第5話
僕は部屋に入ると、電気をつけて部屋の中を見回した。
思っていたよりも、広い部屋だ。別荘というよりも、まるでホテルみたいだな。
エアコンも完備されているようで、ちょうどいい感じだ。
入って、すぐ右側にドアが二つある。
僕は、靴を脱いでスリッパに履き替えると、それぞれのドアを開けて、中を覗いてみた。どうやら、トイレと風呂は別々のようだ。
どうでもいい話だが、僕はトイレと風呂が一緒のタイプは、あまり好きではないので、これはとても嬉しい。
そして、部屋の中央に、木製のテーブルとソファーがある。壁際には、テレビも置いてある。
そして、窓際には、シングルベッドが横に二つ並んでいる。
明日香さんたちの部屋も、たぶん同じタイプだろうから、明日菜ちゃんと二人でも大丈夫だろう。
クローゼットもあるけど、特に使う必要はないだろう。その都度、カバンの中から取り出そう。
僕のカバンの中は、着替えと携帯電話の充電器くらいだ。
携帯ゲーム機も持って来ようかと思ったけど、それはやめておいた。一応、遊びではないから。
僕は、ベッドの上にカバンを置くと、テレビをつけてみた。
おっ、冷蔵庫もあるな。僕は、冷蔵庫を開けてみた。
冷蔵庫の中には、お茶やミネラルウォーター、缶コーヒーやジュース、そして、缶ビールまで入っている。
これは、飲んでいいんだろうな?
まさか、後で別料金を請求されるなんてことは――
僕は、とりあえず、そのまま冷蔵庫を閉めた。
テレビの方は、時間的には各局とも、夕方のニュース番組の時間だ。
チャンネルを替えてみたが、どのチャンネルも同じようなニュースばかりだ。
なんでも、今朝早く、東京で殺人事件があったみたいだ。テレビカメラが、犯行現場を遠くから映している。これは、リアルタイムの映像ではないみたいだ。
「あれっ?」
一瞬、犯行現場に出入りする、警察の捜査員らしき人たちが映ったが、その中に、鞘師警部らしき人が映ったような気がする。
まあ、鞘師警部は捜査一課だから、殺人現場にいても、全然おかしくないけど。
後で、電話でも掛けてみようか――
アナウンサーが、目撃証言などから、東北出身の
東北か――
まさか、この辺りに逃げてきたりして――
って、そんなわけないか。
僕はカーテンを開けて、窓の外を覗いてみた。雨は、かなり強くなってきている。外も、だいぶん暗くなってきている。この雨では、外に出るのも嫌だな。
僕はカーテンを閉めると、テレビの方に向き直った。
「あれっ?」
これは、なんだ?
テレビが置いてある側の壁に、引き戸のようなものがある。
「あれっ?」
反対側の壁にも、ベッドの間に引き戸のようなものがある。
なんだ? 押し入れかな?
僕は、試しに、テレビ側の引き戸を開けてみた――
「キャーッ!!」
「ウワァーッ!! ご、ごめんなさい」
なんと、引き戸を開けると、そこは明日香さんたちの部屋だった。
そして、『キャーッ!!』と叫んだのは、明日香さんだった。
何故か分からないけど、明日香さんは上半身、下着姿だった。
「変態!! 入って来ないで!!」
僕はパニックになって、どうしたらいいか分からずに、そのまま前に進んでいた――
つまり、上半身下着姿の明日香さんに向かって、近付いていった。
そして、「変態!!」と、もう一度叫ばれ、おもいっきりビンタされた。
僕は、そのまま後ろに吹っ飛び、倒れて意識を失ったのだった――
っていうのは大げさだけど、本当に一瞬、意識が飛んだような気がする。
「明宏さん、大丈夫?」
気が付くと、明日菜ちゃんがビデオカメラ越しに、僕を覗き込んでいた。
「うーん……。あ、明日菜ちゃん。僕は、どうして明日香さんの部屋に?」
「そんなの、こっちが聞きたいわよ」
と、明日香さんが言った。
明日香さんは、顔が真っ赤だ。もちろん、もう服は着ている。
「明日菜ちゃん。こんなところ、撮影しなくてもいいよ」
明日菜ちゃんは、ひっくり返っている僕を撮影し続けている。
「後で、明宏さんにも見せてあげる。お姉ちゃんの下着姿は、残念ながら映ってないけど」
「いいよ、見せてくれなくても……」
明日香さんの下着姿も映っているなら、見たいけど。
「そんなことよりも、いったいどうなっているのよ」
と、明日香さんが聞いた。
「なんか、引き戸みたいになっていたので、試しに開けてみたら――」
「開いちゃったんだ」
と、明日菜ちゃんが言った。
(後で森高さんに聞いたところ、102号室は101号室と103号室に繋がっているそうだ。言うのを、忘れていました。すみません。ということだった)
5分後――
僕は、明日香さんたちの部屋で、缶コーヒーを飲んでいた。夕食までの時間を、明日菜ちゃんの一言で、ここで潰すことになった。
改めて、部屋の中を見回すと、やっぱり僕の部屋と同じだった。
「そうだ、明日香さん。テレビのニュース、見ましたか?」
と、僕は聞いた。
「東京であったっていう、殺人事件のこと? もちろん、見たわよ。鞘師警部が、映っていたわね」
「やっぱり、鞘師警部でしたか。そういえば容疑者は、東北の出身みたいですね」
「明宏さん。その犯人が、この別荘に逃げてきたりして」
と、明日菜ちゃんが真顔で言った。
「明日菜ちゃん。ミステリー小説や、サスペンスドラマじゃないんだから。そんなこと、あるわけないよ」
と、僕は笑った――
僕が同じことを考えていたのは、もちろん内緒だ。
「もしも逃げてきたら、いい映像が撮れそうなんだけどなぁ」
本当に逃げてきたら、撮影どころではないだろう。
「あっ、そうだ」
僕は、明日香さんに話そうと思っていたことを思い出した。
「明日香さん。実は、僕が部屋に入ろうとしたときなんですけど――」
僕は、先ほど見た、本多さんと森高さんのことを明日香さんに話した。
「間違いなく、『恵里菜』って、呼び捨てにしていたんですよ。おかしくないですか? それまでは、『森高さん』って、さん付けで呼んでいたのに」
「その二人、怪しいわね。二人きりになったと思ったとたんに、呼び捨てなんて。しかも、相手は社長の恋人なんでしょ? 絶対に、何かあるわね」
と、明日菜ちゃんは、なんだか楽しそうだ。
「そうね。普通の社長秘書と、社長の恋人の関係ではなさそうね。玄関先での二人の態度を見ていれば、なんとなく分かるわ」
と、明日香さんが言った。
「それって、どういうことですか?」
「明宏さん、鈍いわね。本多さんと森高さんは――社長に隠れて、浮気しているのよ!!」
と、明日菜ちゃんは、さらに楽しそうだ。
「いや、それは僕も考えたんだけど。新庄さんの恋人に手を出したら、本多さん、クビになるだけで済みますかね?」
と、明日香さんに聞いた。
「そんなこと、私に聞かれても知らないわよ」
「これは、面白くなってきたね。こっそり、二人の様子を撮影してこようかな。決定的な瞬間が、撮れるかも」
と、明日菜ちゃんは、ビデオカメラを手に取った。
「やめなさい、明日菜。他人の恋愛に、口を出すんじゃないの」
「口は出さないよ。カメラで、撮るだけよ」
「駄目よ」
「はーい……。あ~あ。私も、探偵気分が味わいたかったのに――」
どうやら明日菜ちゃんは、浮気調査を体験したかったようだ。
しかし、僕も仕事でやったことがあるけど、あれは大変だった。
ホテルの前で、いつ出てくるか分からない調査対象者を、何時間も待ち続けるのだ。途中で眠くなるし、お腹もへるし、トイレにも行きたくなるし、本当に大変だった。
途中で明日香さん一人に任せて、トイレに行って戻ってきたら、明日香さんの車がなかったのも、今ではいい思い出だ。
「まあ、そうはいっても、気にはなるわね。もしかしたら、今日、新庄さんに呼ばれたことと、何か関係あるのかしら?」
と、明日香さんが言った。
「なんだ、お姉ちゃんだって、興味があるんじゃない」
と、明日菜ちゃんは不満そうだ。
「私は、明日菜みたいに、個人的な興味で言っているんじゃないわよ。探偵として、興味があるだけよ」
「同じじゃない」
「違うわよ」
しかし、もしも新庄さんに呼ばれた理由が、そのことと関係があるとしたら、いったい何のためだろうか?
あの新庄さんが、わざわざ自分の恋人と秘書の浮気調査のために、明日香さんを呼んだのだろうか?
そのときだった――
窓の外が明るく光ったと思った瞬間、物凄い爆音とともに雷が落ちた。
「キャーッ!!」
明日菜ちゃんが、叫び声をあげると同時に、僕に抱き付いてきた。
「あ、明日菜ちゃん。大丈夫?」
「う、うん……。ごめんなさい。ちょっと、びっくりしちゃって……」
明日菜ちゃんは、まだ僕に抱き付いている。
あ、明日菜ちゃんの、胸が――
「明日菜。いい加減に、明宏君から離れなさいよ」
と、明日香さんが言った。
「あっ、ごめんなさい、お姉ちゃん」
と、明日菜ちゃんは僕から離れると、明日香さんに謝った。
どうして、明日香さんに謝るんだろう?
「お姉ちゃんも、抱き付く?」
「バ、バカなこと言ってるんじゃないわよ」
と、明日香さんは、顔が赤くなっている。
ちょっと涼しくなってきたので、風邪でもひいたのだろうか。
「明日香さん。ちょっと冷房の温度、上げましょうか?」
「えっ? 別に、上げなくていいわよ」
そのときだった――
『ドーーン』と、さっきよりも、はるかに大きな雷の音が轟いた。
「ウォーッ!!」
僕は思わず、目の前にいた明日香さんに抱き付いてしまった。
「あー、びっくりした」
「ちょっ、ちょっと、明宏君……」
「あっ、すみませんっ!」
僕は、慌てて明日香さんから離れた。
何故か明日香さんは、さっきよりも赤くなっているみたいだった――
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