第4話

「本多さん。結構、山の中まで行くんですね。新庄さんの別荘以外にも、建物はあるんですか?」

 と、僕は聞いた。

 僕たちの乗った高級車は、この車には不似合いな山道を、揺られながらどんどん登っていた。もしも明日香さんの軽自動車などでこの道を走ったら、揺れるどころの騒ぎではないだろう。

「いいえ。周辺には、他には何もありませんね。新庄の別荘が、ポツンとあるだけです。静かで、いいところですよ。もう間もなく、到着しますよ」

 もしも車じゃなくて、徒歩だったら凄く大変だな。雨も、どんどん強くなってきている。


 それから10分も経たないうちに、車は突然、山道から開けた場所に出た。

「お待たせしました。あれが、新庄の別荘です」

 雨の中、車の正面に、白い二階建ての建物が見えてきた。

「わぁ! おしゃれな、別荘ですね」

 と、明日菜ちゃんが言った。

 明日菜ちゃんは、僕の方に少し身を乗り出し、ビデオカメラを構えている。

「雨が強いので、玄関の前に停めます」

 玄関の前は、小さな屋根があり、雨に濡れないようになっている。車は、玄関の前で静かに停まった。


 僕たちが車から降りて、トランクから荷物を取り出していると、玄関から一人の若い美しい女性が姿を現した。

 右手には、傘を持っているようだ。

 いったい、誰だろう? 黒髪でロングヘアーの、とても美しい女性だ――まあ、明日香さんほどではないけれど。

「本多さん、お帰りなさい」

 と、その女性は、本多さんに微笑みかけた。

「ああ、森高もりたかさん。ただいま、戻りました」

「ご苦労様です。お部屋には、私がご案内いたしますわ」

「そうですか。分かりました。実は、急にお客様が一人増えまして。桜井様の妹様です」

「分かりました。私が、尚輝さんに伝えておくわ」

「それでは、私は車をガレージに入れてきます」

「あっ、本多さん、この傘を持って行ってください。ガレージからこちらに戻るときに、濡れてしまいますわ」

 と、森高さんと呼ばれた女性は、持っていた花柄の傘を本多さんに手渡した。

「ありがとうございます」

 と、本多さんは、傘を受け取った。

「皆様。こちらは、森高恵里菜もりたかえりなさんです。新庄の――お付き合いされている女性です」

 と、本多さんが紹介した。

 今、一瞬間があってから、お付き合いされていると言ったような気がしたけど、僕の気のせいだろうか?

「皆様、はじめまして。森高恵里菜です。皆様がこちらに滞在されている間、私と本多さんで、皆様のお世話をさせていただきます」

 と、森高さんが、頭を下げた。

 僕たちも、軽く頭を下げた。

「森高さん。新庄社長は?」

「部屋にこもって、パソコンでお仕事をしているようですわ」

「そうですか。それでは、私は車をしまってきます」

 と、本多さんは微笑んだ。

「それでは、皆様。中の方へどうぞ」

 僕たちは、森高さんに促されて、別荘の中に向かった。

 僕が何気なく振り返ると、本多さんが車の運転席から、こちらを見つめているようだった。

「明宏君。何をしているの? 雨が、吹き込むわよ」

 明日香さんに促されて、僕は別荘の中に入った。


 僕たちは、別荘の中に入った。

 玄関から、真っ直ぐと左右に廊下が伸びている。

 正面に見えるガラスのドアは、非常口だろうか?

 左右に伸びる廊下の奥は、左にエレベーターがあるようだ。

 そして右側には、扉がある。掃除用具でも、入っているのだろうか?

「皆様、廊下は靴のままで大丈夫ですので。お部屋は、全室、洋室になっています。部屋の中では、スリッパに履き替えてください。トイレとシャワールームは、各部屋にありますので、そちらをお使いください」

 と、森高さんが言った。

「結構、古そうな建物ですね」

 と、明日香さんが言った。

 確かに、ところどころ色が落ちたり、修繕したようなところが見受けられる。

「私は、詳しくは聞いていないんです。彼は、あんまり話してくれないので……」

「ここは、もともと新庄の父親が、若い頃に建てた別荘なんですよ」

 と、今まで黙って話を聞いていた高梨さんが言った。

「高梨さん、こちらに来られたことがあるんですか?」

 と、僕は聞いた。

「――いえ。来たことはないですけど、学生時代に聞いたことがあったんで」

「そうですか」

「それでは、お部屋の方へご案内いたします」

 と、森高さんが言った。


「森高さん。ここには、これで全員なんですか?」

 と、僕は聞いた。

「いえ。すでに、昨日から来ておられる方がお一人います。106号室の、高田弘幸たかだひろゆきさんという、尚輝さんの学生時代の、古くからのご友人だそうです」

「学生時代というと、高梨さんもお知り合いですか?」

「いえ。そんな名前に、心当たりはないですね。俺が一緒だったのは、高校だけですからね」

 古くからというと、小学生くらいからだろうか?

「それでは、高梨さんは、こちらの101号室をお使いください」

 と、森高さんは、高梨さんに部屋のカギを渡した。

 ちなみに、玄関から見て左側の手前が101号室で、そこから時計回りに102号室103号室ときて、右側の奥が104号室、その隣が105号室、右側の手前が106号室だ。左側に3部屋、右側に3部屋の合計6部屋だ。

「坂井さんは、102号室をお使いください」

「はい」

 僕は、カギを受け取った。

「桜井さんご姉妹は、申し訳ないんですけど、お二人で一部屋でよろしいでしょうか?」

「もちろんです。こちらが、勝手に連れて来たんですから」

 と、明日香さんが言った。

「本当は、二階の方にも、お部屋があるんですけど、申し訳ございません。それでは、こちらの103号室をお使いください」

「ありがとうございます」

 と、明日香さんは、カギを受け取った。

「ちなみに、104号室が尚輝さんの、105号室が私の部屋ですので、何かありましたら、そちらの方へ。それでは、皆さん。しばらくお部屋の方で、おくつろぎください。そして午後6時に、玄関のところにお集まりください。お食事の場所に、ご案内いたしますので。そのときに、尚輝さんもご挨拶されると思います」

「それじゃあ俺は、時間まで仮眠でも取らせてもらいますよ。朝、早かったもので」

 と、高梨さんは言うと、カギを開けて部屋の中に入った。

「お姉ちゃん。私たちも、入ろうよ」

 と、明日菜ちゃんが言った。

「そうね」

 と、明日香さんが、カギを開けた。

「それじゃあ、明宏さん。また、後でね」

 と、明日菜ちゃんは、僕に向かって手を振ると、ビデオカメラを構えながら、部屋に入っていった。

 こうして、廊下には、僕と森高さんの二人だけが残された。

 そうだ! 僕は、かんじんなことを森高さんに聞いてみた。

「森高さん。今回の、新庄さんからの依頼のことなんですけど――」

「すみません。私には、分かりません。後ほど、尚輝さん本人に聞いていただけますか?」

「そうですか……。分かりました」

 分からないのなら、仕方がない。

 僕はカギを開けると、部屋のドアを開けた。

 そして、部屋の中に入って、ドアを閉めようとした瞬間――

 玄関の方から、声が聞こえた。

「恵里菜。まだ、そこに居たのかい」

 僕は、部屋の中から顔だけを出して、玄関の方を覗いた。そこには、左手に傘を持った、本多さんがいた。

「――これは、坂井様。今から私たちは、お食事の準備をさせていただきますので、しばらくお待ちください」

 と、本多さんが言った。

「あっ、はい。分かりました」

「それじゃあ、森高さん。行きましょうか」

「はい。それでは、午後6時に」

 と、森高さんは頭を下げると、本多さんと二人でエレベーターの方へ向かったようだ。

 おかしいな……。

 今、確かに本多さんは、「恵里菜」と、森高さんのことを呼んだよな?

 玄関前では、「森高さん」と、呼んでいたはずだ。

 下の名前で呼んだから、てっきり新庄さんかと思って、覗いてみたのだが……。

 僕の顔を見た本多さんは、かなり驚いていたみたいだったけど――

 一応、後で明日香さんに、話してみるか――

 僕は、部屋のドアを閉めた。

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