から下りてきました」

 と、本多さんが言った。

「それで、二階で何かあったんですか?」

 と、高田さんが聞いた。

「その前に、朝食を済ませませんか? せっかく、本多さんが温めてくれたんですから。また冷めてしまったら、本多さんに悪いですからね」

 と、明日香さんが言った。

「そうですね」

 と、高梨さんが言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る