03.タマシイの器
「はい、望月です。……」
「もしもし、翔様?」
「……ただ今、留守にしています。御用の方は、発信音の後にメッセージをお願いします。ファックスの方は、そのまま送信して下さい。……」
「……紛らわしい。翔様、こういう応答メッセージはやめていただけませんか?……肝心な用件ですが、翔様から返事をくださいと言われていた件ですわ。実はまだ了解がとれていません。『お友達のお家に泊まりにいきます』と両親に話をしたときに、光が『お姉ちゃん、男でしょ?』とか余計なことを。すっかりお母様に警戒されてしまいましたわ。詳しいことは、明日学校でお話しします。あと、あまり遅くまでお仕事をなさらないでください。おやすみなさい翔様」
「はい、星野でございます」
「お、瞳か。父さんだけどな、今晩は例の企画の件で遅くなるからな。母さんにそう伝えといてくれ」
「はい、わかりました。今度の展覧会ですわね。伝えておきます。ところで、お父様……」
「ん?」
「この前の話の件の事なのですが……」
「ああ、外泊のことかい?」
「ええ」
「母さんは瞳が心配だから、あんなような事を言うが、父さんは瞳のことを信頼しているからな」
「では、よろしいのですか?」
「まだ返事はしてないぞ。しかし……まあ、いいだろう。ただし、連絡先だけはちゃんと教えてもらわにゃならん」
「大丈夫ですわ。スマホもありますし」
「子供のことを心配するのが親の務めだと思って、母さんを安心させるためにも、ちゃんとだぞ。そうしなければ、父さんは反対だ」
「はい。ちゃんとお知らせします。ですから、よろしいですか?」
「やれやれ」
「わたくし、お父様のこと、大好き」
「好きだと言われるうちが華か……。母さんには父さんから言っておくよ。じゃ、兎も角今夜は遅くなるから、そう伝えておくれ。おやすみ、瞳」
「わかりました。お父様、おやすみなさい」
「留守、一件です。『もしもし、瞳?……どうせ、居留守使ってるとは思うけど、見てたんでしょ?あなた、翔のことを自分の躯の一部みたいに思っているそうね。あれを見て、少しは現実がわかったでしょ?翔はあなたのものじゃない。でも、翔は……』」
「はい」
「御嬢、今大丈夫か?」
「ええ、平気です。……昇君の都合が付かないのは残念ですわね」
「ああ、あいつ最近付き合い悪いんだ」
「仕方のないことですわ。アルバイトの予定が外せないということなのでしょうか?シフトでしたわよね?帰り道、私と別れてから昇君と喧嘩してないでしょうね?……もしかしたら、図星でしたか?」
「うっせーな。一言云わずにはいられなかったんだから、しょうーがねーだろ」
「翔様、それで、昇君に何とおっしゃましたの?」
「『お前、そんな付き合いの悪いことばっかりしていたら、そのうち御嬢に嫌われちまうぞ』て」
「翔様……、勿論、昇君も黙っていなかったでしょう?きっと『小学生じゃないんだからさ、わかってる。心配するな』くらいのことは。違いますか?」
「なんで、そんなことまで……。まあな。これで四人の予定が、 三人だな」
「お決めるのは、まだ早いですわね。例の……公園で見かけましたわ。あの人の返事はどうなのですか?」
「……来るさ、きっと」
「随分と頼りないことですわね。……もし、私がお邪魔なら……いいえ、何でもありません。ではまた明日」
「じゃあな、御嬢」
「はい、星野です」
「天地ですけど……あ、なんだ、光ちゃんか」
「『なんだ』って何よ。そういう話し方すると、瞳おねえ様に替わってあげないよ」
「ちょ、ちょっと待った」
「またね。バイバイ〜」
「御免、謝るからさ、ね?……光ちゃんの声が、とっても大人っぽくて、それで……」
「勃起した?」
「……(んな訳ねーだろ。まったく、最近の中坊っていうのは)」
「え?」
「ああ、何でもない。こっちの話で、その、大人っぽかったから照れちゃってさあ……」
「やっぱり?そう思う?最近、光ちゃん、お友達からも言われるんだ。何ていうのかなあ、いわゆる大人の魅力っていうか……」
「じゃあ、彼氏も沢山いるんじゃない?」
「え、うん、まあ……実をいうと、募集中だけど」
「じゃあ、俺と大人のお付き合い、しない?」
「ええっ!駄目だよ、そんな急に告られても……それに、不倫でしょ、不倫」
「不倫?」
「瞳ちゃんとデキているのに、不倫は良くないし……どうしよう」
「わかった。その辺を含めて、お姉様と話をしたいんだけど、いる?」
「いないんだ。コンビ二かなあ」
「そしたら、光ちゃんのお父さんと話をしなきゃ。替わってもらえるかな?」
「う、うん。ちょっと待ってて」
「……(単純なヤツ)」
「(『お父さーん、翔君からお電話』『なんだ、なんだ。そんなに慌てて』『不倫なのよ。不倫』『どういういきさつかよく分からんが、翔君には連絡するようにお願いしてたから』『えーっ!不倫よ、不倫』『ひかり、落ち着いて。それよりお台所へ行って母さんのお手伝いでもしてなさい。ほら』)あー、もしもし翔君」
「こんばんは。翔です。こちらの準備は整いました」
「ありがとう、助かるよ。今回の展覧会の目玉だからね。よければ明日にでも博物館に運び込んでもらいたいがどうだろう」
「ええ、では明日伺います」
「荷物が大変だろうから、誰か迎えに行かせるよ」
「いえ、大した量ではないので」
「そうか、ならいいが。ところで話は変わるが、光が『不倫がどうとか』話していたが、ありゃ一体何のことだい?」
「冗談ですよ」
「なら、いいが。……翔君、うちの娘たちに手を出したら駄目だよ」
「あ、いえ、別に」
「……なんてね、冗談だよ」
「からかうのは、やめて下さい」
「悪かった。でも、『不倫』はいかんよ、不倫は。ま、明日は時間が読めないから、今晩はちゃんと休んでおくれ。じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
「はい、望月です」
「翔様、何回、携帯を鳴らしても、通じないんですもの」
「仕方ないだろ、壊れたんだから」
「昨日からでしたね。早く新しいのをお買いなさい」
「へいへい」
「大体、ムルルを実験台にするのは、いけませんわ」
「ま〜た、昇のやつか、話したのは……余計なことを」
「お父様のお仕事の手伝いをしてくれるのは嬉しいのですが、でも、ムルルの身にもなってごらんなさい。そのうち動物愛護団体からクレームがひっきりなしに来ますわよ」
「じゃあ、御嬢に頼めばよかったかな、実験台」
「翔様、それは……」
「心配するなよ。俺がしたのは、ムルルの前足の裏を型にとろうとしただけだよ。切り刻んだ訳じゃない。ムルルが光るのを怖がって、机の上に飛び跳ねた拍子にスマホが落ちた。それだけだよ。結局、自分の手で試したよ」
「じゃあ、右手の包帯はその時の……」
「掌に全治一週間の火傷。……芳夜の忘れ形見に、そんなことをするわけがないだろ。御嬢、今も俺のことを疑って……」
「翔様、それは違うの。私はなにも、そんな……」
「昔に戻れというのは、今は無理だよ。でもね、今、俺がここにあるのは、誰の為なのか、誰に助けられたのか、俺自身が一番よく分かっているよ。御嬢の血で救われた、俺の命と体を大切に守っているよ」
「……」
「だから、もう少し時間が欲しい」
「……はい」
「……今日のテスト、御嬢に見せたかったんだ。ティラノサウルスの赤ちゃん、ちゃんと生きていただろ?」
「ええ、見ましたわ」
「新しい携帯を買ったら、直ぐに御嬢の携帯を鳴らすよ」
「最初に?」
「ああ」
「約束ですわ。おやすみなさい」
「約束だ。おやすみ」
(携帯のメール)
「ハッピーバースデー 御嬢。これから向かうから、起動しておいて」
(携帯のメール)
「ありがとうございます。御待ちしてます。」
「……」
「もしもし、翔様?」
「やっぱりね」
「……どなた?」
「ごめんなさいね、突然の電話で。星野瞳さん」
「どうして、私を?」
「携帯を知っていたこと?それとも名前を知っていたこと?」
「……」
「忘れちゃったかなあ、私の声。んーおっほん、『こんばんは、葉月……』」
「はずき……あ、葉月陽子さん?」
「ビンゴ!あーでも心配しないで。例の飛び込み取材の番組じゃないから。一度貴方とお話ししてみたかったの」
「……事件のことなら、何も話すことはありません」
「違うの。彼が今していることを知りたいの」
「え?」
「彼のこと、知りたいの。さっき連絡して、彼はOKだっていうから」
「どうして私に?」
「貴方のお父さん、博物館の館長をなさっているんでしょ。来月の展覧会で、実物の化石から再生した、動く立体映像の恐竜が目玉だって聞いたから」
「……」
「どうして彼に興味があるかって?」
「翔様が技術プロデューサーだから?」
「ええ、まあそんなとこかしら。それに、彼には、いいえ、技術のことだけど、個人的に興味がない訳でもないし、否定はしないけどね。でも、今回はこれからの映像技術、いえそれだけじゃないわ、世界を変えることになるかもしれない」
「確か、翔様も同じことを……」
「ね」
「でも、お話しできないこともあります」
「先端技術だもの、仕方ないわよね。それでも構わないから」
「……今、どちらに?」
「これから博物館に向かう途中でしょ?目の前にある喫茶店にしましょ」
「え、え?」
「入って。入ったら、一番奥のテーブルに」
「あ、はい」
「……」
「あ、すいません。そこ、待ち合わせの……」
「いいのよ、ここで」
「……あ!」
「お待たせ。初めまして。私、葉月陽子です」
「はい、瞳です」
「買ったよ」
「ごめんなさい、今日は……」
「また、あの疫病神が現れたから、びっくりしたよ。借りてきた猫みたいに大人しくしていたからいいものの」
「ですが……」
「ああいう類の連中は、平気で嘘をつくから気をつけないと……」
「翔様、そのような事を言われましても……」
「今でこそ、フリーのビデオジャーナリストなんて肩書きをつけているけど、もともと三流のタブロイド紙のカメラマンだぜ」
「『今日だって、どこにカメラや盗聴器を隠し持っている事やら』……とか、もう耳にタコができるくらい聞かされましたわ。もう、いい加減に下さい」
「すまん。あの疫病神のことを一番知っているのは、瞳だからな。……しかし、あの疫病神、妙に素直すぎやしないか?」
「そうでしょうか?新しい技術に興味があるだけでなくて?」
「産業スパイだ」
「まさか。心配し過ぎですわ」
「まあ、構わないさ。もし、あの疫病神がその気なら、こちらにも手段がある」
「サイバーテロ?駄目です。絶対に」
「抑止力だよ。或いは対抗手段かな」
「もう、その話はおしまいに。ところで、電話は二番目ですの?」
「……もしかして、ばれてた?」
「どうせ、美智瑠さんが一番。そうでなければ、美智瑠さんが展覧会前の博物館に居る訳がないですわね」
「なんだ、焼きもちかよ」
「別に、そういうことではありません」
「直ぐにかけたよ」
「……」
「……(「おい、昇、なんとか言ってくれよ。人の幸せが許せないみたいなんだ」
「バカだな、火に油を注いで。俺が出たら尚更ひどいことになるぞ。自分でなんとかしろよ」「ったく、こういうときは、いつもこうなんだよな。……おい、待てよ」)」
「翔様!」
「あいあい」
「ぜーんぶ、聞こえていますわ!」
「はい、星野です」
「瞳……お姉さんいるかしら。『美智瑠から』って伝えてもらえば、わかります」
「はあ。ちょっと待ってて」
「……」
「……美智瑠、さん?」
「そ。翔から温泉旅行のことは聞いた?」
「……」
「知らないの?」
「翔様からは伺っておりませんし、知りません」
「そ。いずれ翔から話がいくと思うけど、念のため伝えとく。私が行かないから、彼は行くのを止めたの。それで中止」
「……随分、自信がおありですのね」
「あなたと昇君はカモフラージュなの。私たち二人だけで行ったらマズイでしょ」
「馬鹿げてますわ。翔様はそんなことを考えないし、する訳がありません」
「断言できる?それとも、翔から直接聞いたらどう?」
「私は信じません。用件はそれだけですか?」
「そ、これだけ。じゃ、切るわ」
「あ、昇君。よかった。伺いたいことがあります。よろしいですか?」
「いいよ。どんなこと?」
「温泉のことです」
「ごめんね、みんなに迷惑かけて」
「いいえ、そんなこと。また、計画すればよろしいのですから。ところで、中止になったのは……」
「翔が瞳ちゃんに話したの?」
「ええ、まあ……。美智瑠さんが行けなくなったからっていうのは本当ですの?」
「いや、それは……」
「そうでしたの?」
「翔が?」
「いいえ。別に構いませんわ。私、ただ真実が知りたかっただけですから」
「いるけど、替わろうか?」
「いいえ。翔様は、今、何をしてらっしゃるの?」
「博物館のことらしいよ。部屋に立ち入り禁止の札がかかってる」
「ありがとう。ごきげんよう、昇君」
「じゃあ」
「もしもし、翔様?仕事中ごめんなさい」
「あのさ、御嬢……温泉のことだけれど」
「中止、ですわね?」
「悪かったな」
「聞きましたわ。私、気にしていませんから。でも、罰としておいしいケーキ、ごちそうになりますわ」
「なんだ、ちゃっかりしてんの」
「いかがです、進み具合は?」
「基本は同じだから、問題ないね。後は……そうだ、肝心なことを忘れてた。皮膚だ」
「皮膚?」
「皮膚の化石、恐竜の。これが無いと赤身むき出しのグロテクスな恐竜になっちゃう」
「いや、気持ち悪い」
「館長に伝えてくれる?皮膚の化石か何かあったら用意してくれるように」
「ええ、お父様には伝えますわ。あ、そういえば」
「何?」
「翔様、私のパソコンを診ていただけますか?変なウイルスがいるみたいで」
「それなら、とっておきのがあるよ。新開発のワクチンソフト。今までのいろいろなウイルスに試して、駆除率100%。明日渡すよ」
「よかった、翔様に相談して。おやすみなさい」
「おやすみ」
「御嬢、今、大丈夫?」
「ええ、問題ありませんわ。つい先ほど、茶道部が終わったところですわ」
「昨日、話していたアレ、渡すの忘れてた」
「そう、そのことですが……あ、ちょっと待って下さる?(「ねえ瞳、誰?」「誰?望月君?」「望月君なの?」「え、じゃあ、やっぱり噂は本当だったんだ」「いいなあ」「違います」「瞳ちゃん、誤摩化そうとしたって無駄無駄。ちゃーんとネタは挙がっているんだから」「ほんとー?見せてみせて」「ごめーん。今日は持ってない。明日ね。明日」「それより彼を待たせっ放し」「いいのよ、少し位。いい男だからって、待つことを覚えさせなきゃ」「だったら、私と替わってよ。望月君とお話がしたーい」「私も私も」「駄目です!!」)」
「(「昇、俺、替わろうか?」「やめとくよ」)」
「……もしもし、御騒がせしました」
「うんにゃ。……取り巻きは、茶道部の連中か?」
「はい」
「すげーな。ま、いいや。例のところに行くから、そこで渡す」
「博物館ですわね?わかりましたわ。今から行く所でしたから。(「例のところって、ツーカーなの?」「当たり前よ。付き合い長いんだから」「うそー。そうなの?」「それも親公認てこと?」「瞳ちゃんのお父さんが場所を提供するくらいだもの」「行き着くところまでいちゃてるの?」「ねえ、本当のところ、正直に話なさいよ、瞳」「根も葉もない噂ですわ!」)」
「もしもし」
「ごめんあそばせ。これから向かいますので。では、ご機嫌よう」
「わかった」
「あ、翔。今、平気?」
「平気。……あれはどうした?」
「ちゃんと、言われた通りにしたわ。でも、こんなことをして何の意味があるの?」
「どういう意味があるか、美智瑠が一番わかっていることじゃないの?」
「あなたが、私を欲しいっていう……」
「違うな、それは。美智瑠自身が思っているんだ」
「そんなこと……」
「……だろ?」
「……」
「……」
「だけど」
「俺は美智瑠を大切にしたいから。それだけ」
「彼女よりも?」
「それって嫉妬?変だよ、それは。ただの幼馴染み。スッポンだよ」
「スッポン?……空に輝くのは、私?」
「他に?」
「ないわ」
「今夜も部屋に来いよ」
「誰かに見られていない?」
「おじさんは夜遅いし、昇はバイトだし、大丈夫さ。ね?」
「あ、でも、ごめん。明日なら行けるから」
「明日は駄目だよ。おじさんが休みだから。今夜は店に?」
「なの」
「(「翔様、こんなところに。ダメです。ホールでテストの最中ですよ。お父様が探していましたわ」「直ぐにいくから」「いけません。すぐに連れてくるようにと言われています」「ちょっと待ってよ」)」
「博物館?」
「これも仕事だから。(「早くお切りになって。館内でケイタイは禁止ですわ」)」
「……仕事かぁ。明後日は?」
「その次の日が、ココの初日で多分遅くなる。(「翔様……誰ですの?」)」
「また連絡するわ。取り込み中のようだし」
「わりいな」
「はい、望月です」
「昇君、翔様は?」
「いるよ」
「昇君は今日、お休みでしたの?」
「そうだよ。毎日っていうわけでもないし。瞳ちゃんはどうしたの?」
「それが、翔様に頂いたワクチンですが、変ですの」
「変?いま替わるよ」
「はい」
「……」
「……」
「御嬢?」
「はい」
「ワクチンが変だって?」
「効果がないみたいですの」
「わかった。それなら、うちに持ち込むしかないな」
「パソコンの本体をですか?デスクトップパソコンですのに?」
「夜中に御嬢の部屋に忍びこんでもいいなら……」
「変なことをおっしゃらないで。光が聞き耳峙てていますから……わかりましたわ。でも、重いので迎えに来てくださるのですね?」
「へいへい」
「はい、星野です」
「御嬢、どうだ?」
「どちらがですか?」
「まず、パソコン」
「ありがとうございました、直りました。……翔様のワクチンにバグがあるなんて、珍しいこともありますわね」
「お土産のほうは?」
「こちらも。昨日、部屋に入るなり『風呂に入る?』には驚いきましたけれど」
「確かに。何かされるのかもしれないっていうふうに、狼狽してたぞ」
「ば、御戯れを言わないでください。『入浴剤を試作したから、試してみろよ』くらい仰っていただければいいのに、いきなり……勘違いしない方が異常ですわ」
「悪かったな。で、ちゃんと『使用上の注意』通りに使っているのか?」
「お湯を光らせる装置のことですの?ちゃんと使っていますわ。ところであの装置って……」
「ん?何?」
「ううん、何でもない。一回使う毎に光の波形パターンが入ったUSBを交換するだけいいのですか?本当にそれだけで?」
「そうだよ」
「そうですの。では預かったカードが無くなったら、おしまいですの?」
「それでおしまい」
「そうですか」
「そう、残りどれ位ある?」
「……あと、20枚ちょっとですが」
「御嬢、お前なあ……べつにいいけどさ。兎も角、終わったら持って来いよ」
「何ですの、その物言いは!モニターして差し上げているのに」
「製品化したら一年分といわず、まとめて何十年分か進呈するよ」
「それは本当ですの?」
「だから頼むよ」
「そういうことでしたら……まあ、ものには頼み方があることが分かればよろしくてよ。終わったら、翔様が取りにいらっしゃるということでよろしいですね」
「ちっ、しゃーねーな」
「おやすみなさい、翔様」
「おやすみ、御嬢」
「もしもし、翔です」
「あ、翔君、ひかりの為に光るお風呂を有り難う」
「……やっぱり。いや、何でもないよ。瞳は?」
「今?裸だよ」
「……」
「お風呂でエッチなことをしているの……うそ、うそ、冗談。びっくりした?」
「うわっ、思わず鼻血が……」
「キャー……翔君てさ、けっこうムッツリなんだ」
「……」
「そんなに怒らなくてもいいでしょ……今替わるから」
「……やれやれ。どうりでバグが……」
「どうしたの、バグって?」
「例の光る入浴剤のこと。ちょっとしたバグがね。あれって、光ちゃんも使った?」
「何度か。私がいない時に勝手に使っていたみたいで」
「それ、さっき光ちゃんから聞いた」
「ところで、お話がおありなんでしょ?」
「そうそう……無理言って悪いけど、館長から化石、化石でなくても……レプリカでも構わないから、借りてきてくれないかな。展覧会のディスプレーに追加補正したいから」
「わかりましたわ。早い方がいいですわよね?」
「出来れば、今夜のうちに」
「無理です」
「……」
「もうっ!訊いてみますから」
「無理を言って済まないな」
「仕方ありませんわ。いつものことですし。いずれにしても、一度連絡いたします」
「わかった」
「もしもし」
「どうだった?」
「そういうことなら早い方がいいからと父が。これから私が参ります」
「よろしく頼むよ」
「はい」
「留守一件です。『翔だけど……御嬢、ありがとう。おかげで何とか出来たよ。遅かったから、それに疲れていたみたいだったし、起こさなかった。おやすみ、また明日』」
「はい」
「……」
「誰?」
「ごめんなさい。私……」
「美智瑠?何?」
「ごめんなさい、私がしていれば、こんなことには……」
「えっ、よく聞こえない。何がどうしたっていうの?」
「翔?翔のこと?翔に何かあったの?」
「ちがうわ」
「……何故、なぜ美智瑠が私に謝る必要があるの?」
「芳夜が……彼女が蘇った。いいえ、生まれ変わって……」
「話していることの意味が分からない。落ち着いて話そうよ」
「……ええ、翔は芳夜の魂……心の器になる躯を蘇らせる方法を探していたの」
「芳夜の魂?心の器?」
「私は、翔が私の前からいなくなってしまうのが怖くて……ごめんなさい」
「芳夜は三年前に……もういないのよ」
「知っているわ。彼から全て聴いたから。でも、彼は今でも自分が殺したと思っていて、それで……」
「翔が集めた芳夜の遺品から、彼女の意思を抽出して、それを元にして彼女を再構成しようとして……誰も信じていないけれど、ドクターは翔が芳夜の死という現実から逃避しているだけだって……」
「翔は芳夜の遺品と、翔自身が創造した自立思考プログラムで彼女の人格を再構成することに成功して、次のステップに進んだわ。……翔は、彼女を安定して存在し続けさせるには躯……タマシイの器が必要だと考えて……」
「……」
「そして、タマシイの器にも彼女に対する適合性があることが大前提で……臓器移植でもそうでしょ?……クランケとレシピエントとの拒絶反応が生じたら成功しない。彼女……芳夜の事を知っていて、彼女を拒絶しない、彼女の記憶を合わせ持つ生きた人のサンプルが必要だった」
「それって……?」
「あなたよ」
「私が?」
「そうよ」
「そんな、仮に可能だとしても、全く同じ人間だなんて、クローン人間を造らなければできませんでしょ?空想に過ぎませんわ」
「瞳、あなたはそれらを何度も目の当たりにしているのに、信じようとしない。……文化祭の部室で舞っていたモルフォ蝶、博物館の恐竜達」
「あれは精巧な立体映像です」
「触れた時、少しでも触感があったでしょ?」
「それは光源を遮ったから……」
「であれば、映像は消えてしまう」
「……」
「彼等は翔が造り出した物。ただし、実験段階で光の粒子の濃度が低くしてあるだけ。彼等には心の定義はないのよ。プログラム通りに動く魂のない雲のような存在」
「……もし、現実だとしても、人を造り出すことは不可能ですわ。思考は科学反応ですし、それは固有の遺伝子によってある程度固定されているものですわ」
「翔はね、人ではないヒトを造り出すことが出来る。そして彼の望みは現実になった。私も初めて計画を耳にした時、まさかありえるはずはないと思っていたけれど」
「彼女……その蘇った芳夜は、一体誰ですの?」
「解らない。あなたと同じ形をした、あなたとは違う心を持つ……私は翔に、私の躯を複製することを求められたけれど、拒んだ。私は私として翔に必要とされたかったから。現実問題として、検査で私の躯では彼女の心を植え付けることはできなかったし、適正も……魂の器としての私の躯は、彼女を拒絶していた。……私自身が彼女を、芳夜を拒んだから。それで私が芳夜の親友だったあなたにするよう翔に差し向けたわ。そして私は彼に手を貸した……」
「わかりません。翔様は?今、翔様とご一緒なんでしょ?翔様とお話をさせて!」
「それはできないわ。ごめんなさい……」
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