第9話

「うわぁっ! びっくりしたぁ」

 僕は大きな雷の音に驚いて、思わず叫び声を上げてしまった。

 一人で、よかった。もしも明日香さんに聞かれたら、恥ずかしいところだ。

 僕はカーテンを開けて、窓から外を見てみた。当然だけど、外は真っ暗で何も見えない。窓に写った、自分の顔しか見えなかった。

 ただ、激しく雨が降り続けているのは分かった。本当に、この勢いで降り続けたら、崖崩れが起きるんじゃないか――

 僕は、今更ながら、不安で仕方がなかった。


 心配していても仕方がないので、僕はシャワーを浴びることにした。


 僕はシャワーを終えて、脱衣場で体を拭いていて、重要なことを忘れていたことに気付いた。

「し、しまった! パンツを、部屋に忘れてきた!」

 仕方がない。僕は体を拭き終わると、全裸のまま脱衣場を出て、パンツを取りにいった。

 いやぁ、一人部屋でよかった。もしも明日香さんたちと同じ部屋だったら、こんな格好で出てこれない。

「パンツ、パンツ――あった」

 僕がカバンからパンツを取り出して、履こうとした瞬間だった――

 僕の部屋と明日香さんたちの部屋を繋ぐドアが、いきなり開いた。

「明宏さん! そろそろお姉ちゃんが、シャワーから出てくるよ」

 部屋に入ってきた明日菜ちゃんは、当然のようにビデオカメラを構えていた。

 そして、一瞬の静寂(実際には、雨の音がしていたが)の後――

「キャーッ!」

「うわぁっ!」

 僕と明日菜ちゃんは、同時に叫び声を上げた。

「何!? どうしたの?」

 僕たちの叫び声を聞いた明日香さんが、慌て僕の部屋に入ってきた。もちろん、服は着ている。

「…………」

 明日香さんは、無言のまま明日菜ちゃんの手を取ると、そのまま自分の部屋に戻っていった。

 まさか、明日菜ちゃんが本当にやって来るとは思わなかった……。

 そして、全裸だったのは、僕だった――


 数分後――


 僕は、明日香さんたちの部屋にいた。

 そして、「ごめんなさい。ごめんなさい。まさか、明日菜ちゃんが入ってくるなんて、思わなくて……」と、僕は土下座をしていた。

「もう分かったから、いいわよ」

 と、明日香さんが言った。明日香さんは、少し顔が赤くなっている。

「明日菜も、ノックもせずに、いきなり開けるんじゃないの」

「明宏さんだって、最初にノックせずに開けたじゃない」

「い、いや……。あのときは、開くとは思わなくて……」

「まあ、もういいわ。今日は、もう寝ましょう」

 と、明日香さんは、ベッドに横になった。

「明日香さん。おやすみなさい」

 僕が自分の部屋に戻ろうとすると、明日菜ちゃんが僕の耳元で囁いた。

「明宏さん、安心して。さっきの映像は、テレビに流さないようにするから」

「そ、そう。ありがとう……」

 当然、あんな映像を流せるわけがない。

「お姉ちゃんにしか、見せないから」

「い、いや……。見せなくていいよ。そこだけ、削除してくれたら……」

「二人とも、また何をぶつぶつ言ってるの?」

 と、明日香さんが、目を閉じたまま言った。

「なんでもないよ。明宏さんに、夜中に間違えて入ってこないでよって、言っていただけよ」

「は、はい。入りませんから、おやすみなさい」

 僕は、自分の部屋に戻った。


 僕は、部屋の明かりを消してベッドに入ると、携帯電話で東京の殺人事件を検索してみた。

 夕方のニュースで見た情報と、鞘師警部に電話で聞いた情報以外に、めぼしい情報はなかった。


 僕は、雷の音で目を覚ました――

 携帯電話を見ながら、眠ってしまったみたいだ。いったい、今は何時だろう? 僕は、携帯電話の時刻を見た。

「まだ、3時か……」

 外は、相変わらず雨が降り続いているみたいだ。

 僕は、目を閉じて、もう一度寝ようとしたが――

 ちょっと、トイレに――


 僕は、トイレから戻ってくると、ふと隣の部屋が気になった。

 あのドアを開ければ、明日香さんが――

 いやいや、駄目だ。そんなことをして見付かったら、大変なことになる。

「…………」

 しかし、ちょっとだけなら――

 そう――このときの僕は、寝ぼけていたのだ。

 そして、隣の部屋に繋がるドアを、そっと開けた。


 当然ながら、部屋は真っ暗だった。ベッドには、誰も寝ていなかった。

「あれ?」

 明日香さんも明日菜ちゃんも、二人ともいない。

 僕は、部屋の中まで入った。そして、トイレや風呂場の方を見た。ドアの隙間から、明かりが漏れている。

 なんだ、トイレか……。あれ? 風呂場か? どっちだっけ? 眠たすぎて、頭が回らない。

「…………」

 やっぱり、部屋に戻ろう。こんなところを明日香さんに見付かったら、変態扱いされる。

 僕は自分の部屋に戻ると、そのままベッドに倒れ込んだのだった。


「うーん……」

 僕は、雷の音で目を覚ました。

 まだ、雨が降っているのか?

「今、何時だ……」

 僕は、眠い目をこすりながら、携帯電話を見た。

「7時前か……」

 そういえば、朝食って何時からだっけ?

 もう一眠りしようかと思ったけれど、雷の音がうるさくて眠れそうにない。

「仕方がない。起きるか」

 僕は、着替えてトイレに行き、洗面所で髭をそって顔を洗うと、だいぶん頭がすっきりしてきた。

 それにしても、昨夜は変な夢を見たな。僕が夜中に、明日香さんたちの部屋に忍び込む夢だったな。

 どうして、そんな夢を見たんだろうか? 僕の願望が、夢になって現れたんだろうか?

 いやいや、そんな願望は――ないことはないか……。

 この話は、明日香さんたちには黙っておこう。いくら夢の話とはいっても、変態扱いされたら嫌だからね。


 明日香さんたちは、もう起きているだろうか?

 僕は、室内のドアをノックしようとして、夢のことを思い出した。

 いやにリアルな夢だったけど、本当に夢だったんだろうか? 実際に、ドアを開けたような気がする。

「――廊下に出て、外側からノックするか」

 僕は、廊下に出た。


「坂井さん、おはようございます」

「あ、森高さん、おはようございます」

 新庄さんの部屋のドアをノックしていた森高さんが、僕に気付いて挨拶をした。

「朝食って、何時からでしたっけ?」

 と、僕は聞いた。

「7時30分からです。私も、これから尚輝さんを起こして、朝食の準備を手伝いに行きます」

 と、森高さんは言うと、新庄さんの部屋のドアを再びノックした。

 僕も、明日香さんの部屋のドアをノックした。

「はーい」

 と、声がして、明日菜ちゃんが顔を覗かせた。

 右手には、ビデオカメラを持っている。

「明日菜ちゃん、おはよう。もう、撮っているんだ」

「明宏さん、おはよう。いつ、どんなことが起きるか分からないから、ちゃんと準備をしておかないとね」

「そう。仕事熱心だね。明日香さんは?」

「テレビの、ニュースを見てるよ。殺人事件のことが、気になるんじゃない?」

「入ってもいい?」

「いいけど――どうして、こっちから来たの?」

「い、いや、別に、深い意味はないけど――」

「あれ? 森高さん、何をしているの?」

「えっ?」

 明日菜ちゃんの言葉に、僕は森高さんの方を振り向いた。

 森高さんが、ドアを強く叩いたり、ノブをガチャガチャとやっている。

「森高さん、どうしました?」

 と、僕は聞いた。

「それが――7時に、起こしに来るように言われていたんですけど、何も返事がなくて」

 と、森高さんは不安そうだ。

「まだ、寝ているんじゃないですか?」

 時刻は、7時を少し過ぎたところだ。

「いえ、それはないと思います。いつも、何時に起こしてくれとは言うんですけど、絶対に先に起きているんです。こんなに、呼んでも起きてこないことは、初めてです」

 僕は、新庄さんの部屋の前まで行くと、ドアをノックしてみた。

「新庄さん! おはようございます!」

 ノックをしても、大きく呼び掛けても返事がない。

 僕は、ドアを開けようとしてみたけど、やっぱり開かなかった。

「これだけ大声で呼んでも出てこないっていうことは、やっぱり寝ているんじゃないの?」

 と、明日菜ちゃんが言った。

「そうだ、森高さん。森高さんの部屋から、新庄さんの部屋に入れますよね?」

「それが、こちら側の部屋は繋がっていないんです」

「何の、騒ぎですか?」

 高田さんが、僕たちの騒ぎに気付いて、アクビをしながら部屋から顔を出した。

「森高さん。スペアキーを」

 僕は、少し嫌な予感がした。

「分かりました。本多さんに、借りてきます」

 と、森高さんは言うと、エレベーターに向かって駆け出した。

「明宏君、どうしたの?」

 明日香さんが、廊下に出てきた。

「それが、新庄さんが、呼んでも出てこないんです。ドアも開かないし――」

「新庄さんが?」

「はい」

 僕は、ノブをガチャガチャとやってみせた。


 しばらくして、森高さんがスペアキーを手に戻ってきた。

「はぁ、はぁ……。借りてきました」

 森高さんは、走ってきたので、息が切れている。

 僕はスペアキーの束を受け取ると、104と書かれた鍵を差し込んだ。そしてドアを開けると、ゆっくりと部屋の中に入った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る