第四章:親友
お昼のチャイムが鳴った。
今日は、あんまり眠くない。けど……授業に集中できたわけでもない。
昨日のことが、頭から離れない。お兄ちゃんの、中途半端なところで切られた言葉も、「何でもない」と言ったときの表情も。
……でも、お腹は空いた。美術室に——行く前に、一緒に食べるかどうか、昨日の子に聞いてみよう。
お弁当を持ったまま、昨日のボブヘアちゃんに歩み寄る。肩を軽く叩くと、振り向いた彼女は人懐っこそうな笑みを浮かべた。
「あっ、樫木さん!」
わ、そっか、名前……苗字だけでも覚えてくれてるんだよなあ……。苗字すら覚えてないのがすごく申し訳なくなってくる。
「昨日、誘ってくれてありがとう。今日はみんなで一緒に食べる? 璃桜もいいって言ってたんだ」
そう言うと、彼女の笑顔がゆっくりと小さくなる。
……何だろう。昨日のお兄ちゃんの反応に、ちょっと似ている。
「あ……あのさ」
少し角張った声で、彼女が切り出す。
「璃桜ちゃん、ってさ……
なんだか久しぶりに聞いた、璃桜のフルネームだ。
「うん、そうだよ! いつも美術室で食べてるんだけど……連れてこようか?」
「ああ、えっと……ううん! ちょっと……今日は、遠慮しておくね」
どこか逃げるように小走りで離れていく彼女の背中を見ながら、また、頭の中がざわめき始める。
どうしたんだろう。璃桜が、いるから?
あの子は、確かに人見知りするけど……そんなに悪い子じゃないはずだ。真面目だし、友達思いで優しい。
……少なくとも、私が知っている限りは。
本当に、何なんだろう。何があるって言うの?
璃桜……私の、親友。あの子には、何か、あるの……?
考えながら、ただ、足を動かす。意識しなくても、体は自然と進んでいく。
美術室のドアを開けると、彼女はやっぱりいつもの場所に座っていた。
お、来た来た、なんて言いながら、柔らかく笑うその姿に、なんだか胸がいっぱいになる。
「……璃桜」
「どうしたの?」
歩み寄って、隣に座る。彼女は、目を丸くして、私を見ている。
「私、璃桜のこと、一番の親友だと思ってる。だから……私、ずっと璃桜と一緒にいるからね」
例え、私の知らないあなたがいるのだとしても。
あなたは、あなただ。
私の親友の、璃桜だから。
「何かあったら、話して。私、どんな話でも、ちゃんと聞くから」
正面から見つめた璃桜の目が、心配そうに少し細められる。
「……ほんと、どうしたの、急に? 何かあった?」
……お兄ちゃんやクラスメートのことは、さすがに、言えない。
「いや……大したことはないの。たまには、ほら……こういうことも言っておいたほうが、安心できるかなって」
きょとん、と目を見開いたあと、璃桜はまた、ふんわり笑った。
「そうだね。なんか、安心する〜」
ああ、やっぱり、私の知ってる璃桜だ。
優しくて、たまにちょっとうっかりで、絵が好きで……そんな、璃桜だ。
「……ありがとう、沙羅ちゃん。私も、沙羅ちゃんのこと、一番の親友だと思ってるよ」
そっと伝えられたその言葉で、どうしてか少しだけ泣きそうになる。
ずっと、この子と親友でいよう。
周りがどうだって、私は、璃桜と親友でいたいんだ。
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