第五章:二十三日

 ソファの上で、スマホのキーボードを打っていると、不意に肩を軽く叩かれた。


「画面と目が近いよ、沙羅」


「はあい」


 おとなしくお兄ちゃんの言うことを聞いて、画面と顔の距離を離す。


「さっきから熱心に何か打ってると思ったら……メッセージ?」


「そう。璃桜と話してるの」


 一旦手を止めて、お兄ちゃんのほうを振り返る。

 ……昨日よりは、固い顔してない。

 お兄ちゃんはテレビのリモコンを手に、私の隣に座った。


「あんまり夜遅くまでやらないようにね。テレビつけるよ」


「いいよー」


 お兄ちゃんがつけたテレビから、大物女優の声が聞こえてくる。……そっか、金曜のこの時間は映画だ。


「そうだ、聞いてよ。璃桜ってば、不用心でさー」


 次々チャンネルを変えていくお兄ちゃんの横で、再びスマホの操作を再開しながら、喋る。


「あの子、このSNSで使ってるアカウントのパスワード、メモに書いてたんだけど。それがこの前、間違って私の筆箱に入ってたの」


「……じゃあ、パスワード覚えてるの?」


「まさか! ちゃんと、見ないで返したよ」


「そうなんだ……」


 ……なんっか、視線を感じる。

 隣に首を向けてみると、お兄ちゃんの疑わしそうな視線とかち合った。


「何、その目!?」


「いや……うん……。悪用するなよ……?」


「だから、見ないで返したってば!」


 妹の私を何だと思ってるんだろう、この兄は。



「今月の二十三日さ、私、出かけていい?」


 スマホ画面から指を離して、問いかけてみる。


「どこか、行くの?」


「璃桜とね、海に行こうって話になったの」


 言いながら何気なく振り向くと、お兄ちゃんの眉が少し寄っていることに気づいた。


「……何か、予定あった?」


「いや、予定はない……けど」


 やけに真剣な顔のまま、お兄ちゃんは言葉を続ける。


「沙羅、二十三日はさ……少し、家でゆっくりしたらどう? ほら、夏休みが始まると、部活も文化祭に向けてちょっと忙しくなるだろ」


「うーん……まあ、そうだけど。でも、今はそれより海行きたい!」


 スマホを置いてソファから立ち上がり、壁にかかったカレンダーに向かう。


「予定、ないんだよね? もうカレンダーに書いちゃうね」


「……うん、わかったよ」


 渋々、といった雰囲気の声が、背後から返ってくる。

 ……お兄ちゃん、やっぱり私と璃桜が一緒にいるの、嫌なのかな?

 でも……私は、何があっても璃桜といたいもん。



 側にある電話台の引き出しから、ペンを取り出す。今月——七月の、二十三日……あった、ここだ。

 ——……ん?

 ちょうどマルをつけようと思っていた「23」の周りに、うっすらインクが付いている。

 裏移りしたみたいな付き方……。先月の二十三日、何かあったっけ? 確認しようにも、破るタイプのカレンダーだから、もう思い出せない。

 ……まあ、いっか。

 付いている色をなぞるように、二十三日をマルで囲った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る