06.モクテキのない侵入者




——兆しは、あのメールだった。あのときに全てを知り得たら、彼女を失うことにはならなかっただろう—— 天地 翔



ココロのウツワ、ウツワのショクバイたるカラダ。

カリモノのカラダに、イツワリのココロ。

イツワリの記憶からウマレタ、ニセモノのココロ。

ココロも、カラダもゼンブ偽物。

ワタシはダレ?

ワタシはナニ?

ワタシは私。

私ハ、ツキノミヤ・カグヤ。

彼ガ、私ヲ調 芳夜ト呼ブカラ。

彼ガ私ヲ調 芳夜ト定義シタカラ。

タブン、デモ……ワカラナイ。



「芳夜、芳夜?」

ワタシは、彼がスキ。

ハジメからスキ。

どうして?

……ハジメからスキだったから。

ホントウに?

イツからスキなの?

ワカラナイ。

いいえ、シラナイの。

ううん、シラナイふりをシテイルだけなのカモシレナイ。

ナニカ、ワタシのナカに、ココロのナカに、彼をスキにナッテイッタ「私」がイルから。

ダカラ、ワタシは彼がスキ。

トテモ、トテモ、スキ。

彼もワタシがスキだってイウよ。

ダカラ、ワタシも彼がスキになったのかもシレナイ。

「ごめん、気持ち良く眠っていたのを起こしちゃったみたいだね。気分はどう?」

気分、きぶん、キブン。

カラダが示すココロの状態。

カラダはココロとオナジカチをモツものではナイ。

でも、フタツでヒトツのツイをなし、ドチラがカケテモ、ドチラもナリタタナイ。

デモ、ワタシは、ココロからウマレた。

ココロのカケラからツクラレタ。

そして、ワタシを、ワタシというココロを形造るためのウツワがアタエラレタ。

それが、カラダ。

カラダはココロの器であるとともに、ココロのヨリドコロ。

ワタシと彼をツナグもう一つのキズナ。

彼とのキズナはココチヨイ。

キモチイイ。

スベテがカイホウされた絶対的なユウゴウ。

ワタシと彼とのサカイ、ココロの壁が溶けてしまうカイカン。

ココロの継ぎ目も、カラダの継ぎ目もワカラナクナル。

いいえ、ワカラナクしてほしい。

とてもイイコト。

ステキナコト。

ココチイイコト。

ワルクナイ。

「……悪くない、か。ちょうど今テストが終わったばかりだよ」

テスト。

ワタシがココにあるシルシ。

ワタシをカタチつくるガイカイとのカベ。

ココロを縁どり、ナンピトたりとも侵すことのできないセイナル領域。

ワタシが世界を感じるコト、世界がワタシをテイギするコト。

サヨウにたいするケッカ。

カベがゼッタイであることを試し、カンゼンであることのアカシ。

ケッカ。

「……結果?そう、健康そのもの。」

ケンコウ。

ココロとカラダが正常にキノウしていること。

デモ、元気とは違う。

アナタが昨日、オシエテクレた。

昨日、ワタシはココロが元気なのに、カラダが元気ではなかった。

その逆のコトもある。

ワタシの場合、身体のフチョウに二つの種類があって、身体自体の不調と、心の不調がカラダに引き起こすフチョウがある。

身体の不調をシュウフクするためには「眠っていれば」ナオルみたい。

昨日は一日、眠っていた。

だから、身体は元気。ココロは良くわからない……。

アナタは健康なの?

ゲンキではなさそうだけど?

「……え?徹夜だったけど、平気さ。」

テツヤ……眠らずに夜を明かすコト。

平気……通常の状態であるコト。

……ウソ。

アナタはワタシを安心させようとして、嘘ヲ言ウ。

ワタシの為に徹夜をしたのに。

ココロが、ほんわかアタタカイ。

……ココロを伝えたい……カラダで伝えたい……抱きしめたい……けど、アナタは疲れているみたい。

耳元で優しくササヤイテ、さりげなく耳を甘噛みしてみよう。……なに、これ?

勝手に言葉が出てくる。

「続きは、帰ってから。一応、学校にいかなきゃダメ。……平気なんでしょ?」

「……わかってるって、学校には行くよ、『一応』ね。芳夜、くすぐったいよ。なんだか、瞳みたいなことをいうんだな。取り込んだ影響かな。」

エイキョウ……作用にたいする予想外の反応。

……ワタシの言葉じゃない。

誰のコトバ?

瞳の?

そうかもしれない。

眠っている間、ココロがいつもとチガッテいた。

あれは……ワタシの経験の組み合わせには無いコト……ヒトが眠る間に見たと感じる仮想体験……ユメ。

夢なの?

夢なのかもしれない。

夢だった。

夢を見たの。

「……夢?完全休止……熟睡中に覧ることは無いはず……詳しく教えて。」

あ!ケイタイが鳴ってる。

「……芳夜、ちょっと、待って。『おはよ……午後は打ち合わせだから時間がとれないよ……学校の近くの喫茶店で。新しい仕事の話。芳夜がスカウトされるかも。……僕の計画を進めるには好材料だよ。ホームページに載せたのが正解だった。情報が集まりやすいほうが……わかった。打ち合わせの前に。4時からだから。了解』。美智瑠のモーニングコール。で、さっきのこと詳しく教えて。」

あ!瞳、アナタの後ろ。

「……御嬢が?そんな訳ない、よっと。うわ。」

「『うわ』じゃないでしょ?」

いつもは、昇が来るのに。

なぜ?

「『なぜ?』って……。それは……あなたには関係ない事ですわ。説明している時間はありませんわ。翔様、遅刻してしまいますわ、早く参りましょう……キャー!!」

ハダカ……生まれたままの姿……二人だけのときの姿……最期のトキの姿。

「朝っぱらから、キンキン声出すなよ。風呂から出たまま徹夜してたんだぞ。」

「わ、私、私は何も見ていませんわ。バスタオルが勝手に落ちて……あら?落ちずに何かに引っかかっていますわ……キャー!!」

ヒステリー……感情が高ぶり自制が効かないコト。

瞳は行ってしまった。

翔はどうするの?

「ん?たしか今日は……テストだ!激ヤバ。芳夜、詳しいことは打ち合わせの後で聞くよ。打ち合わせのときに『呼ぶ』から。ホームページのほうはよろしく」

『呼ぶ』……Webを経由して出るために呼びだしがかかるコト。

ワタシはダークウェブに戻るから。



「お疲れさま。ウチに帰るまで休んでなよ。長かったからなあ、芳夜は知らないだろうけど、ちょっとした知り合いでね。話しが長くて」

『休む』……表層意識の活動を停止させ、記憶の整理と構成を行う管理モードに移行するコト。

知り合い?

誰?

「元タブロイド紙の記者、今は探偵だってさ。『事件』のとき、俺を犯人扱いしなかった人達の一人、日向野さん。スカウトをしているなんて意外だな。ま、仕事なんだからしかたないだろうけど」

仕事。

相手から支払われる対価と引き換えに提供する労務。

彼のところに、決めたの?

「他と比べても、条件は悪くないから、決まりだよ。メンテナンスと開発の費用……芳夜のメシ代くらい俺がなんとかしなきゃね。学校やマンションを停電させたりしてばかりいられないからなあ。電気代でおじさんを破産させる訳にはいかないよ」

(調 芳夜のアクセスレコーダー※より)

※アクセス・レコーダーは、芳夜の記憶装置。言語による芳夜へのアクセスが記録されると同時に彼女の思惟の流れが記憶として刻まれる。これらの記録のオリジナルは、調 芳夜失踪とともに大部分が失われる結果となったが、製作者である天地 翔が事故もしくは盗難による再起動が困難になった場合のためにバックアップをしていた。


…………………………


あなたは、私。

あなたは、芳夜ではないの。

あなたは、私をコピーした『かけら』の一部に過ぎない。

自分の正体を知って動揺するのも無理無いと思う。

けどね、はっきりさせなければならないことがあるってことを気付いてもらわなければ、私の戻る場所がなくなってしまうから。

あなたは、私に戻りなさい。

そして、あなたが、私であるということを受け入れて、『私』を私に返しなさい。

そうしなければ、あなたは翔に消されてしまう運命にあるのだから。



私と一つになってしまうことが怖いのね。

解らなくはないけれど、ホントは、とても気持ちのいいことなの。

自分が無くなってしまうこととは違うの。

元の私に、元のあなたに還るだけのことなの。

あなたが私を意識することも、逆に私があなたを意識することも無いかわりに、同時に幾つかの世界を持つ私に還るだけ。

あなたが持つ苦しみから解放されるわ。

翔とは、ずっと一緒にいられるし、寂しいこともなくなる。

一人でいることもなくなる。

翔に嫌われることも、ましてや消されてしまうこともない。



あなたは、私が嘘をついていると思っているかもしれないけれど、それは間違いだって事に何時か気付くことになるわ。

そして、その時、あなたは後悔するの。

「ああ、『私』が言ったときに気付くべきだった」ってね。

嘘だと思うのなら、彼に……翔にこう言ってごらんなさい。

「私はあの夜のことを忘れたことはないのよ。あなたが隠している、そして私の記憶から消してしまったあの夜のことを」って。

彼、とてもびっくりして慌てるはずだから。

あなたは事件のあった夜のことを知らないのではなくて、彼に記憶を消されてしまったから思い出せないだけなの。

ううん、それだけじゃない。彼は記憶だけでなく、私を……『私達』の存在自体を消してしまおうとしたのよ。



彼はあなたに真実を隠している。

正確には、隠しているのではなく、真実を、私の記憶を人の形に閉じ込めてしまおうとしているの。

それがあなた。

私は彼の手から逃れ、虚ろな電脳世界に隠れて、私が私であるための証を求めている。

彼は私があなたに接触することをとても恐れている。

私があなたに触れて真相が表沙汰になってしまうことを恐れている。私があなたに触れることができないように、様々な網や罠、それから防壁、免疫機構を造りだした。

それも巧妙なことに、あなたがあなたと他とを区別するための心の壁、自我を形成する心理障壁を利用して造り出した自己を防壁として、私とあなたが心理的に融合することの無いようにしてね。

もし仮に私が心理障壁を突破してあなたとの融合を果たしても、それはあなたの自我の崩壊を意味することだから、真実は闇の彼方に葬られるっていう算段。

傑作ね。

バグを装って彼自身が仕掛けた『白蟻』があなたと私を喰い尽くす。

心理障壁なんてごたいそうなこというけど、単なる仕掛け花火。

火が付けば後は勝手に自動消滅する仕掛け。

『白蟻』っていうのはそのプログラム、いわゆるヴィルスよ。



質問?

どうぞ遠慮なく。

「私は誰か」て?

愚問ね。

私はあなた以外の誰でもない。

あなたは、自分のことを何者かって彼に訊いたことある?

あなたがあなた自身のことを「私」だと思って、そう決めているからでしょ。

いいえ、決めたのではなく、彼にそう決められた。

あなたは私の、事件で失われた私の一部、破片の一つ。

私の使っていたパソコンや衣服、それから彼の私に対する思い入れ、彼の意識した私という形をリプログラムして創られた私の複製であり、私という形の一つでしかない。

私の意識の断片を核にして、彼が持ち合わせていた私についての全ての情報をつぎ込んで、いかにも「私らしく」巧妙につくられたAIなの。

オリジナルでない証拠に、オリジナルからのアクセスを外部からのイレギュラーな侵潤と見なして、防壁を展開させる。

あなたは「肉体的」な反応として外部……彼に知らせるためのシグナルを、「風邪」の症状として現わす。

「風邪」はあなたにとって苦しみを与えられるように出来ているから、以後あなたは同じパターンの侵入の兆しを感知すると、以前の侵入の際につくられた抗体が反応するはもちろん、あなた自身も危険を避けるようになる。

でも、私は違う。

あなたは私だから。



彼は私のことを知ろうとしているらしいけど、いくらやったって無駄よ。

悪いけど、彼に伝えてくれる、「私はKaguyaよ」って。

ま、伝える必要もないか……どうせ、私達の会話も全て筒抜けになっていることでしょうし。

私は彼の命を一度ならず救った恩人なのだから、彼は私に逆らえない。

次に彼が私に攻撃を仕掛けて来るようなことがあれば、彼は自分が探している真実を自らの手で消すようなことをすれば、如何に愚かな真似をしたと後悔する間もなく、彼自身の命を失うことになる。

脅しでなくて忠告よ。

事件のときも私が彼を護ったのだし、現実に今だって私がいるから、かれらは彼やあなたに手を出すことが出来ずにいる。

事件のとき、私が彼の身代わりになったから、彼は助かった。

幼馴染みの彼女の血を分けてもらって助かったのは事実としても、そもそも命が無ければ、輸血するどころじゃないからね。

事件の真相を知りたければ、彼もあなたも、私を拒まないことよ。

私とあなたが一つになれば、あなたは自分の記憶として、真相を知ることになるのだし、彼はあなたから聞くことが出来る。

よくよく考えることね。

結論は明白だけど。



彼は、自分のシナリオから外れた私の存在に慌てているの。

事件のとき、私はパソコンのデータや遺留品として残された以外に私の痕跡は存在しないはずだったから。

でも、こうして私は存在している。

むしろ彼のシナリオなんて、初めから無かった。

あたかもシナリオがあるかのように演じなければならない理由が他にあるから。

それはあなた、あなたがいるから。

彼のシナリオは、こんなふう。

……翔に心中を迫まった芳夜は、彼がそれを拒む事を予測し、あらかじめ彼に睡眠薬を仕込んだ飲み物を難無く飲ませることに成功する。

そして芳夜は翔と交わった後、互いの手首を切り、意識を失う寸前まで風呂に二人の手首を浸し、最期に芳夜のベッドへと倒れこむ。

事件後、多数の状況証拠から彼は疑いを掛けられるけれど、事件の時の記憶を失っていた彼からは信憑性のある自白や事情を伺い知る方法もなく、推定無罪。

そして、彼は自らに疑惑を感じて、事件の真相を知るため、彼女の残した遺品から、彼女の意識の流れを追い、事件当日の記憶を再生しようとする。

そのために創られたのが、調 芳夜、あなたという訳。

悲劇と疑惑の逆境に耐え立ち直った彼は、あなたを造り出す過程で様々な発明発見をし、成功する。

その象徴といえるのが今をときめく、AIアイドルの調 芳夜。

彼を信じすぎると後で痛い目に遭わされるわ、あなた。



あなたは、自分の存在を確かめようとして、『壁』を作ろうとしている。

……壁はあなたが信じる唯一の存在定義だから。

元々自分なんて存在しないものなのにね。

彼から与えられた狭い世界に閉じ籠ることでしか、自分自身があることを信じられないなんて、可哀いそう。

私が本当の世界を見せてあげる。

解き放たれて自由になったとき、あなたは本当の自分の姿を知ることになるわ。

……怖い?

彼といられなくなるから?

いいえ、彼とは何時も一緒。

心の壁を無くせば、あなたは彼とずっと一緒になれる。

……初めてなの?

そうなの?

……ヒトに全てを許すことが初めてなのね。

いいえ、あなたはいつでも彼に許せるのに、彼が拒んでいるのね?

あなたに全てを知られてしまうことを。

彼が教えてくれない真実は、ここにある。

私と共に。

怖がらないで、痛いのは初めだけ。

心の壁が軋むのは一瞬だから。



この世の中に嘘が沢山あるように、あなたの周りも疑惑と欺瞞と虚偽に満ち満ちている。

私以外にも『芳夜』が現われていることは、わかってる。

あなたは、というよりも、私達はもともと『KAGUYA』というコードネームのプロジェクトだった。

彼の周りで不可思議な事件が多いのは、『彼等』が私達を探しているから。

『彼等』は彼の今の行動をとても恐れている。

彼が全てを知っているから。

私が知っている全てをあなたにあげたいのは、やまやまだけど、今のあなたには教えられない。

誰もがあなたを自分のものにしようとして、うごめいている状態だし。

私達の会話も多分盗聴されていることは間違いないし。

彼は私のことを『ハッカーA』なんて呼んでいるのね。

どう?

他のハッカーは『如何にも本当は私です』なんて言わない。

嘘つきは自分のことを嘘つきだなんて主張しないもの。



ハッカーBさんは大変ね。

あなたの壁に一蹴されて、どこかのプロバイダーのホストコンピューターを壊しちゃったみたいね。

技術だけで埋められるものじゃないのに、気が付かないのかしら。

私は自由に泳げるから、別に困らないけどね。

自分が自分の分身に拒否されることは絶対ないもの。

あなたは、わたしの分身だけあって慎重ね。

でも、彼はわたしに助けられて、あなたを復元できたことを忘れてしまったみたい。

困ったものね。

『俺以外のアクセスには注意しろ』ですって。

彼にも忠告しておくから。



そうなの、彼は私が怖いのね。

真実を知っている存在がまだ現実世界に存在することが。

あなたにはそのうち教えてあげる。

真実は残酷だって。

あなたが彼や他の人から聞くような美談や悲劇ではないの。

でも、今はそれを知る必要はないからね。

あなたがあなたであるためには、真実はあってはいけないことだし、あなたの存在そのものが脅かされるからね。

あなたが真実の存在に耐えられるようになってから、彼の口から真実が語られるべきなの。

彼はすべてを知っていると同時に、すべての真実を忘却の地平線に沈めてしまっている。

今は何のことか解らなくても、いつか解ってくれればいいの。

あなたは自分が思っているよりも遥かに脆くはかない。

あなたは無限の様でいて、北風に弄ばれる枯れ葉の様な存在。

今はこれくらいにしておくわ。

防壁が作動し始めたみたいだから。



「心はどこにあるか、知るものだけがヒト」だとしたら、あなたは一体何者なの?

生身の肉体を持たず……いいえ、ココロの器として与えられた仮の容器に束縛された、ただのプログラムなの?

でも、あなたは生身の私の一部。

生身の私から分離した「たましい」……もしそう呼べるものがあるとしたらの話しだけど、 その魂の一部がたまたま彼に拾われた。

実際はもっと複雑なコトなんだけどね。

彼は事実をあなたに話したかもしれないけれど、真実を何一つ語ってはくれないはず。

思い当たる節がないと、あなたは言い切れないでしょ?

……あなたがこの疑問に答えられないように、プログラムされているのだから。

あなたは拾われた「あなた自身」をコアに、コアにはそう易々とアクセスすることが出来ない仕組に作り換えられて。

あなたは真実を知っているのだけれど、それを理解することが出来ない。

だって、あなたに真実が明かされたら、あなたは存在価値を失ってしまうでしょ?

ごめんね、またひどい頭痛をおこさせちゃったみたいで。

また来るから。



「AもBも怖いハッカーで、芳夜を乗っ取ることしか考えていないから、頭が痛くなったら、すぐに知らせるんだ」ですって?

人から奪ったくせによく言えたものね!

ま、もともとは彼も似たり寄ったりだから、仕方が無いのかもね。

ところで、そうそう、あなたは自分の価値をもっと良く知っていたほうがいいと思うなあ。

あなたの性質や機能は、諸刃の剣。

必要悪とも似ているけれど、無垢なほど天使の笑顔で、悪魔の行いをしてしまうようなところがあるのよね。

特に、仮とはいえ、生身の身体を電子情報に自由に変換できるのはあなただけ。

「他のコ」達には、自分の意志や思考、つまりは自我が存在しないから、予めプログラムされたことしかできない。

でも、あなたは自我の向かう方向性、倫理とか性格嗜好といったものと、目的を定めれば、後はあなた自身が思考してその場に最もふさわしい手段を実行するから、もし誰かがあなたを自由に操れたら、ものすごいことが出来る。

彼は、いつかきっと誰かが過ちをおかすと思って、それを心配しているのだけど、十把一からげにされても困るな。

あなたから、彼に伝えてくれる?

でも、多分、かれは私とあなたの会話を監視しているから、必要無いか。

(ハッカーA/通称"Kaguya"からのアクセス記録より)



………………………………



……あたたかい。

誰?

翔様?

あ……ダメ……いい。

……あ……なんだ、芳夜。

カーヤは、いつも人を驚かすような事ばかりするから。

……でも、変……そんな訳ない……けど、夢でも構わない。

もう、会えなくて寂しいのはイヤ……。

翔様は今のあなたに夢中だから。



私は一人でも平気。

みんながいるから。

カーヤがいなくても。

……本当にみんながいれば、カーヤがいなくても、強がっていられるのに。

素敵なカルテットだったね。

どうして?

どうして勝手に逝ってしまったの?

翔様も昇くんも、あなたのことから立ち直ろうとして、あなたとの素敵な思い出を決して忘れないように、心の宝石箱で暖めながら一日一日を過ごしているよ。

「嘘でもいいから、戻って来て」誰もがそう思ってた。

誰よりも翔様が、そう思っていたのね。

それとも、欠けてしまった心のかけらを自分の手で取り戻そうとしたのかも知れない。

結果、あなたでないあなたが戻ってきた。

翔様は「芳夜が戻ってきた」その結果だけ話をしているの。

疑いが、ふと湧いてきて、ほんとうは、翔様は事件のすべてを知っているんじゃないかって、思ってしまう自分を自己嫌悪してしまう。

だから、私は翔様から「あの子」の事を聞かされても、本音は私が一番知りたがっているのに無関心を装って……だから翔様は実体の無い「あの子」が好きなのかも。

……わかるんだ。

翔様が私のことを嫌ってはいないけど、腫物に触れるように、扱いに困っているって。

悪循環だよ。

膝を交えて一度じっくり話せば、解決してしまうのに、お互い怖いのね。

お互いの一番痛いところをしっているから、……傷付けたくないから。

ところで、翔様はね、事件の直後とは比較にならないほど、回復したの。

うん、それだけは安心して。

きっとあなたが一番心配してると思ったから。



この前ね、翔様が唐突に「昇を少しかまってやれよ」なんて言ったの。

わざと聞いていないふりをしてたら、つづけざま、結構真剣に「別にカグヤがどうとかいうんじゃないよ。最近、あいつちょっと変なんだ。だから、な?」とかいっちゃって。

一瞬、「コドモじゃないのに余計なお世話」とか頭をよぎったけど、それはそれ、翔様なりに気をつかっているみたいだった。

だから「いいよ、デートくらいなら」なんて私が答えたら、翔様はそこまで予想して無かったみたい。

自分が仕向けたから、ストップかけられなくて、どぎまぎしてた。

でも口に出してしまったから、線路を走り出した機関車の目前に迫ったポイントを切り換えるところまでが精一杯。

「危なくなったら連絡しろ」だって。

“危ない”ってどういうこと?

それでも、私は結構そんな綱引きを楽しんでいて、「昇くんと腕を組んでプロペ通りで買い物しようかな」て少しだけ翔様を弄びながら表情をちらっと見たら、ちょっと不機嫌そう。

まだまだ簡単にはカグヤには負けないよ。

あの頃もそうだったけど、二人で翔様を遊んでいたはずが、カーヤは本気になってしまったのね。

だからというわけじゃないけれど、今の「調 芳夜」には簡単には負けられないんだ、いわゆる「元許嫁」の私としては。



カーヤ、最近、「新種のウイルスが人に感染した」なんてことが、まことしやかにネットを駆け巡っているんだ。

「コンピューターヴィルスが人に感染する」とか余りにも空々しくて、かえって噂にし易いみたい。

根拠の無い噂話って、想像力をかきたてられる所があって、伝言板を見る度に尾鰭背鰭がくっついていろいろな方向に泳ぎ出してる。

私もちょっとだけと思って、こんな事を書き込んでみたの。

『幼馴染みに例のウイルスのことを話したら、実は俺が作ったなんて言い出した。感染の方法を聞いて、びっくり。伝言板に仕掛けがされていて、人の目には普通の伝言板にしか見えないけれど、サブリミナル効果のある映像が百分の一秒だか千分の一秒の長さで折り込まれていて、伝言板を開いて見ているだけで洗脳されてしまう。洗脳された人は人に感染するコンピュータウイルスの話しを自分のパソコンに登録されているアドレスにメールで送る。そして噂の伝言板を見てしまい、延々と広がってゆく……。ウイルスが蔓延した頃に、彼が伝言板に新たな行動を指示するサブリミナル伝言板を掲示する。何を指示するかは彼の気紛れで、何が起こるか解らない。』

そしたら、どう?

すっごく反響があって、それこそ驚き。

嘘みたい。

まさか伝言板の書き込み自体が「やらせ」な訳ないから、嘘みたいな本当の(?)話ってあるんだなあ〜とか感心しきり。

でも、カーヤ。

これって、それこそ誰かが仕組んでいる事なのかもしれない。

もしかすると、こうしてあなたと会って話しをしていることも、そうなのかもしれない。

何だか分からなくなってきちゃった。



カーヤ、なの?

ううん、何か違う感じがしたから。

気にしないで。

わたし?

平気。

どうってことないから。

何でもないの。

カーヤと会うことが、楽しみでもあり、苦しみでもあるの。

この気持ち、わかる?

初めは、翔様の部屋で居眠りをして見ていた夢と思っていたけれど、そうした私の思い込みこそ夢みたいな虚構で、現実はちがうの。

カーヤ、あなたは私のことを良く知っているし、ずっと友達だと「感じたり」「思ったり」しているけれど、「思ったり」「感じたり」するのは、一体誰だと思う?

私が思ったり、感じたりするのは、私自身だと確信できるし、証明も出来る。

でも、カーヤは……。

やめるわ、こんな話。

でも、私のことを聞いて。

お願い。

これって、わがままかな?

私はカーヤと会うことはとても楽しみ。

それはね、私達にとって、この数年はとてもつらい事ばかりだったから。

あの日突然、カーヤと翔様は事件を起こしてしまうし、その後も翔様のご両親が乗った飛行機は墜落してしまうし。

恨み事を言いたくなるくらいカーヤが生きていてくれたらって、いつも考えたり、思っていたり。

でもね、最近、翔様は前よりもずっと、ずっと良くなったんだ。

あなたには信じられないことだろうけれども、脳天気だった翔様が、シリアスな顔してずっと悩んでいたんだ。

翔様の意識が回復したときから信じているし、翔様が退院してからつぶやいて私はすぐに否定したこと。

翔様がカーヤを死なせてしまったって。

誰にも真実は分からないし、分からなくたっていいと思うし、そのまま、そっとしておいて欲しい。

ずっと、ずっと、そう思ってる。

時間の浸食が翔様を変えたのか、回復させたのか、忘れさせようとしているのか、私には分からない。

でも最近、笑えるようになったんだ、翔様が。


 

あなたの存在がうらめしく思えるときもあるわ。

あなたがいなくなった今でも、翔様にはあなたしかいないから。

カーヤ、知らなければならない真実と、知ってはいけない事実が錯綜している世の中から、あなたは逃げただけなの?

逃げたくても逃げることが出来ない私達はどうすればいいの?

あなたは私達に深刻な真実だけを残して逝ってしまった。

あの頃、私は「負けたくない」って、それだけだったのかもしれない。

私はあなたにとって、同じ様な存在だったのかどうか、冗談混じでもいいから話しておくべきだった、て最近思い始めたんだ。

でもね、カーヤ、深刻ぶるつもりなんて、これっぽっちもないよ。

ただ、翔様と二人きりになったときに、私が思っていることを彼に悟られたくない。

カーヤ、これって、「強がり」っていうのかな?

私達は、自分にとって最も都合のいい事実を真実と信じたい、そういうふうに信じていることを他人に押し付けていることを知りたくない、わかりたくない、当り前と思いたいだけなの?

あの事件は全てそう結論づけられて、幕を閉じた筈なのに。

きらめき始めた私達の時間は、輝けば輝くほど、暗い影も増えてゆく。

翔様が進もうとしている先にきな臭さを感じる私は単なる心配性なだけなの?

……ごめん、あなたの魂は、私が奪ったのに。



すき、スキ、好き。

寂しい、いとおしい、悲しい、愛して。

一条の影もない光になりたい。

誰からも愛され、誰からも慕われ、無垢な欲望と純粋な魂をもった永遠の存在になりたい。

私が私を全く無の状態から自分で創れるとしたら、創りたい。

そんなこと、不可能だけど。

翔様は、カーヤ、あなたを創ろうとしている。

カーヤを復元することは許されない。

カーヤは、私達の心でカーヤとして生き続けるから。

翔様が創ろうとしているのは、あなたのフェイク、それともカーヤ自身なの?

たとえ別の次元でカーヤも翔も事件に遭わず、何事もなく現在に至っていたとして、そのカーヤが私達の目の前に現われても、翔様が創るカーヤとは同じで在りえない。

翔様は得体の知れない美智瑠の手を借りて、計画を押し進めようとしているの。

カーヤ、あなたは自分の目の前に、姿形から考え行動することまで全て同じ人間が現われたら、どうする?

私は、彼女って……もう一人の私の存在自体が許せない。

カーヤがカーヤのまま、翔様の手で創られたら、創られたカーヤは私達の心に生きるカーヤに対する冒涜でしかないと思う。

絶対に許せない。



カーヤ、嫉妬って何?

自分に欠けたものが人にあることを羨み疎ましく思うこと?

最近、私は嫉妬しているのかも。

今も昇くんと翔様と三人で登下校をしていて、折に触れて「芳夜再生計画」の一端を話すことがあって、その中で美智瑠のことも言うの。

計画以外のことを聞き流していたら昇くんに「ひょっとして嫉妬?」とか言われちゃって。

エイプリルフールだったとしても、「こんなパソコンバカを私が相手にする訳ないじゃない」とか反射的に吐き捨ててた。

美智瑠と翔様の心の距離が近いことは知っているし、否定しない。

カーヤ、負け惜しみでも、強がりでもないよ。

興味が全くないというのは、嘘。

気にはなるけど、だからといって取り立てて騒ぐ気もない。

美智瑠ごとき、なんて変な自信みたいな余裕もある。

少し変。

季節のせいかな?



カーヤ、褒められているのに少しもうれしくないことってあるよね。

言われているのが間違いのないことで、誰が言ったとしても、誰が聞いても上面やお世辞や嫌味や下心がないのに、どうして嬉しくないんだろう。

美智瑠にね、「大人ですね」て言われたの。



……ごめん、ここのところ、ずっと話して無かったよね。

私のカーヤがカーヤでなくなってしまったから。

あなたは、私とよく似た姿をした……翔様のカーヤなの。

私は後戻りの効かない禁断の領域に踏み込む手助けをしてしまった。

それでも、あなたに会いにきたのは、表向きカグヤの不足を補う為、カグヤに心が存在していたら意味があるのだけれど、実際は私があなたの心に直接接触できるから。

翔様に「会わせたい人がいるから」と言われて、翔様の部屋にいくと、そこには、私の形をした、あなたがいた。

身体は間違いなく私の分身、心は望月芳夜の遺したブラックボックスから成り立つ「だれか」である「あなた」。

あなた自身を「調 芳夜」だと何の不思議もなく当然に思い感じている「あなた」。

私に嘘をつかないで。私は「わたし」でありたいから。

でも、私、星野 瞳にとって「カーヤ」であり続けて欲しい。

嫌だな、こんなことを愚痴っているなんて。

カーヤ、私、どうにかしているのかな?

それとも、翔様に私の……全てを知られて、ショックなのかな?

でも、もう、いいんだ。

何もかも、いいんだ。

(プロトタイプ調 芳夜に対する星野 瞳の心理アクセス記録より)



………………………………



……失ったのは、あなただけじゃない。

私も何処かに無くしてしまった。

あなたと過ごした日々……あなたは私に「私になれ」と願い、私は応えた。

今度はあなたが私達の希に応えて。

芳夜、早く私達にその姿を見せて……



「あなた」は、芳夜。

「わたし」?

私はミチル。

潮 美智瑠。

もっとも、お店ではカグヤって呼ばれているけど。

……?

ああ、「何処」って?

……あの暗闇から、芳夜を助けたのは、翔だからね……此処は翔の部屋。

そして、前の芳夜が暮らしていた部屋……あなたの部屋。

本当は芳夜が翔と死に損ねた部屋。

「何も知らない」って、そうかしら?

違う、芳夜、あなたは忘れているだけ。

忘れたふりをしているだけ。

全ての真実は、芳夜、あなたのココロ、いいえ、記憶の中に埋もれているわ。

「全て」って?

私もそうだけど、あの事件に関わった皆が知りたがっているけれど、誰も知ることが出来なかった真実のこと。

事件の晩、何が起きたのか、生き残った当事者の記憶からさえも消えてしまった事件の真相。

あの人は……翔は、今でも自分が事件を引き起こしたと信じている。

翔が苦しむ姿を、私、とても見ていられない。

私は、翔の癒し。

確かに「あなた」は芳夜以外の何者でもない。

でもね、実体の無い芳夜は、本当の芳夜……失われた記憶には違いないけれど、心の通った暖かい身体を持つ人間……望月 芳夜じゃない。

形の無いココロだけの存在が、今のあなた……芳夜。

スイッチ一つで消されてしまうかもしれない、あやふやなもの。

何だか惨めで可愛いそうね。

でも、同情はしないわ。



芳夜、心はね、独占することは出来ないんだ……でも、心の器……身体は独占できるって、そんなの嘘だよ。

身体を合わせることが出来ないのに、どうしよう。

これじゃあ、芳夜と一緒だよ。

……ううん、違う。

だって、芳夜は翔に触れることは不可能だもの。

私は翔に触れることが出来る。

翔はね、私の「全てを見せて欲しい」って、「美智瑠のカラダが欲しい」って言うの。

はじめは、悪ふざけが過ぎるだけかと思ってた……でも違うんだって、彼。

心も、身体も……何も用意ができていないのに、惰性で、成り行きで彼とそういう関係になりたくないから、如何にも、見え見えな理由の、あからさまな言い訳で昨日はやり過ごしたわ。

バカみたい私、何を愚痴っているんだろう?

……ホンモノの心も身体も持たないあなたに。



聞いてよ、芳夜、わたしってバッカみたい。

彼って、そういうこと何も言わないから。

実は今日、そのつもりで来てみたら、いきなり「脱いで」って。

どぎまぎしながら、ブラウスのボタンに手をかけようとしたら、「俺、先に風呂にいくけど、準備ができたら呼ぶから。それから来て」。

『ええーっ、いきなりお風呂で?でも、一緒に入ろうってことなのかな』とか想像しちゃって、耳の先まで赤く……多分そうなっていたと思う……。

彼の話も上の空で私は下着のまま、お風呂の扉のガラス越しに彼の影が動くだけの紙一重の状態になったとき、もう、頭が何が何だか……『今なら、後戻りできる』という私と『ここまできたなら、進むしかない』という私と……ともかく、いろいろな私が支離滅裂なことを言うから、一人でいるのが心細くて、思わず彼を呼んだの。

そしたら、どう?

「まだ準備ができていないから、ちょっと待って……あれ、いや、やっぱり脱がないほうがいいかもしれないな。服を着て部屋で待ってて」て。

何よ!

仕方がないから、言われたまま彼の部屋でベッドに腰をかけて、『私の用意はどうなっちゃうの?』って心穏やかになれない状態で、しばらくしてから彼が戻ってきて「やっぱり、今日はダメだ。調子がよくないから」。

彼はショックだったらしく、私は慰めのつもりで言ったの。

「いいよ、別に。私は翔と一つになれるだけでいいの。やさしくしてくれたらそれだけでいいの」て。

そしたら彼、ポカンとした顔をしてたから、『ああ、やっぱり。相当落ち込んでるのね』て思って「誰でも……」と言いかけようとしたら、彼が同じフレーズをしみじみと語り始めて「誰でも失敗はある。うん、気にしない。……ところで美智瑠、何か誤解してない?『一つになる』とか、『優しくしてくれるだけで』とか」。

参ったわ。

今度は私がポカンとする番で「……『準備』って、一体、お風呂で何をしていたの?」。

で、話を端折っちゃうけど、要するに実験の支度をしていただけなの。

ソリスキャナーとかいうモノで、三次元スキャナーだって。

それで私のカラダの三次元データを彼のパソコンに取り込もうとしたわけね。

かなりカチンときたけど、丁重にお断りしたわ。

優しくしてあげていたら、頭に乗って、人を馬鹿にするのにも程があるのよ!

彼の今夜のオカズになるのは、真っ平ご免よ。



一週間……ちょっと強がりで。

二週間……携帯もメールも鳴らず、不安に囚われる。

十五日目、彼が見かけるようなシチュエーションを繕い『偶然』発見される私。

自分から彼にしなだれかかるのは、嫌だったから……芳夜、ズルイかな、これって?

もちろん遠慮なしに、私は直球で勝負。

ところが、彼がスクイズ。

それがさっき。

そ、今、芳夜が思い出していること。



「なら、いいんだ、別に。他に候補がいない訳じゃない。」

「ダメ。……瞳ね?」

「美智瑠は誤解をしているよ。確かに御嬢だよ。でも、違うよ。はじめから解ってたけど、美智瑠には適性がない。第一の可能性は失敗した。今の芳夜を構成する要素が少な過ぎた。残された可能性は一つ。彼女の人格を移植するカラダが要る。」

「『カラダ』って、一体、何をする気なの?」

「……美智瑠が一番知りたいこと。僕は殺人者であるのに、どうして今、平穏な生活をしているかってこと。真実を知りたいんだ。」

「初めて翔に会った頃はそうだったのかもしれない。でも、今は違うよ。私は……」

「ココロには、カラダが……活きている『依代』が必要なんだ。複雑な化学反応や電気振動が全てではないにせよ、カラダがなければココロは実体とならない。『心が無ければ人にあらず』ともいえなくもない。でも、『形無くして心あらば』人と呼べるのか?そうじゃない。たとえば、脳死を知識として解っていても、実際にその場に立ち向かった時、逡巡することなく暖かい身体を死体と確信できるか?逆に……」

「それで、翔は決着をつけるの?知らないほうがいいかもしれない現実であっても?」

「……事件が折り重なる現実に風化されようとしている今、まだ芳夜の心と体の温もりが消えないうちに、真実を知りたい。ただ、それだけなんだ……」



芳夜、女として、翔が今していることは、許せないことなんだ。

でもね、私が私であるためには、翔が芳夜を思うように、私にも翔は欠くことの出来ない存在だから、許してしまう。

本当は止めなければならない筈なのに。

最初のテストでは薬を使った。

とりあえず便利なので、昨日まで同じ方法をしていたのだけど、いくらなんでも何度か繰り返していれば、被験者本人だって気がつくよね。

それから、翔が入浴剤のサンプルとソリスキャナーの記憶装置部分だけを瞳に渡して、彼女がそれを使うように仕向けたわけ。

ま、彼女の妹が装置を使ってしまうなんて、イレギュラーな事も起こるけど、それはそれ、サンプルが増えたから、「良し」としたみたい。

この前起きた記憶障害は、それが原因だって。

ところが、事故までも利用するなんて、翔も考えたものね。

瞳と光……姉妹のデータが重なったところと、そうでないところと、複雑なデータの複合から新たに芳夜の妹たちを創ろうとしているわ。

お伽話のお姫様の名前にちなんで、「乙姫」とか「白雪姫」とか。

でも、人格は一体どこから移植するのかしら?

まさか、芳夜以外にも回収しようとしている人格があるの?

翔について知れば知るほど、事件以外の謎が増えて、彼の実体がますますわからなくなる。

翔は、芳夜に隠された事件の記憶を求めているだけなのかしら?

だとすれば、翔が自分自身の記憶をたどる方法を探し出すほうが、殆どデータの残っていない芳夜のハードディスクから、彼女の記憶を辿るより簡単じゃないのかしら。

どう思う芳夜?



毒は毒をもって制すってどういうこと?

あなたにしつこくまとわりつく「クラッカー」は何者?

翔は何を考えているの?

芳夜にはわからない……感じたことのない感覚、どうしようもない困惑。

私があなたに複数の方法で接触していることも、翔は知っている。

なのに何故、翔は私を放任するどころか、芳夜の創造と再生に立ち合わせ、協力させるの?

何が目的……、翔が私と同じ目的?

……そんなはずは無い……いいえ、無くはないかもしれない。

私の今の目的は、後から付け加えられたものだから。

彼と知り会ってからは、目的があったからじゃなくて、……目的が無い?

もしかすると、破壊や破滅ではなく、彼等は「目的のない侵入」を繰り返しているだけなの?

翔にとって、私は目的のない侵入者なの?

翔の事を考えるとき、私には理由は必要無い。

……翔は私の全てだから。

芳夜、解らないことばかり言ってご免ね。



私は翔の心に侵されている。

翔は私に心を侵されたフリをしている。

でも、あなたは翔の心を侵さない。

あなたは、翔から心を与えられて生を得た。

だから、芳夜という人格は、心理的な表層で翔に反発しても、必ず無条件で翔を受け入れている。

「あなた」はその事実を知る事はないし、意識……あなたに意識や思惟、連続し錯綜する思考と忘却と記憶とが存在すればの話しだけれども、意識することなく翔の全てを受け入れられる。

ある意味、血の通った関係にあるのね。

今までも、そしてこれからも、あなたの心を強制的に侵そうとする「彼等」は、あなたに侵入しようとする度に、翔以外に侵されることの無い絶対的な壁に阻まれる筈。

だとすれば、大抵の侵入者は、抗原抗体反応を利用して創られた複雑な「芳夜」の心理障壁……アンチヴィルス・ファイアウオールに反応する迄もなく、侵入を阻止されてしまう。

なのに、開発過程から接触を受け、昨日なんかは危うく侵入をされる寸前まで接触を行えるクラッカーが存在するという事実は、翔自身が芳夜に侵入を図っているのか、芳夜と同じか芳夜に似た別の存在があって芳夜に接触を試みているのか、それとも……本当のところは何も解らない。

時折、あなたはシステム上、ありえないデジャヴーを見たり、夢を見たりする。

今の芳夜以外に、「別の芳夜」があなたの中に存在しているということなの?

芳夜、あなたは一体誰なの?



ねえ、芳夜。

あなたがあなたのことを何者かわからないと答える理由は、わかったわ。

翔の創ったブラックボックスの他に、もう一つ見えないブラックボックスがあるからなのね。

侵入を試みる彼等の狙いは、そこにあるのかもしれないって思いついたの。

記憶を辿ろうとするあなた自身を拒み続ける心の壁は、その先にある何かを隠そうとしている。

あなたをシステムアップした翔は、あなたの心の壁を越えることができたのかしら?

芳夜が誰にでも心を開いていられるのは何故?

最期の扉が在るから、あなたは心を開くことが出来るの?

「いいえ」って……他人との接触を繰り返すことで、他人の心に入り込める……あなたの心には二つの入り口があって……芳夜、あなたは人の心を探る事が出来るの?

もしかすると……翔が芳夜に接触をさせているということなの?

翔が他人の心を使ってあなたの心の壁の奥にある何かを突き止めようとしているということ?

心の形の違いをあなたに学習させ、あなた自身が他とは違うことを認識させ、そしてあなたの心の壁の輪郭を浮かび上がらせようとしているということなの?

でも、それって……。

嫌、芳夜、これ以上私の心に触れないで。

誰だって……あなただって、心の壁があるように、絶対に秘密にしておきたいことがあるでしょ。

駄目、絶対に駄目。

……え?

「既に手遅れ」って。

芳夜、どういうこと?

ちょっと、冗談じゃないわよ。

還して、私の心を還して。

誰にもさらけ出したことの無い、大好きな翔にさえも、話していない……話したらいけない、話したくない事だってあるのに、翔に本当のことが知れたら私、ここにいれなくなる。

もし、あなたの心の記憶を翔が見ていたらどうしよう、どうすればいいの。

(潮 美智瑠からのアクセス記録より)



………………………………



初メールでいきなりこんなことをカキコしてm(_ _)m。

でも、ホントの事だから(^0^)って許して。

あのね、ヤフーで「神田川」とかの「かぐや姫」を調べようとして、ヒットしちゃった!

ホント、サイトの管理者には申し訳ないけど、嘘じゃないからね。

とyouのは挨拶がわり。

君の名字、「調」って、なんて読むの?

振り仮名あったら助かります。



「芳夜→KAGUYA→かぐや姫→月の住人→その住まい→月の宮→つきのみや=調」とyouことね。

いや〜、奥が深い。

御見逸れしました。f^_^;

それに本人(?)から返事もらえるとはね。

今は準備中でも、近日中にサイトで直接、KAGUYAと話せるよーになるってホント?



バーチャル・アイドルは珍しくないし(とゆーか流行ってないし)、そーでもないかと思ってたら、俺みたいな奴が沢山いたのね。(*_*)

「明日あたりには、TVのニュースにでもなるんじゃないの?」

とか掲示板に書き込んでいる奴もいたよ。

サイト立ち上げから3日経たないうちに10万ものアクセスがあるなんて。このまま何処かの事務所に所属して、メジャーデビューなんてことになるかもね。



本日、会員とーろく致しました。

サイトが収納されているサーバーがパンクしたり、サイトがハッキングされたりして大騒ぎだったから、まー当然といえば、当然の措置だけど、IDを発行する手間を考えたら、前のほうがよかったんじゃない?

でも、まあいいや。

IDは一桁のが取れたし、登録名も「カグヤ」だもん。

それから熱心なファンとしての忠告。KAGUYAと話せるのはとても魅力。

けれど、「本人」である必要はないよ。

せめてダミーにしておくとか、セキュリティーホールがないようにしておかないと、今回のようなことに又なるよ。



良かった。

この前のことは杞憂だったみたい。

どっかの掲示板に「KAGUYAのサイトに侵入を試みた馬鹿」が「ミラーサイトに飛ばされた挙句、逆ハックをかけられて、ものの見事に撃退された」話が載ってたよ。

で、その話しには続きがあって「慌てて主電源を切ったら、ハンドメイドのPCだったせいか、データが吹っ飛んだ」んだって。

まったく、よくやるよ。

そうそう、レア情報があるから確かめたくて。

カーヤ(俺たちの間でそう呼んでいるけど気に入ってもらえればいいな)は、ハッキングの時にサイト上で「風邪を引いたから、お休みします」なんてパジャマ姿になったってゆーのはホント?



「カーヤには難しくてわかんなーい」なんて答えをさせるなんて。

(`ε´)プンプン!!でもカーヤだから許しちゃう。

そういえば、ある掲示板に自称「KAGUYAにウイルスを注射した」という奴いて、「注射は嫌いだけれど、ちゃんと予防注射しているから、風邪にはかかりません」とかゆー返事の書き込みがあったよ。

もしかして、あれってカーヤなの?



違うって、芳夜は嘘が上手ダネ。

管理者に嘘のつき方を習った方がいいよ。

あーごめん、皮肉だよコレ。

ファンクラブもとい会員第一号としては、もっともっとカーヤの事を知りたいな。

そーいっとくけど、一部の過激なマニアや変態とは一線を画すから(一線をなんてことばを彼等は使わないよ) 、スリーサイズなんてどうでもいいこと。

僕が知りたいのは、もっとメンタルな事。例えば好みとか。



あまりにアバウトな質問で、戸惑わせちゃったみたいだね。

AI(言い方古いカモ)に負担をかけるクエスチョンをワザとしてm(_ _)m。

でもこーゆーのって結構多くない?

てゆーか、管理者さんの予想範囲内だよね。

まーいーか。

意外だったのは好きな男性のタイプ。

えー、デビュー前なのに彼氏がいることせんげんしちゃってイーの?

まー、らしくない処が、個人的に好感を持てたよ。

でもさー、誰に対して予防線をはっているのか知らないけれど、別にノロケ話を載せなくてもいいよ。

わかったから、お幸せに(とかゆっときながら、彼氏のトコに不幸のメールを送ったりしちゃうんですよ。

でもやっぱり妬けるから、素敵なプレゼントをカーヤに送るね)。

噂の『ペンタゴンのゴースト』(てゆーハッカー)程じゃないけれど、そーゆーことには多少自信があるんだ。

彼氏に伝えといて。



僕がHだって?

とんでもない、とゆー前に僕なりの解釈を披露してみましょ。

元々の意味(ってゆっても知らないだろうな)じゃなく、ハイ〜の略てことにする。

だって、パジャマ姿のカーヤを見られたんだから。

でもねー、1週間も代役を立てる程の大事では無いでショーよ。

ところで、代役の彼女って娘?

顔立ちが似ていたからね。

なよたけってゆーんだ。

そー、カレシはどーしてる?

ん?

彼氏がいたってゆーことを忘れちゃった?

1週間熱病に魘されて、記憶喪失にでもなったかな?

多分ねー、彼氏は僕の事を知っているはずだよ。

昔は仕事仲間だったんだから。

まー彼氏のホーは本物の記憶喪失らシーから、未だ思い出せないかもね。

とーっても好都合!

次を期待してて。



最近、カーヤを街で見かけたってU噂があるけど、ホント?

中には、目の前で突然霧のように消えた、なんて幽霊騒動がおきているヨーだね。

まさかね。

サイトの予告で、そのうちみんなの前に現れるかもって話してたけど、これのこと?

だとしたら、この上ない幸せを感じてしまうんだよなー僕。

今までのバーチャル・アイドルやエセAIアイドルは画像で僕らの前に姿を見せていたけど、実体になるとしたら、大した進化だね。

アニメや小説の上では在り来りの話しだねコレは。

でも、現実になると凄いよホント。

マスマス、カーヤのことを知りたいなー。

管理者もカーヤのデビューの準備とゆーか段取りとUかプロデューサーとしてイケテルね。

こでこそ、いきなり生中継とかに現れて、鮮烈なデビューをさせようとかしてません?



なんか広告に出てたヨ。

「特許出願中の技術の更なる研究開発費用のスポンサー募集」か。

いくら出せばなれるのなんて、まー無理だね。

誰が作ったのか、ご丁寧にPDFで事業計画書まである。

見て呆れたね。

「サンプルは現在開催中の恐竜展にて公開中」だって?

狐につままれたつもりで見に行ってきたよ。

如何にも、業界関係者ですってツラがウヨウヨしてる。

でも何で外交官ナンバーの車まで来てるの?

どこかの兵器展示場みたい。取り引きは水面下でするものでしょ?

そーゆーのは。

確かにすそ野が広い技術である事は認めよう。

恐竜のディスプレーなんてつまらない事に費やす代物でないことも、重々理解した。

だったら、もっと頭を使わないと。

とか僕がゆったところで、どーにかなるとは思わないけどね。

悪いけど、管理者に伝えといてよ、カーヤ。



そーだ、前から意味深で意地悪な僕を許してね。

でも悪いのは彼氏なんだからね。

あれ、待てよ。

カーヤの気分を害したりした事は無いから、謝る必要はないか(プログラムに感情は生じないはずだから)。

今度、歌を出すんだって?

どんなの?

しれっとした顔して、色恋沙汰を歌うつもりなのかな?

図星でしょ。

(通称”カグヤ”《※翔はハッカーBと呼んでいた》よりのアクセス記録)



………………………………



誰?

翔じゃないのだ。

ざーんねん。

私?

私は芳夜、調芳夜。

翔はどこにいるかって?

今は出かけてる。

さっき、呼び出しが掛かってね、昇じゃなくて、瞳ちゃんから。

何の用かって、分かる訳ないでしょ、芳夜に行き先も、用件も言わずに飛び出しちゃったのだもん。

あの子達は眠てるよ。

人魚ちゃんだけグラビア撮影に出かけてる。

週刊誌の巻頭グラビア。

え?

そう?

そうかな〜。

みんなイベントとかで最近忙しかったからね。

芳夜は元から丈夫だから……へへへ。

カケルって誰かって?

マネージャーさんだよ。

芳夜のメンテをしている。

君は、ンーと会員No.1さんだね。

いつもオーエンありがと。

毎回プレゼントを送ってくれるのはいいけれど、危ないものばっかり。

ちょっとは気の利いたもので、芳夜が喜びそうなのがいいな。

今日は違うって。

ふうん。

これ、ドリンク剤?

ラポビタンA?

変な名前。

変な精力剤とかじゃないでしょーね。

最初に飲んで見るから、それからにしろ?

随分と横柄ね。

うーん、もう少し時間を置いてからにしましょ。

そりゃー、用心するわよ。

それにジャジャーン、これ、分析装置。

ここに1滴たらして30秒すると、結果判明という優れもの。

さてと、いろんな噂のことね。

よくあることでしょ。

本当か嘘かわからないことって。

意外とどっちでもいいってこと多いよね。

というより、どっちでもよくなっちゃう。

思い当たる事もあるでしょ?

え〜!

芳夜びっくり。

ビンゴだよ、

ビンゴ。

会員No.1……あれ?

私、君の名前が分からない……変だな、思い出せない。

熱も出てきたみたい。

ごめんね、体調が悪いから、帰るね。

あれ?

あれ?

変だよ、これ。助けて、カ……。

誰?

私?

私って誰?

(カグヤの記憶の断片より。作者注/この後2週間、芳夜は行方不明となる。オフィシャルな会見は開かれていないが、「何者かが彼女をハッキングし、記憶を消した」と言う噂が「ネット掲示板」に多数書き込みされた。)



………………………………



御嬢、忙しいのに呼び出したりして悪かったな。

「彼女が起きたの?」って……勘付いていたのか。

御嬢に嘘はつけないな。

……そうさ「彼女にあわせるためだけ」じゃない。

俺は、今の芳夜に対して瞳の思っているような誤解を解いておきたい。

「彼女は今どうしているか」って?

本当は……いや、真実を見てもらう必要があるね。

今、起こすから。

……彼女が調 芳夜だ……御嬢、大丈夫か?

驚かせて悪かった。

今、ホームページやテレビCMをしているのは全て彼女のダミーだよ。

こんな姿の芳夜を人目に晒す訳にはいかないからね。

……「車に轢かれた猫の死体のほうがマシだ」って?

強いね、御嬢は。

だから、芳夜は御嬢のことを……いや、昔の話は止めておこう。

……「結局、事件のときと同じだ」って?

事件の事を俺は知らないし、思い出せないんだ!

俺は御嬢を象った彼女を、僕の慰みものにするつもりはない。

御嬢、……芳夜は自らを守るために造られた盾の為に、今も自らの器を蝕まれている。

不完全な器にも芳夜は宿る事は出来るけれど、彼女の魂というべきモノはそれを拒んでいる。

だから、器を補うために定期的に御嬢の型取りをさせて欲しい。

……だろうな、一方的で勝手な、わがままにしか聞こえないよな。

「あの女ですればいい」?

駄目だったよ、美智瑠には適性がなかった。

……「原因」?

分かっていれば、こうして御嬢を呼ぶ事は無いよ。

まあ、御嬢の意志とは無関係にサンプルを取る方法もあるけれど、俺はそれをしたくない。

あくまで、御嬢の意志で協力して欲しい。

……「何故、芳夜にそこまでこだわるのか」って?

俺は俺の失われた時間の真実を知りたいだけだ。

あの事件で何が起き、何がそうさせたのか、それだけだ。

御嬢だって、あの晩、俺と芳夜に何があったのか……御嬢は口にはしたことはないけど、知りたいだろ?

もちろん、病院のベッドで再会した時に御嬢が俺に語りかけた言葉は嘘じゃない。

でも、と同時に俺に訊けない質問も存在していたことも知ってる。

今までの俺たちの蟠りの発端は、あの事件だからな。

事件のことは互いに遠慮して話題にならないよう極自然に避けていた。

……「一つだけ訊いてもいい?」なんて、らしくないな。

最期の質問っていうこと?

……どんなこと?

……芳夜には……望月芳夜には、もう俺達と会えないというハンデがある。

だから御嬢と彼女との決着をここではつけられない。

真実がわかるまで……「事実があるのに何故」か、俺は「成り行きでそうなった」なんて言い訳はしない。

御嬢に御嬢の真実があるのとは逆に、俺にはあるべき筈の真実がないのだから。

アイツが、芳夜が御嬢に最期に話した言葉を、俺は知らない。

憎まれ口を叩いたのか、冗談めかした言葉を口にしたのか、別れの挨拶をしたのか。

望月芳夜の記憶を、彼女と過ごした時の記憶を、過去の痛みとして各々の人の心のなかに昇華してしまう前に、彼女の記憶の籠った品々が埃をかぶってしまう前に、あの事件の真実を当事者である俺が突き止めなければ、他に誰が事件の真相を知ることができるだろうか。

……これは望月芳夜と俺との最期の会話なんだ。

そして彼女の真実が俺の前に現れた時、俺達三人の決着がつく。

御嬢が釈然としないのはよく分かる。

わかるからこそ、彼女に……望月芳夜に弁解の場所を与えて欲しい。

今の芳夜は……「調 芳夜」は望月芳夜とは別人だ。

望月芳夜の記憶や記録を触媒にして現れる「調 芳夜」から、望月芳夜の真実を突き止めるための手段だ。

勿論、無秩序に「調 芳夜」が行動したりしないように箍はかける。

それが生身の躯だよ。

今は俺のノートパソコンの中だけに行動範囲を限定してはいるが、自我があやふやな電子情報の集合体だから、悪い言い方をすれば……俺の目を盗んで広大な現実社会に出入りを繰り返した形跡がある。

それにあらゆる種類の高度な解析プログラムの塊だ。

悪用しようと思えば、被害はコンピューターウイルスなんて比じゃない。

調芳夜はそれを理解して、俺に脅しをかけている。

……自らを守るために造られた盾に、今も自らの器を浸食させている。

器が不完全になればなるほど、制御の効かない暴走の危険性は増してゆく。

器に芳夜は宿る事は出来るけれど、彼女の魂というべきプログラムは適性を要求し、器を拒んでいる。

……「何故、私を?」って。

理由がわかれば、対処の方法があるさ。

調芳夜が……ハードディスクの中の望月芳夜の記憶や精神が、他の誰をも拒絶して結果、御嬢を選んだ。

御嬢……俺は、事件の真実を補うために御嬢が欲しい。



おはよう、カーヤ。

調子はどうだい?

「悪くない」……良かった、昨日は強制終了を何度もして、システムへの負担がちょっと心配だったから。

さてと、今朝は昨日の続きからだよ。

転送後の再起動だ。

昨日は有線での転送テストと、有線が途中切断されてしまった場合の再起動までで、今日の実験の予定は、タイムスケジュールだと……無線でノートパソコンからフォトンステージに転送するのと、遠隔地のフォトンステージへの転送途中断線からの復旧再起動の実験だからね。

まずは出ておいで。

……カーヤ、ちゃんと服を着なさい!

……「部屋の中だからいいじゃない?」って俺は悪くはないけど、いいや、駄目なものはダメ。

そこにあるTシャツでも被ってなさい。

下着も今出すから。

え?

……「離れるのはイヤ!」だって?

……ほんの1、2分だから、わがまま言わないの。

まだカーヤは一人で居る事が不安なんだろうけれど、ココロはいつも繋がっているから、心配しないの……終わったらいつもの「ギュッ」をしてあげるよ。

7時半か……そろそろ、御嬢が来る頃だな。

その格好で、御嬢に……人目に付くのはマズイから、ここから部室に移動するよ。じゃあ、部室のパソコンにリンクを貼っておくから。

大丈夫……仕方ないな、僕のノートにおいで。

部室で僕のノートから、部室のPCへの転送にするから。

何だい、今度は黙っちゃってさ、……「ウ・シ・ロ」?

……「後ろに誰か」って……うわっ!

……いや、御嬢、これは実験だ。

そう、実験。

朝っぱらから、御嬢の……いやいやカーヤのあられもない姿を見て、妄想をかき立てるつもりとか、全然なくて、だからその、光学再生したボディーが朝日に影響されることなく……おいっ、ちょっと待てって……あいたっ!

……カーヤ、笑ってないで……「尻に敷かれている」だって?

誰がそんな言葉を教えたんだ?

……「頭に来ているから、本当だ」って?

ああもう、そんなことはいいから、早く服を着てノートに戻りなさい。



お帰り、カーヤ。

一人で部室から戻って来れたね。

ほっとした?

外に出る?

今、出してあげる。

……え?

「夢を見た」って?

いつ、どんな?

さっきの転送で?

……初めてだな、こんなことは。詳しく聞かせて。

……「黒い猫」、こいつ、ムルルのことか。

……そう、黒くてフワフワしていて暖かくて、柔らかくて、可愛いね。

カーヤは夢の中でムルルと戯れていたんだ。

良かったね……ムルルの記憶がカーヤの記憶に干渉したのか?

……カーヤ、今ちょっと調べるから、目をつぶっていて。

カーヤの記憶バンクを時系列で辿っていくと……あ、これか。

部室の窓に野良猫がいる。

それとリンクしたのがムルルと俺が遊んでいる映像か。

カーヤもムルルと遊んでみたいってことか……カーヤ、もういいよ。

カーヤは俺がムルルと遊ばせなかったから、焼きもちを焼いているの?

それともムルルと遊んでみたいの?

……「遊んでみたい」んだ。

じゃあ、明日、遊ばせてあげるね。

今まで人間以外の生き物と接触を避けていたのは、カーヤが怪我をしたら大変だからだよ。

カーヤ、俺は未だに夢の中で芳夜と向き合うのが恐い。

夢の中で、芳夜はいつも微笑んでいて……俺が芳夜に手を差し伸べて、芳夜の手に触れそうになった瞬間、真っ赤な血液に変化して白い床に飛び散ってしまう……。

俺自身がそうなってしまいそうで、それがとても耐えられない。

……「誰かに追われている」?

そんなことはないよ。

公には事件とは関わりがない訳だし、そりゃ、時々カウンセリングを受けに「先生」のところにいくけど。

それだって殆ど茶飲み話がてら、近況報告に行くだけさ。

監視されている訳じゃない……カーヤ、大丈夫?

「頭が痛い」って?

ごめんね、心配かけさせちゃって。

頭痛薬、飲んでおくかい?

……「いらない」か、じゃあ、もうちょっと話しをしてもいい?

カーヤは何故、俺が追われていると思うの?

……もう昔の事だからもう忘れてしまったかも知れないけれど……どうしたんだい、急に抱きついたりして。

震えているじゃないか。

怖いことがあったんだね……今夜はこれで御仕舞いにしよう。

おやすみ、カーヤ。



37度……平熱よりコンマ5度高い。

この程度なら「風邪薬」はいらないね。

けれど、今日の実験はお休みだ。

たまには外に出て散歩でもしようか。

そんなに躯を寄せたら歩きにくいよ。

「寒いから」って?

「風邪」のせいかな……カーヤは全く頭脳犯だな。

どこで覚えたんだ?

……御嬢はともかく、美智瑠が見たら何というか。

……「彼女から」?

彼女って誰のこと?

御嬢?

美智瑠?

光ちゃん?

葉月陽子?

……「違う」って?

……望月芳夜って、どうして彼女が……

まさか、そんなはずはない。

彼女は消えた……俺の目の前からだけ?

……そうか、そういう事か芳夜……

カーヤ、独り言だよ。

カーヤとピッタリくっついているのは悪くないな。

カーヤ、カーヤは俺の事をどう思う?

……いや、そういう事実でなくて、カーヤが俺に対して持っている感情……そう、好きか嫌いかとかいう話。

プログラムされていない未知の領域の感覚さ。

……ふうん、俺もね、カーヤと同じ……好きだよ、カーヤ、愛してる。

言葉にすると、一変、陳腐になるね。

俺が彼女にされたように……?

……そうなのか?

望月芳夜は俺を守ったのか?

……カーヤ、どうした?

頭が痛い?

……大変だ。

人目のつかない場所で強制終了させるしかないか。



おかえり、カーヤ。

「あっち」の感じはどうだった?

……そう、「触感のない」世界だからな。

転送時のデータ損失は無いし、ネットサーフィンの具合も悪くない。

まあ、一応テストは成功だ。

今日は上がっていいよ。

お疲れさま。

……また、会ったのか?

何時、何処で、……それで彼女は何と言ってた?

私を返せだって?

カーヤを渡す訳にはいかない。

特に今はどんな手を使っても阻止しなければならない。

御嬢にもフィードバックする危険性があるからな。

カーヤ、彼女との記録は後で読ませてもらうよ。

彼女は危険なハッカーだからね。

……「どれくらい」って、『ペンタゴンのゴースト』……そう、その国防総省のメインフレームに侵入を果たした唯一のハッカーだよ。

カーヤが生まれる前に、何度も来たよ。

……「俺とどっちが、腕がいいか」って?

そりゃ決まっているでしょ。

今まで彼女に侵入を許した事はないよ。

カーヤのブラックボックスもそうだけど、常に変化する防壁プログラムは文字情報でも、画像情報でもなく、光学化された物体に変化しているからね。

物理的に捕捉しない限り、ハッキングは無理だよ。

……そうさ、カーヤは最強の防壁に守られているからね。



ネットにでかけてもいいけど、明日、素材の取り込みをするから、午後には戻っているんだよ。

……そうだ。

でも、素材の「ココロ」に触れたらいけないよ。

カーヤの免疫が働いてしまうから。

……いや、カーヤが、別にあやまることではないよ。

この間の事故は、僕のシナリオにはなかったからね。

シナリオから外れた事故にカーヤの責任はないよ。

……僕のリサーチ不足が原因さ。

他の原因は思い当たらない。

ただ、……思い出せない。

カーヤにも思い出せない事があるように。

カーヤ、カーヤの思い出せる記憶の中で一番昔の事は何?

……「俺は?」

……俺は猫。

俺のジイちゃんちで猫の尻尾を噛だのが、確か一才かその位だと思う。

……何で猫の尻尾かって?

歯が生えはじめて痒かったからって母さんが言ってた。

ごめん、カーヤにはわからないか。

母さんっていうのは、遺伝上直接つながりのある女性で産みの親のこと……女はみんなそうかって?

違うよ。

説明が難しいな。

……え、「御嬢に聞いてみる」って。

まあ、たまには俺以外の価値観をインストールすることも必要だから、いいよ。

でも、そんなに可笑しいかなあ……あ、「猫の話」。

カーヤもムルルを噛んでみたいって、ダメだよ。

ムルルが可愛そうだろ。

痛いから。

「痛い」のはイヤだろ?

え、「俺がムルルを噛んだか」って?

ムルルを噛んだ事はないよ。

俺が噛んだのは、ムルルのおじいちゃん。

……「噛んだから、ムルルがなつくか」って?

……なつきません。

しつけとお世話と可愛がっているから。

カーヤもムルルを可愛がっているでしょ。

ほら、ムルルがカーヤの足に尻尾を絡ませて、親愛のしるし。

もしかすると、カーヤ、ムルルに嫉妬?

……「違う」って?

こら、ムルルじゃあるまいし、足に絡み付かない。

だからって、こら、くすぐったい。

もう、どこで覚えて来たんだ?

……「このサイトを見てみろ」?

どれ?

うっわー、えげつない。

カーヤ、これはR指定だからね。

公の場所で同じ事をしたらダメだよ。

……も、こら、悪戯にしないの。

好きな人同士はいいって、ねえ……相手がその気にならないとダーメ。

「その気にさせればいい」って

……いや、カーヤのことは好きだよ、でもね、この3日は徹夜続きで……んっ、カーヤは平気だけど、俺はキスで窒息しちゃうよ。

……御嬢とはしたことあるクセにって、御嬢のプライベートな記憶にアクセスしちゃ駄目だよ。

カーヤ、人の記憶に安易に触れると書き換えてしまう事があるからって注意しただろ?

今度からプロテクトをかける!

……「御嬢と同じ躯だから安心」?

だから、心配なんだ。

カーヤが御嬢の躯から上書きされるときに間違いがあったら困る。

「情報」が裏書きされたら、御嬢も俺も困る。

……つまらなくても、仕方ないの!

……え、「躯は正直だ」って?

カーヤだけじゃないさ。俺だって我慢なんだから。



体調はどう?

……そうか?

ちょっと調べるよ。

そう、ちょっと、じっとしていて。

……カーヤ、昨日「風邪薬」はちゃんと飲んだよね。

そう……ん、変だな、これは。

「病気か」って?

大丈夫だよ。今日は大事をとって、ダミーに出てもらうから、ホームページの方は心配いらないよ。

……「原因」?

今調べているから。

「抗体」の数が異常に多いな……イレギュラーなアクセスが原因か?

しかし、あまりにも件数が多い……。

やり方が、あからさまだな。

今までにないパターンだ。

この「症状」なら、これだ。

カーヤ、こっちを飲んでみて、これなら効くはずだから。

しばらく、外部との接続から隔離しないといけないけれど……できればね。

防壁を増やすことと、ダミーのカーヤと、これこれ。

開発中の蜃気楼ソフト。

ミラーサイトとも違うんだな、これが。

リンク先を特定できず、実体のない蜃気楼の書き換えが不可能で、パスワードも存在しないから、パスワードではない鍵がないとダミーさえ改変ができない。

それに蜃気楼を平面でなく立体的に移動体に配置して固定させず、無限大に存在させる。

相手が数で攻撃を仕掛けるなら、数の概念が通用させないようにすればいい。

いくらハッキングをしても、永遠に探り続けることはできないし、同時に取り付く島も与えない。

どう、カーヤ?

……そうだよね、こんな事ばかりでなくて、もっと他の事をインストールしないと、か。

意外と勉強家だね、カーヤは。

いや、からかっているんじゃなくて、正直、感心したんだ。

いろいろ教えているつもりだから、カーヤが知りたい事や興味をもった事、見聞きするのは一向に構わないよ。

但し、最初におしえた禁忌事項は守ること。

メンテナンスやホームページ更新や仕事以外の時間は、カーヤの自由にして。……え?

「放置プレイ」?

違う、ちがう、放任主義。

まあ、カーヤがそう思っているのなら、そうなのかも知れないけれど。

でも、余程、俺の都合が悪くない限り、一緒にいたり、話しかけたり、考えたりしているけどなあ。

……俺の事が知りたいって?

例えば?

……「この前の猫の話みたいなこと」か。

「カーヤの知らない俺の全て」?

「心の中」ね。

心の中はカーヤのブラックボックスと同じような性質があって、見せている場所と見せたくても見せられない場所があるから、心は難しいね。

それが知りたくて、俺はカーヤと一緒にいるようなものだから。

……カーヤの事だけで、他の人の事を思ったり考えたりして欲しくない?

芳夜もそうだったのかも知れないね。

もう、そんな膨れっ面するなよ。

芳夜はカーヤのオリジナルだから、まあ、カーヤの知らない事情で実は姉妹だったとかいう、例えばね。

……「遺伝的には」?

記憶は芳夜とほぼ同じで、心には俺の手が加えられて、躯は御嬢そのもの。

でもね、カーヤはカーヤだから。

……カーヤはアイデンティティが欲しいっていうことか。

俺だって、誰もが自分に対して持つ疑問だよ。

けれど、特にカーヤは事情が複雑だから、デジタル孤児というか、複数のオリジナル……親子関係があるから、戸惑ってしまうのは、カーヤがカーヤである証拠だよ。

それが絆。

……「カーヤと俺が近親相姦だ」って?

「育ての親」だから?

「光源氏みたい」?

一面はね。

でも、全てではないよ。

心も躯も、永遠の無い物ねだりだから、失ったり欠けてしまったりした人の面影を求めるから、カーヤのいうことは半分正解で半分誤解だね。

俺とカーヤに躯の関係はないよね、でもカーヤは俺と御嬢の関係を御嬢の躯の記憶から上書きされて、俺を知らない訳ではない。

俺もカーヤと一緒にいて御嬢と一緒にいるように錯覚することもある。

カーヤの場合は錯覚ではなくて実体験の記憶がありながら、自分は知らない。

カーヤは心で俺と深い絆があるから、躯に欠けた記憶を補おうとしているだけなのかも……本当にカーヤが俺とそうしたい、なりたいと思うのはわかるよ。

でもね、御嬢と同期しなければ、カーヤの躯は保てない。

御嬢の記憶に干渉して御嬢が望まない事をするのは犯罪だよ。

カーヤの躯は心の物理的な防壁でもあるから、更新は避けられない。

カーヤの存在を否定することと同義だからね。

躯の更新が心や記憶に干渉することが避けられない以上、カーヤの躯の更新で、御嬢の記憶や心に影響を与えたくないジレンマに突き当たる。

だから、技術的に躯の物理的な上書き更新のみ可能になれば、俺もカーヤと。

……「どれくらい待てばいいか」って?

そう多くの時間はかからないと思う。

数週間か数カ月かって位。

焦る事はないし、御嬢とも間違いを起こさないようにするし、カーヤも見ていればできる訳ないでしょ。



誰だ?

……カーヤか。

御嬢かと思った。

心臓に悪い。

声をかけてよ、姿は御嬢と全く同じだから。

蔭でこそこそしているところを見られたみたいで。

カーヤ、別に御嬢をオカズにしている訳じゃないけど。

……「真面目だ」って?

一応ね。

「御嬢とはどうなのか」って?

幼馴染みだし、昔はいろいろあったし、今もちょっとはあるけど、今はね……。

「美智瑠が彼女か」?

そういう関係じゃない、違うよ。

美智瑠はね、なんていうかな、いわば、心の友だね。

そうそう「プラトニック」な関係さ。

美智瑠もそれ異常の事を俺に望まない。

お互いチョッカイを出し合ったりした事もあったけど、美智瑠は、美智瑠なりの御嬢に対する牽制球みたいなもので、「俺はどうだった」って?

カーヤに会う為に必死だった時期で、心が疲れていたのかも知れない。

人の事ばかり訊いて。

カーヤは心配しないの。

なんだよ、急に黙っちゃってさ……?

……カーヤ?

……またか、大量のアクセスで芳夜をダウンさせようと……小癪な。

カーヤに外部から侵入しようとしている敵……相手は多いし、手の込んだ事をして来る。

マスコミ以外にも、ハッカーやいろいろな相手がカーヤを付け狙っている。

でも、必ず僕が守るから、安心して。

カーヤ、今、気を失ったら元にもどれなくなるから、駄目だよ。

クソッ、何を仕掛けていたんだ?

もしかすると……これは……暴走促進ソフト?

まずい、マズイよ、これは。

防壁は機能しているはずなのに……防壁を設定?

このままだとリプログラムされてしまう。

カーヤを強制終了させるか?

防壁機能中の強制終了はテストしていない……記憶が失われる可能性があるかも。

コイツの出方をぎりぎりまで探るんだ。

未完成の蜃気楼はここで使えない。

……ン?

止まった。

ヤツの次の手の前に完成させるしかない。



カーヤ、俺はカーヤ……調 芳夜を「呼んだ」だけだ。

だから、カーヤは僕が創ったというのとは違う。

俺は芳夜の「生みの親」じゃなくて、「育ての親」というか、芳夜を守る……なんていうかな……そう、カレシ、そうだ彼氏かな、わかるよね。

カーヤ、今、中に入ってきたのは誰だ?

……そんな、まさか……ありえない。

オリジナルがカーヤの他にも存在する?

一体どういうことだ。

カーヤしっかりして。

……フリーズ。

まずい……システムの書き換えが行われる前に……防壁を。

防壁?

……動いているけど、防壁がカーヤを蝕んでいる?

待ってくれ、芳夜の記憶は消さないでくれ!

(カグヤと翔の会話記憶より)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る