人工呼吸


 あそこで何かあったのか、救急車が止まっていてる。朝からどうしたのだろう。


 最近よくこの光景を見る。

 暑いからかな、過労かな、脳卒中かな、もしかして通り魔とか?!なんでだろう。


 私はいつもこのような現場に遭遇すると必ずその場を覗きに、多くの野次馬をかき分け現場を目撃するようにしている。


 でも今日はやけに野次馬が多い。

 おかしいな。なんたって自分とは無関係なことに興味を示して騒ぎ立てるにはうるさすぎないか。


 私はいつもの様に野次馬たちの間に割って入って最前列に来た。


 と同時に私は息を呑んだ。


 なんと倒れた人の首と身体が離れていたからだ。


 首と身体の切れ目からは大量の鮮やかな血が迸っている。朝から気分の悪くなる光景見ちゃったな。これから仕事なのに。


 しかしそのことを一切気にせずに人工呼吸をしている救急隊員たち。


 私は暑さで自分の目がおかしくなってるのかと思い、目を擦ったが何も変わらず。


 こんな首と身体が離れているのに人工呼吸をしたって意味ないんじゃないんだろうか。


 そんなことを考えていると救急隊員たちはAEDで電気ショックを始めた。


『身体から離れてください』


 AEDの声がそう告げると同時に彼等は身体から離れ、傷病者の姿が露わになる。


 私の心臓が飛び跳ねた。


 なぜなら倒れていた人は昨日ケンカ別れした友達の友美ちゃんだったからだ。


 彼女の目は私をしっかりと見据えていた。

 そして口元で、


「コ......ロ...ス......」


 と口パクした。


 電気ショックが終わると再び救急隊員たちが友美ちゃんの周りに群がり、人工呼吸を再開した。


 今のは幻覚か......それにしてもリアルすぎる。


 私は怖くなってその場を去った。




 ようやく仕事を終え、帰宅。現在は一人暮らしの為、アパートの一室に住んでいる。

 今朝の出来事もすっかり忘れ、仕事のことで頭がいっぱいだった。


 ガチャ。


 玄関の扉を開き、いつもの様に電気を付ける。



「きゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」



 私は今までに上げたことのない悲鳴を上げた。


 目の前に首なしが立っていたからだ。


 首の切断面からは、血が迸っている。


 腰が抜けた。

 あんなものを目の前にして腰が抜けないほうがおかしい。


 その首なしはピクリともせず、佇んでいる。


 私は家から飛び出す体勢に入ろうと、なんとか立ち上がり、首なしから目を離さず後ずさりした。

 そのままドアノブに手をかけた瞬間ネチャっと気持ち悪い感触と音がした。


 咄嗟に目をやると友美ちゃんの頭だった。ヒッと声を上げながら、玄関先に立っている首なしの身体と友美ちゃんの頭を交互に見る。

 なにこれ、気持ち悪い......。

 顔中血だらけで白目をひん剥いている。

 私はあまりのショックで気を失いそうになったが、あの言葉を思い出した。


『友美ちゃんなんて死ねばいいのに』


 昨日社内のパーティーで私が片想いをしている男性社員に色気を出しまくって言い寄っている友美ちゃんの姿を見て、私は無性に腹が立った。

 しかも友美ちゃんは私が彼のことを好きなことを知っている。

 そして帰り際にそのことについて喧嘩になり、終いには死ねばいいのに、と暴言を吐いてしまった。


「麻衣ちゃんが私に死ねばいいのにとか言うから......本当にそうなっちゃったね」


 頭は言った。


「次は麻衣ちゃんの番なんじゃないかな......」


 友美ちゃんのそのニヤリとした顔に私は半狂乱になって友美ちゃんに頼んだ。


「お願いします、どうか私を許して下さい......!!!!!!」


「シネバイイノニシネバイイノニシネバイイノニシネバイイノニシネバイイノニシネバイイノニシネバイイノニシネバイイノニシネバイイノニシネバイイノニシネバイイノニシネバイイノニシネバイイノニシネバイイノニシネバイイノニシネバイイノニシネバイイノニシネバイイノニシネバイイノニシネバイイノニシネバイイノニシネバイイノニシネバイイノニシネバイイノニシネバイイノニシネバイイノニシネバイイノニシネバイイノニシネバイイノニシネバイイノニシネバイイノニシネバイイノニ......」


 友美ちゃんの口は止まらない。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 私は絶叫し、倒れた。




 ゴリゴリゴリゴリ、ゴリゴリゴリゴリ


 私の脚が食べられている。


 意識が遠のいた。















 皆さん、人に安易に『死ね』と言わないようにしましょう。



 完

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